第10話 クレイン
数時間が経った頃。
アッシュは相変わらず、各世界の監視を続けていた。
「ん……うぅ……」
クレアがそう声を漏らす。
「起きたか?」
「う……え……アッシュ……?」
「おはよう、クレア」
「おはよう……って、ここどこ……?」
「俺の部屋」
「じゃあ……私、邪魔しちゃった……ごめんなさい」
「いや。別に邪魔なんかじゃない」
アッシュはそう言ってクレアをフォローする。
「これから、クレアのお母さんを探しに行ってくる」
「え……?」
アッシュはそう言うと、クレアを抱えたまま部屋を出る。そして廊下でクレアを下ろす。
「アリシア」
「ん?」
「あとは頼んだ」
「頼んだって……言われた通りでいいんだよね……?」
「バイオレットが何て言ったかは知らないが……おそらくそうだ」
手短に答え、アッシュはその場を後にする。
「わかった。気を付けてね、おに……アッシュ」
アリシアはアッシュの後ろ姿を見送る。
「あ、そのことだが……」
足を止め、アッシュは振り返る。
「アリシアのその記憶は、勘違いなんかじゃない。覚えていてくれて、ありがとう。アリシア」
そう言って、アッシュはその場を後にした。
「……ありがとうって……意味わかんない」
「何が?」
「あ……」
クレアが急に話しかけてきて、アリシアは一瞬戸惑ってしまう。
アリシアは、バイオレットにクレアのことを聞いていた。
クレアがどういう理由でここにいるのか、アッシュが何をするのか。そしてバイオレットはアリシアに、青鳥の日のことなどのアッシュの仕事については何も言わないようにと言っていた。
「昔色々あったの」
「昔? 何歳なの?」
「十歳だけど……まあ、細かいことは気にしないで」
「わかった」
素直な子でよかった……とアリシアは内心安心していた。
「あ、私、アッシュに頼まれたの。クレアちゃんのこと」
「頼まれた……?」
「大したことじゃないけど、何かあったら私に言って」
「わかった」
クレアはすぐに庭の方に走って行った。
「私……いるの……?」
そんなクレアを見て、自分の必要はあまりないように思えて、アリシアは少し不満を漏らした。
◇ ◇ ◇
アリシアにクレアを任せ、自分の仕事をバイオレットに任せ、アッシュは他の神の館を訪れていた。
扉を開け、アッシュは中に入る。
中は薄暗く、埃を被っていて、誰もいないかのようだった。
だが、アッシュには誰かがいることくらいわかっている。神には特殊な気配のようなものがあり、良くも悪くも互いに誰がそこにいるかまでわかってしまう。
そしてアッシュは館の中を進んでいき、すぐに奥の部屋までたどり着く。
「おい、クレイン」
部屋にいた男は、椅子に座って、つまらなそうな目をしていた。
「……何だ。伝説の勇者」
「俺は勇者じゃない。何度も言わせるな。……だが、それが言えるなら大丈夫そうだな」
アッシュはそう言うと、近くにあった椅子に腰かけた。
「何の用だ。一つ世界を潰した神を笑いに来たか?」
「別に」
「じゃあ何だ」
「俺にその世界の情報へのアクセス権限をくれ」
「は……? こんな終わった世界に、何を求める?」
「この世界はまだ終わってない」
アッシュがそう答えると、クレインはため息をつく。
「全員利用するつもりか?」
「いや」
「じゃあ何だ」
「うちに、その世界の子供がいる。その子は、母親を探している。俺は、その母親を探したい。そのために、居場所を調べさせてほしい。これ以上待てないし、その子のメンタルがもたない」
「仕事と関係ないだろ?」
「確かにそうだが、俺は子供の気持ちを尊重したい」
クレインは再度ため息をつく。
「探してどうする? どうせ終わる世界」
「じゃあ何でお前は、自分の手で直接世界を終わらせなかった」
「は?」
「世界が終わっていくのが見たかったのか? それとも、世界の再生が目的か? ……お前は何のためにこんなことをしたんだ?」
アッシュの質問に、クレインは黙ってしまう。
「……とにかく、権限を戻してくれ。お前ならわかってくれると信じてる」
そこまで信じる確実な根拠はない。だが、クレインがそこまで狂気に満ちた人物ではないことはわかっている。
とにかく、アッシュはそう言うしかなかった。
そして、アッシュはクレインの館を後にした。
◇ ◇ ◇
アッシュが自分の館に戻り、部屋に入ると、バイオレットが椅子に座って、画面を眺めていた。
「おかえり、アッシュ」
「ただいま。ありがとう、代わってもらって」
「相棒なら当然だよ」
「それもそうだが……」
「それより、見て」
「ん?」
バイオレットが画面の前をアッシュに代わる。
アッシュはその画面を見て、一気に表情が変わった。
「……よし」
そう呟くアッシュを見て、バイオレットもアッシュと同じような自信に満ちた表情になる。
「ちょっと探してみる」
「わかった。クレアにはどうする?」
「伝えといて」
「りょーかい」
そしてバイオレットが部屋から出ていくと、アッシュは権限をフルに使ってクレアの母親の居場所を探した。
権限があるとさすがに早く、アッシュはあっという間に居場所を探し出した。
「……見つけた」
「見つけた?」
「えっ?」
急に別の人の声がしたことに驚いてアッシュが振り返ると、そこにはアリシアとクレア、そしてバイオレットがいた。
「いつの間に……いや、俺が気付かなかっただけか……」
「ちょうど今来たところだよ」
「そうか」
バイオレットがそう言うが、アッシュはそれを完全に信じているかと言えば、それは別の話だ。だが、今大事なのはそんなことではないので、それ以上話はしない。
「……クレア」
アッシュがクレアを手招きする。
「何?」
クレアはアッシュの前にやってきて、首を傾げる。
「お母さんを見つけた」
「本当に?」
「うん」
クレアは一気に明るい表情になるが、それは一瞬のもので、何かに気付いたように不安そうな顔になる。
「大丈夫か?」
「うん……」
「心配なことがあれば話せ」
クレアが後ろをチラッと見たので、アッシュは後ろにいたバイオレットに、部屋の外に出るように目で合図する。それを瞬時に理解したバイオレットは、アリシアと共に部屋の外に出た。さすがアッシュの相棒だ。
「これなら話せる?」
アッシュがそう聞くと、クレアは黙ってうなずいた。
「……お母さんに会えても、私は、迷惑なんじゃないかって……何もできないし……」
「そんなことないと思うぞ。お母さんは、今でもクレアのことを探してる」
「ほんとに?」
「ああ」
確かにそれは事実だ。アッシュは母親の思考データを見て、それを確信している。
「それに、あの世界に戻っても、苦しいだけ。怖いものしかないし、ちゃんと暮らしてなんていけないよ……」
「そうだな……」
それをどうにかしないことには、安心などできない。最悪、待っているのは死だ。
「もうあんな祟りは起きない。でも、暮らしていけるかはわからない」
「そうだよね……」
クレアの諦め切っている寂しい顔を見て、アッシュは胸が苦しくなった。
このままじゃ、保護した意味がない。
だからといって、そこの神でもない俺には何もできない。
クレインはもう終わった世界だと言っているし、状況がよくなるとは思えない。
でも、あの世界に残った数百人だけで、立て直せるとも思えない。
クレインの言う通り、このまま世界が終わっていくとも思えないし……
どちらかの未来を歩むのだろうけど、どちらになるかは見当もつかない。
干渉もできないのだから、それも当然か。
「……わかった」
アッシュはそう言って立ち上がり、部屋を出る。
「アッシュ……?」
クレアはか細い声でアッシュの名を呼ぶ。
「あの世界をどうにかできないか、試してみる。クレア、もうちょっとだけ、待てるか?」
アッシュの質問に、クレアはうなずく。
それを見て、アッシュは再度クレインのところに向かった。
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