第8話 人探し

 バイオレットがアリシアを案内していたその頃、アッシュはまたあの世界に降り立っていた。


 すっかり雨は止み、空は綺麗な夕焼けだった。


「ここか……」


 アッシュは誰もいなかったという住所の家を見上げ、そう呟いた。


 その家に明かりは点いておらず、夕方にも関わらず人がいる気配が無い。


「そこの人、ここで何してるんだい?」


 ある老婆がアッシュにそう話しかける。


「いや……」


 アッシュはどう答えていいか、慎重になっていた。


「見ない顔だね」

「まあ……はい」

「ここの家に何か用かい?」

「あ……一応」


 ちょうど話の方向がいい方にすすんで、アッシュはそれに乗っかることにした。


「もうそこには誰も住んでないよ」

「そうですよね」


 やはりそのようだった。


「あの、前ここに住んでいた人って、今どこにいるかわかりますか?」

「いやぁ……私はわからないけど、あの人ならわかると思うんだねぇ……」

「あの人?」

「ついてきなさい」


 アッシュはその人がいる場所に連れていってくれるという老婆にそのままついていくことにした。


 そして連れていかれたのは、その町の中心にある少し大きな建物だった。


 そこでアッシュは長老のような人を紹介され、部屋に二人きりとなってしまった。


「あんた、名前は?」

「……アッシュです」

「人探しか?」

「まあ……そんなところです」


 アッシュは毎回名乗ってから、偽名にすればよかったと後悔している。今回もそれは同じだった。


「せっかく来てもらって悪いんだが……さすがに知らない人に住んでいる場所を教えるわけにはいかないのさ」

「わかってます」


 そう、アッシュはそんなこと当然わかっている。そして、そもそも教えてもらおうだなんて思っていない。


 アッシュはその長老のデータを視界の端に広げ、何を考えているのかというデータを眺めていた。


「なので、もういいです。ありがとうございました」


 そう言ってアッシュはその部屋を出る。


 長老の思考データの中から、今住んでいる場所のデータが取れた。すごく一瞬の出来事だったが、アッシュはこれを何度もやっているため、もう慣れていた。


 人々のデータが見られるのなら、こんなことしていないで調べればいいとも思えるが、そう簡単にはいかなかった。


 まだ親子での紐付けがされておらず、親の情報を膨大なリストの中から親を探し、それから居場所を探すとなると、自分の足で探した方が早いという結論に至る。アッシュの場合は各地に一瞬で移動できるわけだし。


 そして、アッシュはすぐに人目がない場所に移動し、長老の思考から読み取った住所の近くにテレポートした。


 到着したころには時刻は夜になっていて、辺りは暗く、アッシュの姿は誰にも見られていなかった。それをいいことにアッシュは堂々と町の中を歩き回り、その両親を探す。


「ここかな……?」


 アッシュは少し歩き回って、ある家の前で立ち止まる。その家の窓からは明かりが漏れていて、窓が薄いせいか声が聞こえてきていた。


 その声を、アッシュは窓の下に隠れるようにして聞いた。


『もう来ないよ、今年も』

『なぜなの……?』


 そこに住む夫婦は、子供をかなり欲しがっているようだった。


 毎年送れる子供の数には、当然限りがある。青鳥の数も、アッシュが一年で集められる数も、限られている。その一方で、社会の発展に伴ってこの世界の人口は増え、生活水準の上昇によって子供を欲しがる家族は増えていた。


 アッシュは子供が欲しいと思っている家族をリストにピックアップし、その中からちゃんと育てていけるかなどを確認し、最終的なリストを作る。そして、そこから現在の子供の数や、待っている年数などを加味して優先順位を決める。その結果が、年に一度の青鳥の日だった。


『今年も無理だったら、もう諦めるしかないのよ』

『そんなこと言うなって』

『もう……何年待ってるっていうのよ!』


 ――マズいな……


 今年で諦められたら、来年にチャンスはない。現在の状況を考えると、次はいつ回ってくるかわからない。


 アッシュは二人の会話を聞くと、急いで自分の世界に戻った。


「アッシュ、住所はわかった?」

「ああ。今から急いで青鳥を出す」

「え!? もう真っ暗なのに?」


 驚くバイオレットに、アッシュは無言でうなずいて妖精たちの館に向かった。


「何でまた……」

「今年で諦めるって言ってた。もう五年待ってて、やっと回ってきた。絶対に届けたい」

「……わかった」


 バイオレットはアッシュの思いを聞くと、すぐに準備をしに、子供たちの館に向かった。


 アッシュが妖精たちの館に入ると、妖精たちが集まってくる。


「どうしたの? アッシュ」


 そう聞いたのは、一応リーダーのような立ち位置にいるカノンだった。


「今から仕事を頼みたい。一番速く飛べる奴に」

「一番速い……普通ならルークだけど、怪我してるし……」


 カノンは悩みながら、妖精たちを見渡す。


「それじゃあ、私が行くよ」

「カノンが?」

「うん。速度は速いわけじゃないけど、経験だけはあるから」

「それもそうだな」


 誰もやりたがろうとしないからなのか、カノンが自ら名乗りを上げた。アッシュにしてみても、この緊急の仕事を頼むにあたって、一番信頼できる人物だったかもしれない。


 それから二人は館を出て、その世界に繋がる白い空間に向かう。


 空間に入ると、すでにバイオレットが準備を終えて、赤ん坊を籠に入れて待っていた。


「そういう仕事ね。わかった」


 カノンはすぐにどんな仕事なのか悟ったようで、説明の必要はなかった。


「さすがカノン。話が早い」

「それで? どこに行けばいいの?」

「ここなんだが……」


 アッシュは画面をカノンにも見えるように表示し、住所の支持を出した。さすがベテランの優等生と言うだけあって、すぐにどこなのか理解し、ルートを組み立てていった。


「暗いから気を付けて。雨の心配は今のところ無いけど……」

「わかった」


 そしてカノンは青鳥の姿になり、籠を抱えた。


「……行け!」


 アッシュの合図と共に入口が開き、カノンはそこから世界に飛び出していった。



  ◇  ◇  ◇



 アッシュの特例的な力で目的地に近い場所から飛び出したカノンは、迷うことなく目的の家に到着する。


 だが、もちろん窓などは開いておらず、どうしようかとカノンは悩んでしまった。


 そしてカノンはかごを地面に置き、ドアに体当たりを始める。


 体の小さい青鳥では、体当たりしたところで気付くかどうかはわからない。でも、カノンは咄嗟にこれしか思いつかなかった。


 魔法を使えばどうにかなるかもしれないが、家を破壊するなんてことにはしたくなかった。


 何十回と続けていると、夫婦は物音に気付き、扉を開けた。


「えっ……?」

「もしかして……青鳥……?」


 二人がそう呟くと、カノンはかごを二人の前に押して差し出した。


「子供だ……子供だ! やったぞ!」


 驚きのあまり声が出なくなっている妻に夫はそう呼びかける。その顔は、カノンが見た中で一番嬉しそうな笑顔だった。


 カノンは赤ん坊を引き渡すと、すぐにその家から離れるように飛び立った。


 気付かせるまでに結構時間がかかったし、あまり遅くなるとアッシュが心配する。しかも、夜は暗くて何があるかわからない。


 カノンはその笑顔を記憶に収め、アッシュの元に戻った。

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