第7話 灰色という名を持つ男

 扉を抜けると、そこには灰色の何もない空間が広がっていた。


「ここは……? 絶対あの扉の奥にあるもんじゃ……ない……よな……?」

「まあ……な」


 じゃあなんなんだか……


「まあ座って」


 その人がそう言うと、その灰色の空間に同じような色の机と椅子が現れた。


「な……」


 なんだこれ……


「俺、神なんだよね。まあ、沢山いる中の一人なんだけど」

「え……?」

「信じてもらえないのはわかってる。別に信じてもらわなくていい」


 そう言ってその人は突然現れた椅子に座って足を組んだ。


「ここはどこなんだ?」


 僕はとりあえず椅子に座りながらそう聞く。


「ここは神の世界と君の世界を繋ぐ空間」

「本当に神なの……?」

「ああ。まあ、信じなくていいけど」


 そこまで言うなら信じたくなってしまう。


「そういえば、君、名前は?」

「……空」

「ソラ……か。俺はアッシュだ」

「アッシュ?」

「ああ。灰色って意味になるかな」

「灰色……だから、ここも?」

「そうなるな。たまたまってこともあるが」


 灰色と言う名を持つ灰色の男。本当の名前というか、コードネーム的な何かなのかもしれない。


「それで、詳しい話って?」

「ああ」


 アッシュはその詳しい話を聞かせてくれるようだった。


「俺たちからすれば、様々な世界が存在する。君からすれば、異世界ってところかな」

「異世界……」

「そして、その世界たちは繋がっている。ここを拠点として」

「神の世界を?」

「そんなところだ」


 あまりよくわからない。子供には理解できない世界線だ。それに、そんなファンタジーなこと、あり得るのか……?


「だから、死んだ人の魂は初期化されて、どこかの世界に生まれた肉体に宿る」

「どこかの世界……?」

「転生ってやつ」

「転生……そんなファンタジーなこと、あるのか?」

「今俺がソラと出会ったことがその証拠だ」

「え?」


 まあ、こんな空間が普通に存在しているとは思えないし、証拠といえば証拠なのかもしれない。


「話が逸れたが、その世界の中には、新しい肉体が生まれない世界がある」

「新しい肉体が生まれない世界……」

「そうなると、その世界の人間はどうなると思う?」

「……いなくなる?」

「そうだ」


 僕の国でも同じようなことが言われていたような気がするが……それとはちょっと違うか。


「俺の仕事は、その世界に人間を供給することだ」

「え?」

「いろんな世界から、捨てられたり死にたいって思ってる人間。主に子供を、赤ん坊に戻してその世界に送る。それが俺の仕事。一番地味で、だれもやりたがらないけどね」

「じゃあ、僕は……」

「その世界に行ってもらう。もちろん、痛くもなんともないし、記憶も失って、君という人格も無くなる」

「僕、無くなるんだ……」

「そういうこと」


 一瞬驚いたものの、結局死んでも消えてなくなることと同じだ。


「どう? 悪くはないだろ? 誰にも迷惑をかけずに、しかも誰かの役に立てる。君はそれを望んでいるんだろう?」

「え……何でそれを……」


 確かに思った。思ったが……


「俺は神だからな。思考、行動は全てデータ化されて見られる。見るか?」

「え?」


 アッシュは、ほい、と言いながら何かをスライドするような手の動きを見せる。すると、僕の前にホログラム……というわけではないが、宙に浮いた画面が現れた。


「これは……?」

「君の情報。これのログに、君が置かれている状況だったり、両親がしていることが書かれていた。だからちょっと目星をつけてて、本気で死にたいって思ったから、接触してみた」


 言われてもよくわからない。だが、その画面には色々な情報が書かれていて、言っていることは合っているようだった。いきなり見せられて理解できるようなものでは当然ない。


「それで、どうする? 戻って一人で死ぬか、俺に協力して少しでも誰かの役に立って消えるか」


 アッシュはそう尋ねてくる。


 どうせ消えていなくなるなら、やっぱり……


「僕は、できるなら誰かの役に立ちたい。今までろくな事してきてないから。本当は両親に罪を償わせたいけど、僕じゃ何もできないから」

「……そっか」


 アッシュはそう言うと、椅子から立ち上がった。


「じゃあ、移動しようか」


 僕はそう言ったアッシュに連れられ、その灰色の空間を出た。そして、その先にあったのは、どこかの洋館のような廊下だった。


 廊下の脇にはとても大きな扉があり、見たことがない景色ばかりだった。


「ここには君みたいに俺が連れてきた子供たちが何百人といる。全員がその世界に行くためにいるわけじゃないけど、ほとんどがそうかな」

「そんなにいるの?」

「ああ。一年に一回だけ青鳥の日っていうのがあって、その日に一斉に送り込む」

「そうなんだ……」


 青鳥というのは、コウノトリのようなものだろうか……あれも仮想の話だったはずだが……


 やっぱりファンタジーだ。


「どうする? 今度すぐにその日があるけど、いきなりっていうのもあるし……また次のを待ってもいい」

「え?」

「ずっとここに残る子もいるくらいだからさ、いても迷惑じゃないし」


 確かにすぐに、となるとまだ心の準備ができていない。

 それに、一旦何もしない時間も欲しい。


「もうちょっとだけ、このままでいさせて」

「……わかった」


 ちょうどその時、アッシュはある扉の前で立ち止まった。そしてその扉を開け、僕たちはその中に入る。


「ここは?」

「ここがその子供たちが住む場所」


 その空間は、どこかの高いホテルのエントランスのようで、ドラマなどでしか見たことがないようなものだった。それに人気があまりなく、本当に何百人といるのか少し疑ってしまう。


「今はほとんど庭にいるよ」

「そっか」


 エントランスの奥に大きなガラス窓があるが、そこから見える景色からして、ここは昼のようだった。


「アッシュ、一つ聞いていい?」

「ああ」


 辺りに誰もいないことを確認して、僕はそう切り出した。


「アッシュは、ずっとこんなことを?」

「そうだ」

「そうなんだ……」


 ずっと、とはどれくらいなのだろうか。それも気になるが、今はそんなことを聞きたいわけじゃない。


「それがどうかしたか?」

「えっと……僕はいいけど、他の子たちは急にいなくなられたら困るんじゃないかなーって……」

「かもな」

「え?」


 自覚はあったのか……


「君の世界で言う神隠し……? あれは俺の仕業だったりするからな」

「神だから?」

「どうだろうな」


 神隠しなんて何年前の話なんだか……そんな前からアッシュはこんなことを……?


「この空間には時間が流れない。神の世界には、時の流れがない。だからずっと若いままだし、年も取らない。生理現象も起こらない」


 アッシュは僕の疑問に答えるようにそう呟いた。



  ◇  ◇  ◇



「まあ、そんな感じで」


 ソラはスッキリした様子でそう言った。


「みんな、そんな感じなの?」


 アリシアは少し申し訳なさそうにそう質問する。


「多分……僕も詳しくは知らないけど、僕が聞いた子たちは、大体」

「へぇ……」


 ――結構……どころじゃないくらい重かった。前の私も、そんな感じだったのかな……


 こんな体験、今の私には耐えられない。とアリシアは心の中で言い切った。

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