第3話 青鳥屋

 アッシュが向かったのは、森の奥にある洞穴だった。そこで何かをするわけでもなく、嵐が止むのを待つためにそこに向かった。


 青鳥はアッシュが来たことに安心したのか、既に眠ってしまっていたため、アッシュの隣にそっと寝かせておくことにした。


「……ねえ、アッシュって、何者なの?」


 アリシアはアッシュの向かいに座ると、そう尋ねた。だが、アッシュはわざと聞こえていないふりをする。


「アッシュって、今二十歳にじゅっさいなんでしょ? それなのに、あんな魔法が使えるなんて……あんなの、王都の本当にすごい人たちしか使えないよ」


 そこまで言われたら答えないわけにはいかないと、アッシュは聞こえていないふりを止める。


「王都、行ったことあるのか?」

「無いけど……お父さんが、言ってたから……」


 アリシアは両親を思い出し、少し俯く。


「……アッシュって、どこから来たの? 王都?」

「えっと……」


 アッシュはどう答えようか迷う。


「アリシアは、これからどうするつもりなわけ?」

「これから……わかんない」

「このままだと、ずっと辛い思いだけして、飢死するぞ」


 アリシアの見た目は薄汚れていて、とても好印象とは言えない。手足は細く、今にも折れてしまいそうだった。


「私……死にたくない」


 アリシアはアッシュを真っ直ぐ見つめ、そう言った。


「俺だったら助けてあげるけど……興味ある?」

「助けてくれるの?」

「まあ……アリシアがいいなら」


 とても怪しい勧誘にしか聞こえないが、アリシアにしてみればやっと見えた生きていける光の道のように思えたのだろう。アリシアは、アッシュの話に強く食いついた。


「俺は神なんだ」

「神様……?」

「信じてもらえないだろうけど」


 アッシュは信じてもらうことを諦めているが、アリシアは完全に信じていた。


「神様だから、救ってくれるの?」

「神……だけど、今日だけかな。この世界に関われるのは」

「この世界?」


 そうか、まずはそこからだったか。とアッシュは思う。


「神は沢山いてね。世界も沢山あるんだ」

「そうなの……?」

「ああ」


 アリシアは、面白そう! と興味津々だった。


「この世界はちょっと不思議でね。みんなにとっては普通だと思うんだけど、青鳥の日っていうのがあって、それで子供を授かる」

「うん。……違うの?」

「ああ。他の世界では、男女で生殖行為を行なって、母親のお腹の中に赤ん坊ができるんだ」

「え? なにそれ」


 アリシアにはピンと来ていないようだが、それが普通の世界だって十歳にもっと踏み入った話はしていないだろうから、アッシュはさりげなく無視する。


「それで、俺はこの世界に赤ん坊を運ぶ青鳥の日の神」

「青鳥の日の神……?」

「ああ。通称青鳥屋」

「じゃあ、一年に一回しか仕事しないの?」

「んなわけないだろ」


 そもそも、今のアッシュに一年という概念はないが。そういう意味ではないか。


「じゃあ、他の日は何してるの?」

「さっき、沢山世界があるって言っただろ?」

「うん」

「その世界に行って、その世界から消えたい、いなくなりたいって思ってる人。そういう人の魂を持ってきて、初期化して、青鳥に運ばさせる」

「え……」

「この世界はそうやってできてる」


 アリシアにとって衝撃的なことだとは思うが、それが事実だった。だが、アッシュがアリシアを助けるには、それを伝えておかなければならなかった。


「……じゃあ、私もそうやって、別の家に……そうすれば、私は幸せで平凡な家庭でやりなおせる」

「いや、それは無理かな」

「え?」

「この世界の人間はそうやって送り込めないようにできてる。魂は輪廻転生を繰り返すのが基本で、俺がやってることは例外だから。しかも、この世界から人が減ったら意味ないしさ」

「そっか……」


 その時雨が上がり、夕日が照り付けて来た。


「止んだな」

「……じゃあ、どうやって助けてくれるの?」

「あんま考えて無かった。でも、全部喋っちゃったし……」


 アッシュはそう言って考え込む。


「じゃあ、アッシュの手伝いがしたい」

「え?」


 急なことに、アッシュはとても驚いていた。


「ダメ……かな。でも、他に何も思いつかないんでしょ?」

「そうは言ってもなぁ……」


 アッシュは少し渋っていたが、どうするにしてもアリシアをこのままこの世界に置いておけないので、とりあえず神の世界に連れて帰った。


 青鳥は連れ帰るとすぐに元の形に戻っていく。


「な……え……?」


 アリシアはそれを見て言葉が出ないようだった。


「痛い……」

「何があった?」

「風に煽られて、木にぶつかった」

「それは災難だったな……」

「でも、ちゃんと届けはしたから」

「よかった。ありがとう」


 妖精は腕を押さえながら、アッシュとそう話をする。


 その時、その空間にバイオレットが入ってくる。


「アッシュ……その子は?」

「ちょっとな」

「そこから連れてきちゃ意味ないじゃない。アッシュがそれをわかってないわけがないと思うけど……」

「両親が死んで餓死しかけている上に村では忌み子扱い。こんなの、助けるしかないだろ」

「はぁ……」


 バイオレットはため息をつくが、アッシュの気持ちは十分理解していた。


「それで、どうするつもり?」

「え?」

「アッシュのことだし、もう全部話したんでしょ?」

「まあ……」

「このまま帰せないし、生まれ直しもできない。何も考えてないなんて言わせないよ?」

「あ……うん。一応、助手ってことで」

「助手!?」

「うん」


 バイオレットはとても驚いた様子だった。


「私は何だっていうの? 今まで散々一緒にやってきたのに」


 アッシュを睨みつけ、バイオレットはそう言い放つ。


「バイオレットは、パートナーだよ」

「パートナー……やっぱそうだよね! さすがアッシュ!」


 一瞬で笑顔になったバイオレットを見て、アッシュは一安心した。


「バイオレット、あと任せていいか?」

「え?」

「俺は住所探してくる」

「えぇ……」


 アッシュはそう言って、すぐにその世界に戻ってしまった。バイオレットは急なことではあったが、それが自分の仕事だと理解し、それ以上の文句は言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る