第2話 アリシア

 ――さて、そろそろ来るかな……


 森の中に消えていったと思われたアッシュは、木の影に隠れて少女の様子を窺っていた。


 その時、少女の背後から何人かの大人たちが向かって来る姿が見えた。


「な、何してる……!? やっぱりお前か!」


 一人が少女に向かってそう怒鳴る。


「やっぱり言っただろ? アリシアのせいだって」


 怒鳴った男の後ろに隠れるように居た少年がドヤ顔でそう言った。


 少女はどんどん後退りしていき、今にも泣きそうだった。


 ――そろそろ……いいかな。


 アッシュは少女が耐えきれなくなる前に、少女の元に戻る。


「何してんだ?」


 アッシュはそう言って木の枝を掴んで木の上から登場する。


「は……? お前こそ何なんだよ」


 男はそう言い返す。それが当たり前だろう。


「俺はその鳥を助けようとしているだけだ。その子には手伝ってもらっている。ただガヤを入れに来ただけなら帰ってくれ」


 アッシュがそう答えると、男はアッシュの事を鋭い目つきで睨んだ。


「お前は知らないかもしれないが、そいつが全部やったんだぞ。その怪我だけじゃない。他にも……」

「証拠はあるのか」

「証拠? それは……」

「証拠が無いなら信じない」


 男たちは何も反論できなかった。


「とにかく、災いを呼ぶんだ」

「へぇ……」


 アッシュの対応に、男たちは悔しさを隠しきれていなかった。


「じゃあ、とっとと離れた方がいいんじゃない? 次の災いが訪れる前に」


 アッシュがそう言うと、アッシュたちの背後に紫色の電流が走る。


 電流が地面に落ちると、土を撒き散らして地面を削り、爆風と爆音が発生する。


 そのあまりの威力に男たちは恐怖を抱いたのか、何も言わずに走って逃げて行った。


 ただ、恐怖を抱いたのは男たちだけでは無い。少女だってそれは同じだった。


「な……何をしたの……?」

「大丈夫。君のせいじゃない。これはただの魔法だよ、俺の」

「魔法……? こんな魔法が使えるの……? お兄ちゃん」

「お兄ちゃん……?」


 反応するところはそこじゃないだろ、俺。とアッシュは自分でもツッコミを入れ、見た目を使った敬称だと理解する。


「とりあえず、君もすぐに帰った方がいい。これから嵐も強くなる」


 アッシュはそう言いながら、青鳥の羽をさっきへし折った木の枝を添えながら、青鳥の首に着けられていた青い布で固定した。


 それから青鳥を抱え、嵐の中、村とは反対の方向に歩き出す。


「待って! お兄ちゃん……私の……お兄ちゃん……!」

「は……?」


 アッシュは思わず立ち止まって振り返る。すると、少女はアッシュにしがみつくように抱き着いた。


「ちょっ……どういう意味だ?」

「違うの?」


 ――もしかして……いや、そんなことあるのか……?


「違う。ただの人違いだ」


 アッシュがそう言うと、少女は涙目でアッシュを見上げる。すぐ立ち去れば逃げ切れるのを、アッシュはその顔に負けて、その場から立ち去ることを諦めた。


「どうしてそう思った?」


 嵐の中、雨に濡れているということも忘れてアッシュはその場にしゃがみ込み、少女にそう尋ねる。


「ち、ちっちゃい頃の記憶で……お兄ちゃんの……」

「俺は兄じゃない。アッシュだ。アッシュでいい」

「……アッシュの顔、覚えてる」


 ドッペルゲンガーがいる、というのはあらゆる世界で言われている話だが、神の世界の住人であるアッシュにドッペルゲンガーなどいない。そもそも、それは迷信でしかない。


 そして、少女のその発言は、アッシュが一瞬考えた可能性を確実なものにした。


「やっぱり、それは人違いだ。君は今何歳?」

「……十歳」

「その記憶はいくつくらいの時?」

「……赤ちゃんの時」

「なら、俺はその時十歳だ。まだ顔も幼い。それは俺じゃない」


 少女はそっか……と呟き、納得した様子だった。


「これでいいか? さっさと家に帰れ。きっと心配してるぞ」


 アッシュはそう言いながら立ち上がり、再度村と逆の方向に歩き出した。


「私には……帰る家なんて……ない」


 少女がそう呟くと、アッシュは思わず足を止めてしまう。


「それはどういう……?」


 今度は振り向かないまま、アッシュはそう尋ねる。


「お母さんもお父さんも、病気で死んじゃって……それから、他の人もどんどん死んじゃって……災いを呼ぶって言われ始めたの」

「なるほど……」


 ――ちょっと見てみるか……


 アッシュはそう思って視界内に神のコマンドを呼び出す。そして現れた画面には、少女の個体情報が映し出される。もちろん、その画面は少女には見えていない


 ――AD315927。名前は……アリシアか。確かに両親は死んでいる。病気っていうのも合っている。一応アリシアも病原体を持っているが、症状はないみたいだ。それに、この世界だから死ぬような病気で、ほかの世界ならただの風邪って言われる所もあるくらい。だから流行ってても気付かなかったのか……不覚だ。


 まあ、気付いていても何もできることはないが。とアッシュは気持ちを整理し、少し考える。


「……ついてこい」


 少し考えた後、アッシュはアリシアにそう言い、森の中を進んでいった。アリシアは少し笑顔を見せ、アッシュの後をついていった。

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