灰色の青鳥屋

月影澪央

第1話 青鳥の日

 ある世界には、一年に一回『青鳥せいちょうの日』というものがある。


 その日には、辺境のどこかから青い布を首につけた白い鳥たちが赤ん坊を連れてやって来て、子供を望む夫婦の元に赤ん坊を連れて行くのだった。


 そして、今日はその青鳥の日だった。



  ◇  ◇  ◇



 とある真っ白な空間。


 そこには、四百もの鳥と籠に入った赤ん坊、そして一人の男と一人の少女がいた。


「よし、そろそろ時間だ」


 男がそう呟くと、空間に裂け目ができ始め、縦に長い楕円形の鏡のような形になって止まった。


「……行け!」


 そんな男の合図で、鳥たちは一斉に飛び立ち、その裂け目に入っていった。


 静けさに包まれる空間から、空中に映し出された画面で二人は鳥たちの動向を見守った。


「もう一年経ったの? この世界は」


 少女がそう呟く。


「別にこの世界の速度はそんなに速くないと思うが……?」

「それもそうだけど……」


 少女は何て続けたらいいかわからなくなり、困った顔をする。


「わかってる。こんなこと、いつまで続けるんだ? ってことだろ?」


 男は顔色を窺って、少女を困らせない言葉にすぐに切り替える。


「間違ってはないけど……」

「何だ」

「もっといい言い方無いの?」

「そっちがそう言ったんだろ? バイオレット」

「言葉にしたのはそっちだから。アッシュ」


 最後にはお互い睨み合うような体制になるが、これはいつものことだった。



 灰色の髪をした男――アッシュは、この青鳥の日を操る神だった。


 神からすれば、その世界など無数にあるうちの一つだ。だが、アッシュはその世界のたった一日のためにいる神だった。


 アッシュは、神々の中では不遇な役職とも言われている青鳥屋。それも、もう何百回と青鳥の日を経験している。名の通り菫色の髪をした少女――バイオレットがそんなことを言うのもわからなくはなかった。



「夕方から雷雨になる。それまでに帰って来るか……」

「普通なら昼には帰って来るでしょ?」

「それもそうだな」


 その時、裂け目から一羽の鳥が飛び込んでくる。


「おう、お疲れ」


 アッシュがそう声を掛けると、鳥は小さな少年に変化し、にこっと笑った。


「今年も喜んでくれたよ、アッシュ」

「それはよかった。お疲れ」


 そしてその少年はその空間を出て行った。


「さすが、仕事が早い」

「もうベテランだもんね」



 鳥たちは特別な妖精のようなもので、過去に無くなってしまった世界生息していた。今は神々の手伝いをしていて、アッシュのところには約四百人ほど妖精がいる。


 時の流れがない神の世界だが、今までに何度か代替わりが起きたりして、珍しくベテランという概念が生まれていた。



  ◇  ◇  ◇



 その世界の時間で数時間が経った頃、ほとんどの鳥たちが赤ん坊を引き渡して帰ってきていた。


 だが一羽だけ、赤ん坊を連れ帰って来た者もいた。その妖精の話によれば、アッシュが指定した住所には誰もいなかったとのこと。これは意外とよくあることで、アッシュは直接確認しにいくことにした。


「そろそろ雨が降る。でも、まだ帰ってきてない……」


 バイオレットがそう呟く。


「一人帰って来てないね。さすがに遅すぎるから、やっぱ見て来る」


 アッシュはそう言ってこちらをバイオレットに任せ、その世界に向かった。



 アッシュが降りたその世界はまだ開拓途中の世界で、建物はほとんど木造。魔法が存在し、これからもっと発展していくであろう世界だ。


 そのさらに辺境地に降りたアッシュだが、その近くにまだ帰って来ていない鳥が届ける家があった。アッシュはそのあたりから探してみることにした。


 段々雨が降り出し、すぐに土砂降りとなる。それに加えて雷も鳴り出していた。


 森の中を探していたアッシュだが、それから間もなくして木の下で動けなくなっている青鳥を見つけた。


「大丈夫か?」


 アッシュは駆け寄ってそう声を掛ける。


 青鳥は何とか顔を上げるが、羽が傷ついていてとても動ける状況ではなかった。


「せめて雨が止めばなぁ……」


 アッシュはそう呟くが、この世界にいるままでは天気を変えることはできない。


 その時、アッシュは誰かが近づいて来ていることを感じる。その方向を見ると、そこには十歳ほどの少女が立っていた。


「こんな雨の中、どうした?」


 アッシュは子供を放っておけない性格のため、そう声を掛ける。


「……何するの……? その子に」


 少女は少し俯いた後、そう呟いた。


「怪我してるだろ? 助けてあげなきゃ。君も手伝って」

「いや……私は……できない」

「どうして?」

「私は……災いを呼ぶから」

「災い?」


 本当にそういう子供がいるのなら、この世界を一番見ているアッシュの元に何も情報が来ないわけがない。ただそう言われているだけで、根拠はないことだとアッシュはすぐに理解する。


 ――AD315927。十歳か……


「災いなんて、人間に起こせるものじゃない」

「でも……」

「青鳥は神の加護を受けた鳥。これ以上の災いが訪れるわけがない」


 アッシュは、そうだろ? と少女に問いかける。

 少女は少し考えたあと、アッシュの問いに小さくうなずき、青鳥に駆け寄って行った。


「何をすればいいの?」

「羽の部分の骨が折れてる。だから、何か支えられるものを探して来る。その間、ちょっと見ててほしい」

「わかった」


 アッシュは少女に青鳥を頼み、森の中に消えていった。

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