第17話 遠征 ―水の教会へ―

 うっすらと空が白み、朝日が顔を出し始めた頃、街道を抜けた先にある森へと差し掛かった。

 魔物モンスターに襲われたというハンラーの街に到着するには、まだ数刻かかるらしい。

 街が襲撃がされたという報せを受けたのが昨日の昼過ぎ。

到着に丸一日費やされる計算だ。


 馬を全速で駆けさせれば数刻で到着するとレナードは言っていたが、人馬共に疲弊が甚だしいらしい上に、今は騎士団員以外――救援物資や非戦闘員である教会の人間を乗せた馬車を連れた集団だ。


 こんな状態で暗闇の森を抜けるのは危険だと判断し、騎士団レナード達は王都出発を、日の出時刻に森へ差し掛かるよう調整した。



 どうしてこんな状況になったのか…。



 教会での騒ぎの後、第四騎士団はすぐに団長率いる先発隊を組み、魔物討伐へ向かった。


 装備や補給を整えた後、後続隊もその足で続く筈だったけれど、教会側が一緒に救援隊を送るだとか、物資や人員を守る護衛が必要だとか何とか散々と王に進言ゴネしたおかげて、第四騎士団は二次隊・三次隊と三分割される羽目になった。


 当初の予定より大幅に人数を減らした状態の小隊では作戦の危険度がかなり増す。

 レナードは二次隊となる後続隊に殆どの団員を費やし、遠征を行うことの少ない第三騎士団――本来は王都の治安や警備を担う、から人員を借り受け――これもレナードが散々頭を下げたらしい、最小限の人員で三次隊となる教会側の護衛隊を編成した。


 レナードが云うには「御子騎士団レナードと行動を共にするのが気に入らないから、従いて来たんじゃないか」だそうだ。


 それだけ御子の存在は神話や信仰の具現化という簡単な存在ものではなく、今は微妙ながらも均衡を保っていると教会の力関係を崩しかねない存在だという。


 一番の危惧はその能力予言


 真偽が定かではないとしても、御子が発すればそれが真実となる。

 だから教会は、王に近しい存在の騎士の下に御子が居ることを良しとしないのだろう、と。

 特に、御子としての自覚の無い御子側に丸め込まれる恐れがあるから……。


 俺としては御子じゃないって自覚はバンバンあるんだけど……。

 というか、そもそも俺は日本人で、唯の大学生だ。それ以上でも以下でもない。


 勝手に神官あっちが思い込んでいるだけ!


 大体神話なんかレナードに連れて行かれた教会で初めて知った話だし。

 俺が『予言した』とか言われたって、神官あっち側が勝手に聞き間違えただけだ。


 とはいえ、俺が発した『騎士レナードの処にいる!』発言のせいで、レナードに要らぬ苦労をかけさせてしまったのは事実な様で……。


 レナードは『気にするな』と言ってくれたものの、出発前のゴタゴタや、後方から突き刺さるような怨嗟に近い神官さん達からの視線が、事の重大さをひしひしと俺に伝えてきた。


 どうして神官が御子にそんな視線を送ってくるかって?


 突き刺してくるのは俺にじゃない。

 厳密にいうと俺の背後にピタリとくっついたレナードに、だ。


 いや違う。ピッタリとくっついているのは俺の方であって……。



 俺は今、レナードの馬に乗っている。



訂正

乗せてもらっている。


 だって俺、一度も乗馬したこと無いんだよ!

……いや、一度だけある……。そう、数日前来たすぐに……。


 あぁ、既視感デジャヴ


 前のようにお姫様乗り(っていうのか?)じゃないだけまだ救いようがあるけど、馬に跨った俺の背後はレナードがしっかりとホールドしてくれている。


 なんて安心感!!



「へぇ、意外と様になってるじゃないか」


 そんな俺達の馬の傍らに、さっと駒を進めて声を掛けてきたのは、以前第四騎士団の庁舎を案内してくれた赤毛の髪を短く刈り上げた彼。

 たしか……


「……クリフ…」

だったか…


 爽やかな好青年という言葉が良く似合っている彼は『俺の名前憶えててくれたんだ』と、嬉しそうにニカッと白い歯を見せた。


 良かった…。名前、間違ってない。

しかし本当にイケメン揃いだな。

この騎士団……。


「こうやって見ると、カイト君も立派な団員だな」

 クリフは俺の姿をまじまじと眺めながら微笑んだ。


 そう、俺が着ているのは団員の皆さんと同じ騎士服。遠征に同行するのに平服は向かないと、出発前にレナードが用意してくれたものだ。


 シンプルなデザインながら袖や裾には細やかな刺繍が施された、意外と手の込んだ品だ。

 生地も厚手でしっかりとしているけれど動きやすい靭やかさもある。


 ゴワゴワした感じが一切しないんだよな~。

どんな織り方したらこんな布地になるんだろう?


 なんて感心しきりなんだけど、神官さん達の殺人的な視線の原因は間違いなく


 御子が騎士団に取り込まれたと考えているらしい節がある。


 現に、


「御子様、こちらのローブをお召くださいませ!」


ほら、来た……。

今ので何人目だ?


 何故だかに乗った神官の一人が、いそいそとやって来て声を掛けた。


 レナードや、反対側に並んでいるクリフもいい加減に苦笑いしか出てきていない。


 第一こんな処で着替えるなんて出来ないって、何で神官あの人達は気が付かないんだろうか……。



「すまんな神官殿。そのような裾の長い衣装では、襲撃何かがあった時には危ない。御子にかすり傷一つ付ける訳にはゆかぬだろ?」

 レナードはきっぱりと言い放った。


 いま『様』ってトコロ、わざと強調したよな……。


 神官さんが手渡そうとして来たのは、いつも自分達が着ている黒色のローブではなく、淡い紫色をしたローブ。

 何でも紫色は、一部の地域でしか生息していない植物の花弁でしか染上げる事が出来ない色らしく、染め色が濃くなればなる程希少価値が上がるらしい。


 例え淡い色だったとしても『かなり貴重な布地ものだ』と、レナードは教えてくれた。

 『多分、急遽手配して仕立て上げた物だろう』と……。

 


 あぁ、神官長のマントが紫色だったのはそう云う事……。



 レナードのキッパリと、そして有無を言わせぬ真っ当な反論に、すごすごと引き下がる神官さんを少し不憫に思いながらも、俺はふとそんな事を思った。



「クリフ。お前はいい加減に自分の持ち場に戻れ」

 レナードの声が頭上で響いた。

いつまでも引っ付いているクリフを窘めたようだ。


「はいはい」

 面倒臭そうに返事をしたクリフは俺に「じゃあね」と手を振り踵を返す。


色はカイト君には似合わないと思うんだけどなぁ……」


 クリフの呟きは、馬達の蹄の音に掻き消された。


 鬱蒼とした森の道はまだまだ続く。


 この森を抜けるまであと何人の神官さん達がチャレンジしてくるんだろうか?

あと五人か?六人か?


 鬱陶しい事、この上ない。


 諦め切れず、呪いの視線を送ってくる神官彼等の気配を感じながら、つい溜息が漏れた。


「もう少ししたら視界が開ける場所に出る。少しは気が晴れると思うぞ」

 背後から、レナードが囁くように声を掛けてきた。


 余程、俺が気が滅入っているように見えたらしい。


まあ、強ち間違ってはいないけどね……。



 レナードの言う『視界が開ける場所』に辿り着くまで、神官とレナードのやり取りはその後、五回ほど繰り返される羽目になった。


 

 

 



 

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