第16話 神官長  ―クレマン―

ピロン!ピロン!!ピロン!ピロン!!


 礼拝所の広間に突然鳴り響いた音は、初めて聴く鐘の物であった。

 我が教会には無い、いや。それどころか、この世にあのような音の鐘があるとは!


 だが、私がその所在を確かめる事は叶わなかった。


 水の教会とも呼ばれる、西の都市ハンラーの教会が魔物モンスター共に襲われたという報せが入ったためだ。

 ハンラーは王都の西側にある大きな湖に囲まれた街。天然の堀に囲まれ、しかも街の廻りには何重もの柵が張り巡らされている。そう易々と入り込める筈はない。


 確かに最近の魔物出現の増加は著しく、旅人などが多々襲われたと話を聴くし、現に集落を往来する神官達も襲われている。だが街を襲ったなどという話は聴いたことがない。


 しかし、駆け込んできた伝令の騎士は間違いなく襲撃が遭ったと告げた。


 教会が襲われたという事は、街にもかなりの被害が出ている筈。

 教会は災害時には被災者の救護や支援を担う。例え自らの拠点が被害に会っていてもだ。

 民の救済と導き、それが教会われわれの役目でもあり、民の信頼と敬意を確固たるものにする為の手段だ。

 教会組織は自分達の理想を追求して戒律に則った生活をするだけでは維持できない。


 ハンラーには今、幾人の神官が在籍するのか……。

 確か最近、ハンラーからこちらに籍を移してきた者が居たはずだが、名前は……。


「ヨル神官は何処に?」


 近くに居た者に訪ねた。「判らない」という答えに苛立ちを抑えきれない。


「とにかく、市民と教会への被害確認を急ぎなさい。支援の準備を……」


 教会にも被害があるとなれば、怪我を負った神官以外にも一般の被害者も多数、此方王都で受け入れる事になる……。

 ハンラーへ持っていく支援品以外にも、こちらの居住の確保、薬、食料、生活用品の備蓄。

 被害者彼等の移動手段。


 考えなければならない事、指示を出さねばならない事は山程ある……。


「神官長様!」

「……っ!」


  この状況を理解できぬ痴者おろかものがまだ居るか!


「何ですかっ。今は緊急事態なのです、後になさい!」

 

 常に冷静て居ることを心掛けているつもりであったが、苛立ちは募るばかりだ。

 つい、声を荒げてしまった。


 まだまだ修行が足りない……。


 私は努めて穏やに声をかけた。

だが、話を聞く気はない。視線は手に持つ資料に目を向けたままで、だ。


「水の教会が魔物モンスターの群れに襲われたのですよ。私事を聞いている時ではありません」


 が、興奮冷めやらぬ声は、そんな事はお構いなしに捲し立ててくる。


「ですから!私は彼を連れてきたのです!…私は聞いたのです。が予言したのを!!」


……今

……何を、言った……?


 振り返ると、手を引かれた一人の青年の姿があった。


 どこかで見たような……。


 若草色のシャツが良く似合う、まだ少年の面影が抜けきれていないような青年は、困惑した表情を浮かべていた。

 この国には珍しい黒い髪。

 よく見ると、瞳も星の瞬く夜空のような色合いをしている。


そうだ、数日前に第四騎士団あそこへ赴いた時……。


庭先の木陰に佇んでいた、不思議な雰囲気を纏った彼……。


 まさかここで再会するとは…。


 「先程の不可思議な音色は、神からの御子降臨の知らせだったのですよ。私は音に導かれ彼を見つけました。……そこで私は、彼が『ハンラーが魔物モンスターに襲われる』と予言を呟いたのを、はっきりと耳にしました!」


 陶酔しきった顔で言葉を綴る男の声などどうでも良かった。


「…間違いありません。神は御子をお寄越しになったのです!」


――御子――


私共教会にとっては、最も重要な言葉。この世が困難に襲われる時神がお寄越しになり、予言という形で神の声を伝える存在……。


その御子言葉すら耳に入らぬ程、彼の姿に目を奪われた。

 御子であろうが無かろうが関係無い……。


いや、違う。


 御子であれば尚更、自分の下に留めておきたい。囲ってしまいたいという欲求にかられる。

 例えそれが俗な欲求想いであったとしても……。


「……カイトっ!」


 突然に逃げ出した彼に投げかけられた名前。いにしえの言葉で『希望の光』を意味するそれを口にしたのは、男だった。


 レナード・フォン・エンメリック。


 貴族にも関わらず第四騎士団あんなところの、しかも副団長という職にある色々と噂の絶えない、いけ好かないやつ


 御子がまさか知人あちら側とは……。


 ならば尚更、こちら側が貰い受けねばなりませんね。


「彼を探して。見つかったら知らせなさい」


 しかし今はやる事があります。

 

「カイト……」


 ……良い名だ。


 口にした名は甘い響きをもって、いつまでも私の心に木霊し続けた。


 









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