第15話 御子という名

 いやいやいやいやいやいや!


 何で俺、さっき気付いちゃったの?

こんな時に気付いちゃう事でしたっけ?


 俺は今日、何度目かの頭を抱えた。

 

 今俺が居るのは、どこか解らない部屋の緞帳の裏。

 何だそのいい加減な説明はっ!…っていうのは止めてもらいたい。

 だって、俺自身が解っていないんだよ!!


 取り敢えず走って現場から逃げたは良いが、やたら同じ造りの扉や廊下、柱の装飾に、何処に行っても同じ色のカーテン。

 完全に方向感覚を狂わされて道に迷った。


 実は同じ所をグルグル廻っているのよ♡


 なんて言われても納得してしまう状態だ。


 言っておくが、俺は方向音痴じゃない!


 けど、さっきも迷っていたしなぁ……。

 自信無いかも……。


 で、手っ取り早く近くの部屋へ入ったは良いものの、これまた何にもない部屋で(多分。薄暗くて良く見えないし…)、仕方なくカーテンというには分厚い生地の緞帳裏に身を隠した。


 本当はサッサと教会を出てしまえたなら良いんだけど、出入口が解らない上に、さっきの感じじゃ神官達に見つかったら捕まりそうな勢いだし、通路聞くにも言葉わかんないし、レナードも……。

 やっぱり言葉通じないし!!


 そう、コトバだよ!!


 俺のバグって……。いや違う!バグってるのが本来で、マトモに話せる事がおかしいんだよ!!……しかも、話せるようになる理由って……。


 エ○い事しなきゃイケないってコト?!


 イヤイヤイヤ!ナイナイナイっっ!!!


 何だよ!その設定!!

 何処かのエ○ゲーか!って!


 何でこんなトコで気が付くかなぁぁぁ…!!




 ホント、八方塞がり……。


 気付いてしまった深く追及したく無いことは、この際考えるのを止めた。

 今はこの状況をどうするかだ。


 だけど、いつ迄もここに隠れていられる訳じゃないし……。

 いっその事、広間あの場所へ戻るか?

 いや、むしろコトになる予感しか……。



「!」

 バサッと何かを払い除ける音が響いた。


 薄暗いままで判らないが、突然目の前に男の影が現れた。

と……。


「んっ!」

 頭を押さえつけられ、貪るように口づけをされた。


 辞め…ろ……!


 だが、俺の抵抗は相手の片腕で呆気なく封じられる。

 口腔内を舌が縦横無尽に蠢く。


「……っぁ…、ふっ……」 

 いつしかそれは、俺の快楽を誘うように優しく俺の舌を絡め取っていった。


 求められるまま……、何も考えられず流し込まれた唾液を飲み干す……。


「やっと、見つけた」

 男は微笑みを向けた。


「……レナ…ド…」

「もう大丈夫だ」

 呂律の回らない俺を、レナードはしっかりと抱き締めてくれた。



「何か大事おおごとになったな……。まさかお前が、御……」

「違う!勘違いだ!俺は……」


 予言なんしていない……。

 口にしようとした時、廊下のざわつきが耳に入ってきた。口々に御子の名を呼び、姿を探し求めているのが解る。

 ガチャリとドアを開ける音が響き、薄っすらと部屋に廊下の灯りが差し込んできた。

 室内を隈無く捜索しようということだろう。


「……どう、しよう…」

 戸惑う俺の口唇に剣だこのできた節榑立った指が触れる。


 大丈夫だ…。彼の瞳がそう伝えてくる。


 レナードはバサりと緞帳を開け、俺を中から出すと自分の身で庇うように傍らに寄せた。


「彼なら、ここに」

 凛とした声で伝える。


 そして「心配するな」と俺にだけ聞こえるように、そっと囁いた。




 広間には、俺が見つかったとの報を受けた神官や騎士達が集まってきた。

 先程よりも騎士の姿が少ないのは、俺を探しに行く前にレナードが、王宮に魔物出現の報告と討伐の準備をさせるよう、第四騎士団へ向かわせていた為だったらしい。


「御子様、何かご不快な事でもあったのですか?」

「我々は御子様が降臨なさるのを心より待ち望んでおりましたのに…」

 俺が逃げ出した事を詰るような声が神官達から続く。


 御子、御子、御子!

輪唱のように掛けられる言葉。


 だ、か、ら!それが嫌だって!! 

 大体、集団で詰め寄られるなんて恐怖でしかないだろ!


 今でも、隣にレナードが居なければ再び逃げ出してしまいそうだった。

 無意識にレナードの上衣の裾を握りしめる。


「修行が足りませんよ、貴方方!御子殿を怖がらせてどうするのです!」


 一喝が響いた。


 声のする方向へ、一斉に視線が集まった。左側の通路から、紫と金糸に彩られたマントを身に着けた神官が、後ろに二人の従者を従え、こちらへ進んでくる。

 銀髪を、項あたりでざっくりと結わえた壮年の神官は、静かながらも颯爽とした足取りで俺の処へ歩いてきた。

 周りを取り囲んでいた神官が一斉に道を開ける。

 まるでモー○の映画のワンシーンを見ているようだ。

 解りにくかったらゴメン。俺好きなんだよね、昔の映画。


 て、ことで俺らの周りには、その銀髪の神官長さんと二人の従者さん、レナード、俺だけになった。


「不調法者ばかりで申し訳ない。私は教会ここの神官長を務めるクレマン・ピノーと申します。御子」


 おいおい!お前も御子それ前提か!


「このように麗しい御方とは。さすが神の思し召し」

 静かに腕を取られると、そっと甲に口づけされた。流れるような仕草だ。


 自然にこんなこと出来るなんて、恐ろしいな、神官長。

 しかも、何を見て言っているんだ?その台詞……。


「さあ、此方に参りましょう。お茶など召し上がりながら、お寛ぎなさい」

 柔らかい口調ながらも、有無を言わせず手を引いてくる。


 なに?神官長って、人の話を聞かない系?!


「…ちょ……」

「手を離せ!ピノー神官長」

 レナードが神官長の手を払い除け、俺と神官長の間に割って入った。


 レナード!ナイっス!!……って、なんか険悪な雰囲気になっていませんか?


「……エンメリック卿」

 神官長は払われた手を眺め、痛めていないか確認するように二、三度と握りしめては開き、左手で労る素振りをみせた。


 俺達を見て、にっこりと微笑む。


「何か勘違いなさっておられる様ですね。」


 怖い!怖い!

 瞳、笑ってないですけど!!


「私は御子降臨の知らせの鐘を聴きました。ここにいる神官達も皆同じです。もちろん貴殿もではありませんか?エンメリック卿。

 ならば、御子は…、教会我々の問題です。御子を教会で保護をするのは道理。例え貴族であろうと貴方一騎士が口を挟むのは筋違いですよ」


 だからその前提がおかしいんだって!!

解ってほしい!召喚の通知音じゃない!!


 スマホの通知音なんだって!!!


「まさか、教会の教義に背かれると?」

 話は勝手に進む。


 え?待って!そんなに大事おおごと?大事な事なんですかっ?!


「……」

 レナードは無言だったけど、神官長を睨みつけたまま、引下がろうという気配は微塵もな無かった。


 神を唯一とし『国教』とこの国は定めているのだと、レナードは道すがら教えてくれた。だから気が乗らなくても、教義に従い教会を訪れるのだと……。それが『国に住む者の努めだ』と自分に課しているのだと…。


 このままだと不味いよな……。


 だからといって、神官長に付いて行くのは、色々と(俺にとっての)問題が起こる気がする。


 どうすれば……。

 俺は、覚悟を決めた。


「ちょっと待って!最初に俺を守ってくれたのは、レ……じゃない、この騎士だ!

 なら、彼は御子の騎士。だったら一緒なら教会ここにいても良い!」


「……な、何を……」

 神官長は、いや、レナードも絶句していた。


え?マズイい事、言った?


「御子……。神官以外、教会には住めません。騎士は尚更です。……騎士が護衛をするというのなら、日中のみ……」

「なら、俺は騎士の下に居る。護衛は四六時中じゃないと意味がないはずだ。

……だったら、御子が騎士の所に居る!」


 辺りに居る人達が、瞬間冷凍宜しくフリーズしている事など、この際、どうでも良かった。

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