第14話 神話

 何処をどう通ったか、全く見覚えの無い場所にいた。というか、同じ様な柱と廊下と扉で、通った場所なのか違うのかすらも判らない!


 あれ?俺って完全に迷子?


 レナードに(ある意味)置き去りにされた俺は、暇を潰すため左右に続く廊下に飾られた彫刻や壁画を覗いていた。

 そんな俺に気付いた神官さんの一人が(だと思う、だって黒いローブ着てたし)案内を買って出てくれたのがつい数分前。


「こちらの奥に、我が国の神話を記した壁画があるのですよ。それはもう、立派な絵画で……」


 腰に手を回し、俺の手を取って案内をしてくれた。


 迷子にならないように、しっかり案内してくれるんだな。


 案内してくれた先には、公言していただけある、なるほど馬鹿デカい壁画があった。


「これはですね……」


 肩を寄せ、目線を合わせながら神官さんは解説を始めてくれた。


 なるほど、解らない事が無いようにこちらの目線に合わせて解説してくれるのか。

かなり親切な人だな、この神官さん。


 彼の話だとこうだ。


 とある民のところにある日、神の啓示があった。指し示された土地に向かうと、そこは気候の温暖な、肥沃な大地と水に恵まれた土地だった。彼等はそこに国を建て、神を中心とした生活を送った。

もっと神の啓示を聞き取ろうと神殿を築き、月日を重ねるごとに神殿の高さは高くなりいつしか天に届くほどになった。

 一部の強欲な人間と動物達は、自分たちが神に取って代わろうと神殿に登り天を目指した。が、神の怒りを買い、神殿の倒壊と共に魔物に変えられた。それがモンスターの始まりだと。

 それから、神は直接に啓示を示すことなくなり、必要な時代に地上に御子みこを授け予言させ、人々を導いた。


「私共は神の与え給うた女性を『巫女』男性を『御子』と呼ぶのです」


 神官さんは俺の手を取ると、静かに壁画のとある部分に向けた。ちょうど神様らしい人物と並んで立っている人の描写の部分だ。


 へえ、あれが……。御子と言う割に子供じゃないんだ。


「興味を持って頂いたようで大変嬉しいです。宜しかったらもう少し、あちらの部屋でお話しましょう」


 神官さんは手を握りしめたまま、俺の手の甲へ口付けた。

 さあ、とばかり身体をぐいっと近づける。


 顔!近いですけど!!

 それより、もうすぐレナードが帰ってくるかもしれないし!!

 って、もしかして(もしかしなくても)

実は……ちょっとヤバい?!


「…ま、待ち合わせがあるんで!」


 俺は神官さんの手を振り払うように駆け出した。




 ……で、今に至る。


ここはどこなんだ?


 さっきの神官さんに連れられて来たから、元から場所が怪しい上に、取り敢えずで走ったからな……。


 とにかく、元居た場所に戻らないと……。


 多分こちらだろと当たりをつけて進む。


 にしても、何でこんなに広いんだ?

 入り口から見た限りでは、ここまで広く入り組んでいるとは思わなかった。きっと縦に長い造りなのだろう。しかも広間以外は余り大きな空間がないのかもしれない。


 こんな時、本当はスマホが役に立つんだけど。

優秀だよGPS。


 けど、異世界ここじゃ無理か。解っちゃいるんだけど……。


 俺はポーチの中からスマホを取り出した。

 電源が切れているので画面は真っ暗、触った所で何も反応はしない。


 ふぅと溜息が漏れる。

もう何分迷っているだろう?


 とぼとぼと歩きながら辺りを見渡すと、何となく見覚えのある彫刻が目に飛び込んできた。


 これって確か……。


 確か神官さんに連れて行かれる前に見たような気がする。だとしたら、このまま真っ直ぐに進めば広間にたどり着く?


――ピロン!ピロン!!ピロン!ピロン!!


 え?


 突然の電子音が鳴り響いた。


デカいだろ!この音!!


 音響効果の良い構造なのか、建物の隅々まで響き渡りそうな音だ。


 今鳴ったの俺の?!(しかないだろ!あんな電子音!)

 確か先程まで電源は入っていなかったはずだ。なのに……。


 聞こえたのはよく知っているSNS。

つぶやくの通知音。

 俺は慌ててスマホを見た。

 何故か電源が入っており、画面には複数の『つぶやき』が表示されている。


『ヤッベ!!このままだとマジ水に襲われるわ!』


『どうしよう。川、氾濫しちゃう。もう駄目!』


「何これ?え?襲われる?…氾濫って……。みず!?もう駄目……って…」


 何で今、こんなのが入って来るんだ?


 俺は何が起こったのかも解らず、画面を眺め続けた。


「今、……何と?」

「!」


 慌てて振り向くと、そこには先程案内してくれた神官さんが佇んでいた。


 ヤバい…。

 スマホ不味いよね?見つかったらマズイやつだよね……。


 後ろ手にスマホを隠し、こっそりとポーチに仕舞おうと試みる。


「君は今、何と言った?」

「……」

「襲われると?……ハンラーとは水の教会の事か?!……今、モンスターと言ったね!!」


 ん?何、言ってるの?この人……。俺が何時そんな事を??


 瞳を見開き、ワナワナと震えていた神官さんは、いきなりガバッと俺の腕を掴むとズンズンと歩き出した。

 

ちょっと、待てっ!!


 俺は神官さんの後を、引きずられるようにしてついて行く羽目になった。


 異世界人ここの人って何でこんな力強い人ばかりなワケ?!



 広間に着くと、先程までの静寂に満ちた厳かな空間は消えていた。何かがあったのか、ザワザワと神官達が慌てふためいている。

 今まで見掛けなかった騎士服を着た人達までも慌てた様子を見せて集まっていた。

 騎士の集団の中心、彼等に囲まれる様にしてレナードが立っている。

 騎士以外にも数人の神官が並んでいたが、その中にこの前詰め所で見かけた、紫と金糸に彩られたマントを身に着けた銀髪の男の姿もあった。


「レナード!」


 助けを求める。だが聴こえないようで、その間にも俺の腕を離さない神官さんは、ズンズンと集団の所へ向かった。


だから、痛いって!


「神官長様!」

 神官さんが声を掛けたのは神官長へだった。


「何ですか。今は緊急事態なのです、後になさい」

 銀髪の神官長は彼を窘めた。静かだが有無を言わせぬ口調だ。


「水の教会が魔物モンスターの群れに襲われたのですよ。私事を聞いている時ではありません」

「ですから!私は彼を連れてきたのです!…私は聞いたのです。が予言したのを!!」


 一瞬にして、ざわめきが止まった。

 視線が俺に集まる。


 なに?……この空気?


 その中、神官さんは滔々と語りだした。


「先程の不可思議な音楽は、神からの御子降臨の知らせだったのですよ。私は音に導かれ彼を見つけました。……そこで私は、彼が『ハンラーが魔物モンスターに襲われる』と予言を呟いたのを、はっきりと耳にしまた……」

 陶酔しきった顔で、神官さんは続ける。


 俺を掴んで離さなかった手は、いつの間にか離れていた。


「…間違いありません。神は御子をお寄越しになったのです!」


 おいおい、ちょっと待ってくれ!何処をどうしたらそんな話になるんだ?

俺はフツーの日本人ですけど!!


「…っちょ」

 反論しようと思った。


「$◀✕#&○」


 え……?


 多分レナードの声だ。だけど、何を言っているのか理解できない。

 レナードが人込みを掻き分け俺の所に来ようとしている。


でも……。

何言っているんだ?


「▲□#⚫:%」


 解ら、ない……。


 何で今なのさっ!!!ここ数日、何も不都合無かったじゃないか!


……まさか、だけど……。それって……。

 うわぁ~、何か今嫌なことに思い当たったよ!

 今気づく俺?…何?その設定!

いい加減にしてくれよ!このバグ!!



…ってかそれより今、これ。実はかなりヤバくない?

 このままだと御子ってのに担ぎ上げられそうだし…。言い訳するにも、コトバ解らないし!


 絶対マズイ!!!


 逃げなきゃ!

 

 考えるより先に、俺の足は駆け出していた。


 雑音が一際大きく、俺の耳に木霊して聞こえてきた。

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