第9話      3

 キースは考え倦ねたのか唸り声を上げた。


「ですが…ですよ」

 

 深く吐いた溜息と共に、キースは思ったままを口にする。


「確かに、彼の容姿はだは我々と異なっています。ですが、それだけで人外とするのはどうかと……。

 他の大陸にはまだ知られていない国がありますし、我等が知らない少数の人種だっています。そんな珍しい人種で……

 あの顔立ちであれば、拐われ売られてきた可能性は十分にあるでしょう!

 持ち主が転々としたならば、言語の混乱も十分にあり得ます」


 そこまで言って、息をついた。


 彼がここまで他人を庇うような言動をするのは珍しい。


 人間の姿をした者を魔物としたくないのか、たかだか数時間前に見つけたを気に入ったのか……。

 

「確かに……、彼の身に着けていた衣類は我が国の物ではない。他の大陸から来たというので間違い無いでしょう。肌着にしては生地の質も良いですし、身なりも整っている……」


 続けたキースの言葉に「そうだ」と俺は頷いた。


「付け加えるなら……、夕食を共にして観察したのだが、マナーもある程度身についていた」

 

 話しながらも、ふと先程の騒ぎを思い出した。

 使用人に湯浴みの手伝いをされるのが嫌だと、屋敷内を裸で逃げ回ったあれだ。


「まあ、多少常識が当てはまらない処もあるがな……」


 盛大に駄々をこねる幼い子供のような姿が、ありありと思い浮かぶ。

 思いがけず、くすりと笑が漏れた。


 そんな俺をキースはさも珍しいものを見るように凝視してきた。


……まったく、何だその目は!


「とにかくだ」


 咳払いと共に言葉を続ける。


「そこまで金と手間を掛けて囲っている奴等が、そんなに簡単にを捨てるか?隠す手段なぞ、幾らでも講じられる財くらいあるだろう」


「では……意図的に、ということですか?」


 一瞬にしてキースの声が強張った。


「だとしたら何の為に?」


に拾わせる為だとしたら?」


「まさか?!」


 俺の言葉に驚愕を隠せず、瞳を見開いたままキースはまたしても唸った。


 でしたら……。


 あいつにとっては思いがけない話だったのか、声を詰らせる。

 


「……もし、それが本当だとしたら。すぐにでも団へ報告をした方が……。何処からかの斥候という場合があるかも知れません」


 苦しそうに言葉を吐き出す。


 何も知らない無垢な瞳をした青年に想いを馳せているのだろう。裏に狡計を謀っているとは信じ難いようだ。


 だが、最悪の事態を考えておかなければならないのもまた騎士としての務め。

 とはいえ、そうであって欲しくないのもまた事実だ。


「だが……、憶測の粋を出んのも確かだ」


 グラスの中で揺らめく赤い液体を眺め、思考を巡らす。


「だからな」と、キースに視線を移した。


 真向から迎えられた目線は、覚悟を決めた騎士のそれだ。



 決めかねているのは、俺の方なのかもしれない……。



「暫くはここに置こうと思う」


「何をっ!」 


「アレの狙いがなになのかが解らん。なら、よく解らんモノは目の届く範囲に置いておいた方が逆に安全だ」


「……そう、かも知れません。ですがっ。アレが例え奴隷であろうが、魔物モンスターであろうが、それを知っている者が何か企ててきたならば、の立場が悪くなってしまうのですよ!」


「……今更だろ。俺の立場なぞ」


 苦微笑で答える。



「ですが、レナード副団長!貴方はっ!!」

 

「……俺は侯爵家この家にも王族あれにも興味は無い」


 キッパリと言い放った俺に、キースはぐっと口を噤んだ。

 これ以上、良くなる様な境遇でもあるまいが、キースは心底慮ってくれる。


 ありがたいとも思うが、そんな俺に付き合っているキースには申し訳無さが先に立つ。



「カイトだそうだ」


「?」


 ふと、思い出した。


に名前を訊ねられた時、自分がまだ彼の名前を知らなかった事を。


 名前を知った時に感じた小さな衝撃を……。


「あれの名前だ」


「カイト、ですか……」


「そう。古の言葉で『希望の光』だ」


「何だか……皮肉ですね」


 キースは溜息混じりにその名を呟いた。


「一体……、の為の希望カイトなのだろうな。あれは……」


 初めて出逢った時に見つめた漆黒の瞳を思い出し、俺は静かに呟いた。

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