第7話 レナード・フォン・エンメリック 1

 を見つけたのはほんの偶然だった。

 

 魔物の目撃情報を受けて向かった視察の帰路、ただ広い草原の中に所在無さげに座り込む姿が目に入った。


 無頼漢に襲われた娘が呆然自失となっているのかと近付いてみれば、それは黒髪と吸い込まれるような漆黒の瞳を持った、まだ少年のような面影を残した青年だった。


 この国では珍しいほど黒い瞳だ。確かに濃い色合いをした瞳を持つ者もいる。が、それは太陽の下で見れば茶色に戻る。日差しの中にいても漆黒の色を保つ瞳を持った者は皆無だ。

 なにより、この大陸では見られない象牙色をした肌はこの国人間でないことを十分に知らしめていた。


 何処か別の大陸とちから攫われてきた奴隷が遺棄されたか?


 だが、彼の側に落ちていたを見つけた時、別の疑惑が浮かんだ……。



 


 城内に入る頃になっても、馬上で目の前に座るそれは俺の羽織らせた上衣を握り締め身体を強張らせていた。


 顔を見れば大体の考えが読み取れる俺でも、彼は何を考えているのか解らない程に無表情だった。


 そう、まるで訓練されているかのように……。


 だがその無表情さが却って魅惑的な雰囲気を醸し出す事となり、城門の兵士はじめ、すれ違う市民もチラチラと視線を向けてくる始末だ。

 キースが気を利かせ寄越したマントで下半身を覆ってやれたのは幸運だったようだ。俺の上衣だけでは、脚まで隠してやることは出来なかったからな。


 上着だけ羽織った姿でこの場所を通ったらと考えるとゾッとする。


 このまま人通りの多い道を通り、人目に付くのは流石にまずいと考えた俺は、外周に近い裏通りを通って屋敷に戻ることを決め駒を進めた。

 

 

 「なあ、今更なんだけど……」


 しばらく馬蹄の音だけを響かせた頃、突然にそれが声を掛けてきた。


 驚いた。


 あれほど頑なに身体を硬くし拒絕していた自分に、まさか声を掛けてくるとは思わなかったのだ。


「……なんだ?」


「……えっと……。あの、まだ名前……聞いてなかったなぁ……って……」


 名前?

 私のか?


「……あ、別に。……言いたくなかったら教えてくれなくっても……」



「レナード・フォン・エンメリック」



「え?」



 なぜエンメリックの名を聞いて驚きの表情を見せるのか?

 この国の事は何も知らない素振りを見せていたはずだが……。

 


の名前だ」



 もう一度伝えてやる。

 瞬時に顔が青ざめた。口唇が微かに震えているのを見逃しはしなかった。


 何かを隠している……。


 だが、怯えたような瞳でぎこちなく顔を向けてくる姿は、何か企てを画策している者のようには感じとれなかった。


 情報を探る事だけ言い含められているのか、若しくは……。


 若しくは本当にただの奴隷なのか……。


 身の危険を感じているのか、そこまで怯える姿には憐れみさえ感じてしまう。


「……っ、そんなに怯えるな!これから俺の屋敷に行くだけだ」


「?」


「安心しろ。身の安全は保証する」


「$@#◀&△%!」


「…何を、言って……」


「言っているのだ」と続けようとしたが、物陰から出てきた男達に俺の言葉は遮られた。

 


「これは、とびっきりのお姫様を連れているじゃねぇか」


「大人しく渡した方が身の為だと思うが、兄ちゃん」


「そうそう、下手なナイト気取りは止めときな」

 

 ニヤニヤと卑下た笑いを浮かべながら、五人ほどの男達はゾロゾロと馬の前に立ちはだかる。

 手にはソードや偃月刀、ハンマー等の武器を携えていた。


 盗賊の輩か……。


 人目を避けるよう裏通りを使ったのが裏目に出たか、厄介な連中が出てきたものだ。


 この俺が騎士団の所属と解っていないらしい賊共は、じりじりと距離を詰めてきた。

 俺一人であればこれくらいの人数なぞ造作も無いことだが、二人を乗せた馬の動きはどうしても鈍くなってしまう。しかもを庇いながらでは、少々分が悪いだろう。


 ――仲間を呼ばれたら厄介だな。


 俺は静かに剣の柄に手を掛けた。



瞬間。


「……ふっ」


 俺の前方で笑みを漏らす声が聞こえた。

微かに口角を上げ、妖艶な微笑を彼奴等へ向けている。


――おいっ!――


 賊共からどよめきが上がる。


 中には仲間を呼ぶ奴まで出てきて、あっという間に人数は倍に膨れ上がってしまった。

 


 ――こんな時に連中を煽るようなまねをする!!―― 


 つい深い溜息が漏れる。



 案の定、

必要以上に闘志を漲らせた連中は、一斉に襲いかかってきた。




 流石にこんな連中に殺られる訳にはいかないな。



 薙ぎ払う剣のぶつかり合う、激しい金属音か響く中、俺は怯えるを庇いつつ馬を駆らせた。


 

 

 

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