第6話
「ってか、こいつン家。どんなけデカイんだよ。俺もこんな所に住めたらイイよねっ……」
俺はふかふかなベッドに身体を埋め、独りごちた。
ベッドは勿論、女子憧れの天蓋付き(別に俺は憧れないけどね)。肌触りの良いリネンに包まれた大きなクッションが幾つも置かれ、これまた極上な触り心地のブランケットが掛かっていた。
何故こんなところに居るかって?
そこは俺も聞きたい!
色々あったんだよ。ここに行き着くまで……。
あの後辿り着いたレナードの邸宅だという屋敷は、玄関へ辿り着くまで延々と続く塀を廻り、玄関先では何人もの使用人に出迎えられた。
挙げ句の果てに「風呂に入れ」というレナードの一言のお陰で、使用人さん(女性)達に連れられ(いや、引きずられ)て行った先の浴場では無理矢理服を引っ剥がされ、パンツにまで手を掛けられた。
「なに?俺襲われるの⁉」
解る?この恐怖!
自分で出来るから止めろって言ったんだよ!
まったく、公衆の面前で全裸なんて恥ずかしすぎだろっ!!
タイミングの悪い事に例のバグが――そう云わせてくれ!プログラムだと完全にアウトな案件だろ、言葉が雑音って!
発生したので、まるで雑踏の中に居るような状態に耐えられず、脱走。
そう。パンイチで猛ダッシュ決めました、俺……。
屋敷中の人間に(多分)パンイチ姿晒すって……、俺の人生終わったな。
まぁ、そんなこんなで、今ここに居るわけなんだが……。
説明が雑だって?
――できれば思い出したくないんだよ!――
何処をどう走ったか解からず迷っていた処をレナードに捕まって、暴れた。(以前にもあったような)
がっちりホールドされた処に、何か囁いてきたが解る訳もなく(知るかっ、そんな事!)、喚き散らしてやったら……。
あぁ、
足腰立たなくなった俺は――ヘンな意味じゃない、なに、キスされて力抜けすぎただけだ……。
レナードにお姫様抱っこをされた状態で浴場まで連れ戻された。
何とか自分一人で入浴することを了承させて……。――そう、その頃には何故だが意志の疎通が出来てたんだよな……。
で、今。
俺はこのふかふかなベッドの上に身を預けている訳だ。
「まったく、アイツは俺の恋人かって!キスばっかり……」
思い出すだけでも顔から火が出る。
まさか男にあそこまでガッツリとディープなキスされるとは、誰も想定しないだろっ!
しかも(これは夕食の時に聞いたんだが)この世界、恋愛・結婚に対して性別の区別がないとか、ナントカ……。
余りにも俺がいた
……でも、困ったことに(困るのか?)……。
「イヤ。……じゃ、ないんだよな……。
……って、なに絆されてんだよっ、俺!」
いやいや違う、絆されてなんかいない!
絶対に!!
あぁ、もう意味わかんねぇ……。
色々な事が起こり過ぎて理解が追いつかないってのが、正直なところだ。
いつまでこの訳の分からない
無意識に漏れる溜息に顔を背けた。ふわふわとしたクッションの感触は気持ちが良いけれど、不安定な自分の立場を思い知らさられるようで気分が落ち込みそうになる。
ふと小さなテーブルと上に乗ったガラスの水差しが、天蓋の薄布越しに視界に入った。
切子細工の施された淡い藍色のそれは、窓から注ぐ月明かりを受けキラキラと細やかな光を放ち、存在を主張していた。
そう云えば、さっきレナードが「何か欲しい物があったら、部屋付きの使用人を呼べ」って言ってたな……。
もしかして、その人が気を利かせてお水を置いていってくれた?
いや、まさかと思うが、パンイチで廊下を走り回る恥ずかしい奴とは顔も合わせたくなかったから、とか……。
だったら、この
別に俺が頼んだわけでは無いが(しかも男か女かも知らないし)申し訳無さで一杯になった。
駄目だ、このままじゃ際限なく落ち込んでしまう……。
「折角だから水でも飲んで、もう寝るか……」
俺はもそもそとベッドから這い出ると、窓際に置いてある小さなテーブルへと足を運んだ。
柔らかな綿(多分)で仕立られた、踵に付きそうな長さのズボンに、膝丈までのチュニック風開襟シャツ。パジャマとして宛がわれたそれらは全体的にゆったりとしたシルエットで軽かった。
暖かい季節の部屋着はTシャツ短パンな俺にしてみれば、少々着すぎな気もするが、まあ、着替えに出された肌着が短パンみたいに長かったからな、それを考えれば服としては妥当だな。
この世界の感覚からしたら、真夏の日本のファッションなんて卒倒モノじゃないだろうか?
ん?そういや俺の短パンって、何処いった?
窓際のテーブルに置かれた水差しの隣には脚付のグラスが二つ、細やかな刺繍の施されたクロスを埃よけに被せた状態で並んでいた。
手に取ると、水差しと同じ意匠の切子細工が月明かりに輝らされ、繊細さを一層感じさせた。
水を注ぎ、一気に飲み干す。
舌に仄かな甘味を感じた。
「…甘い……?」
ジュースという程の味は付いていなかったが、微かな甘さが口に残る。ほら「見た目透明だけどヨーグルト」みたいな水があったよな?あんな感じだ。あれ程の味はしないが、まあ、うん、不思議な味としか表現しようがないな。
ふらふらとテーブルから離れた俺はもう一度、盛大な溜息を吐きながらベッドの上に身を投げた。
ふかふかなクッションの山に頭を埋める。
黒い金属製の物が視界の片隅に入ってきた。
先程レナードから渡された携帯だ。出会った時に、俺の側に落ちていたのを拾った
とか言っていたな。
俺が寝落ちした時に手にしていた覚えが無いのだが、なぜこれが一緒にこっちへ来たのか。
もしかして、
だったら何かヒントがあるんじゃ……、
スマホの電源を入れてみた。薄暗い部屋に一点だけ煌々と明かりが灯る。
まだ充電はあるようだった。
ピロン
起動されると、さっそく通知が入ってきた。
何?
まさかの、ここって圏内?!
アイコンを覗いてもそんな訳は無かった。
見事に圏外通知だ。
ってことは、これはまだ
「あ、な、た、の、希望……その手に……、応援します」
なんだよ、学習塾の広告?
俺はショックの余りクッションに顔を埋めた。何かヒントになるものがないかと期待した分、落胆も大きい。
これ以上通信はできないと、ハッキリとアイコンに伝えられては、これ以上どうしようもなかった。
さっきの広告が最後の通知って訳?
何だか、
無理なのかな……?
それよりも、寝たら
……ほら、これが夢で……、寝て、起きたら……いつもの朝で……。
帰り……たい……。
「……帰え……ら……な、い……」
あ…れ?
‘’‘帰れない‘’……って、言いたかったのに……。
……ま、いい…か、眠……い…し……、
寝…よ……。
そうして俺は意識を手放した。
朝になったら、全て元に戻っている。そんな小さな希望を抱いて……。
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