第3話 キース・ライラー
郊外の村から
先行としてエンメリック副団長始め、私――キースを含めた八名で件の村へ向かい、魔物の複数討伐が必要との判断が下った場合には援軍が到着する算段となった。
幸いにも、報告を受けた件以外の情報や出没した形跡も無く、早々に任務を終えることとなり今に至るのだが、このところの出動命令の多さからすれば、早々と帰路につけるのはありがたい。
誰もが多少なりとも浮かれた気持ちでいただろう。
そう、あの時までは……。
「待て……」
我ら、第四騎士団が誇るエンメリック副団長がそう声を上げたのは、王都までの道程の、丁度半ば程に差し掛かった頃だった。
草原の広がる田舎道。
遠くに農作業小屋とおぼしき納屋の屋根しか視界に入ってこなかった。
「何か気になる事でも?」
私は副団長の隣に駒を進めると尋ねた。
エンメリック副団長は無言のまま馬を降りられると、私に手綱を任せ、ある一点を見据えたまま歩き出す。
煌く剣の先には、草の影に隠れ判別しにくいが、人がいるようだった。
私達は事の成り行きを見守った。
草むらに座り込むのは、珍しい髪色の青年だった。いや、青年というにはまだ幼いように感じる。
下着姿のまま呆然と座り込む漆黒の髪の彼は、自分の置かれた状況が理解できない様子だった。
よく見ると、この国の人間には見られない不思議な肌の色をしている。
うっすらとクリームのかかったような不思議な色だ。象牙色とでもいえばよいのだろうか。
奴隷?捨てられたか?
直感した。
我が国で奴隷制度が廃止されてから二十年経つ。違法となっても奴隷の所有が一種のステータスだと思っている貴族や商人は一定数おり、使用人と称し悪怯れもせず奴隷(労働、闘技、性奴)を使役する輩、そんな彼等に商品を提供するため違法に人身売買をする奴隷商人もいまだ後を絶たない。
通報を受けるたび騎士団が摘発をするのだが、摘発を逃れるため事前に、若しくは逃亡中に証拠となる
この状況は、騎士団に追われていた奴等が捨ておいたか……。
この手の犠牲者は後を絶たない。
彼も――容姿からして性奴だと思うが。
また、その一人だろう。
こんな草原に一人置いていかれて……。
彼はパニックを起こしているのか、意志の疎通が出来ていないようだった。
副団長の問いかけにも、暴れて答えようとしない。無理もない、自分の身に何が起こったのか、理解できていないのだろう。
もしかすると、眠らされたまま馬車から落とされたのかも知れない。
副団長は彼を保護することを決められたようで、我々に合図を送った。
近くまで馬を進めると、副団長たちの会話が聞き取れるようになった。
「…………お前……」
「……言葉……通じた?」
落ち着いたのか、彼は何とか会話ができるようになったようだ。
記憶に怪しい部分があるのは、きっと頭を打ってしまったからだろうか。
「かわいそうに……」
「いくらなんでも、あれは……」
「まったく非道い事をしやがる」
周りの団員も、憤りを隠せない様子で口々に彼への同情を露わにした。
が、下着しか身に着けていない彼の姿に、正直目のやり場に困っているようだ。
仕方がない。健康な若い男が、目の前に裸同然な姿を晒す魅惑的な相手が現れたなら……。
自分の欲情に負けないよう目を逸らすしか方法がない。
遠くの大陸では、同性同士の恋愛や性交渉を犯罪とする国や地域があるという。
自由恋愛を保証するこの国では考えられない事だが、もし犯罪であったとしても構わないと思わせるほど、彼の姿は劣情を掻き立てるのだ。
道すがら、副団長は彼に上着を羽織らせたが、隠しきれずに馬上からのびるスラリとした足は、余りにも艶かしがった。
まるで誘っているかのように……。
我々第四騎士団の中にはそんな不埒な真似をするやつはいないが、あのまま副団長が見つけなければと、正直ゾッとする。
同じ事を考えているのか、みな口数は少なく、重たい空気だけが辺りを支配していた。
行く宛のない人間がどんな目に遭うか、皆知っていたからだ。
賊に見つかれば襲われ連れ攫われて新たな奴隷商人に売られるか、そのまま奴等の慰み者にされ続けるか、はたまた命を奪われるか……。
だからこそ、そんな彼をみな不憫に思っていた。
助けられるのは奇跡に等しい。
そんな中、どれくらい駒を進めただろうか、微かに城壁が見えてきた。王都へ辿り着くのはもう間近だ。
このまま彼を隊舎へ連れて行くべきか、正直私は迷っていた。
要らぬ噂と憶測を呼んでしまいそうだ……。
まさか
今後の行動の確認を取るため、副団長のもとへ駆け寄った。
「とりあえずこのまま屋敷へ連れて帰る」
エンメリック副団長も同じ事を危惧されていたのか、この状態の彼を隊舎へ連れて行かないと決められた。
「その方が宜しいかと。……では、団への報告など、後は我々が。
副団長は直接お屋敷へ行かれてください。後ほど報告の為、屋敷へ伺います」
「あぁ、頼んだ。面倒をかけるなキース」
チラリと彼へ視線をやると、青ざめた顔の不安に押しつぶされそうな漆黒の瞳とぶつかった。
なんと痛ましい……。
けれどその瞳の中に宿る蠱惑的な色に、誘惑されてしまいそうな自分に耐えきれず視線をそらす。
生まれ持った物なのか、そうと躾けられたものなのか、気を抜けば誘惑されそうな自分がいる。
「これを」
私は鞍に取り付けた荷袋から、防埃用の濃緑色のマントを取り出し彼へ渡した。
このままの姿で市街に入ってしまえば、不埒な真似をしようと襲ってくる愚者も出てこないとも限らない。集団で襲われれば、例え副団長といえども、彼を庇いながらの攻防は苦戦するだろう。
少しでもその姿を隠せるのなら。
彼は不思議そうにしながらもそれを手にし、ふわりと広げた。
「お使い下さい」
私は彼に声をかけると、副団長へ視線を向け、一礼をした。
お気をつけて。
未だ戸惑ったままの彼に、副団長は背後からマントを優しく腰に巻き付けた。
「では!」
私と六名の団員は報告の為、いち早くと王都へ向かい駆け出した。
馬を駆けさせながら、先程副団長にこっそりと見せられた物と、耳打ちされた話を思い返す。
黒髪の彼の側に落ちていたという鉄製のプレート。ガラスが嵌め込まれたそれは、余りにも緻密な造りをしていた。鏡かとも思い顔を覗き込ませても、何も写し出すことはない不思議な物だった。
「ただの迷子では無いかもしれん……」
エンメリック副団長の言葉に、胸のざわめきが止まらなかった。
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