第2話

 俺の名前は東雲海斗しののめかいと


 ごく普通の大学生だった俺は今、たぶん異世界で、しかも記憶喪失の迷子扱いでイケメン騎士の操る馬上に、彼の上衣を羽織ったままお姫様乗りなる状態で相乗りをして揺られている。


 どうしてこうなったか正直わからない。確か自分の部屋で寛ぎながら携帯を見て寝落ちしたはずだった。


 気付いたら、少女が大自然の中ヤギ達と生活している某アニメの舞台によく似た雰囲気の場所で目覚めた。


 まあ色々とすったもんだ――全く言葉が通じなかったとか、突然剣先突きつけられるとか――あったけど、何とか誤解は解けたようで今に至る。



 きっとオレ今夢を見てるんだよね?

ってか、そうあってほしいんだけど……。



 じゃなかったらこの状況、よくある異世界転生系ストーリーだったらこのままお持ち帰りされちゃうパターンじゃね?


 いや、俺男だからそういう意味ではないけど。ほら、スパイ認定されて尋問とか、奴隷商人に売っぱらわれるとか……。

 ん?この場合は城に着いたら神官とかに囲まれて聖女認定?


 ……違うな、勇者扱いか。


 ――まて、その前に俺、穴に落ちたり空から降ってきたりしてないよな?



 やっぱり夢でお願いします!!



 が、どうも夢の中というには余りにも、何もかもがリアルすぎている。自分が乗っている馬の鬣の感触、羽織った服の肌触り。そして、俺を支えるようにして廻された腕の温もり……。


 もし、もしもだ。

 本当に夢でなく現実だとしたら、何故言葉が通じなかった?


 いや、むしろ通じない方が当たり前か。別の世界なんだし。


 なら何故、突然言葉が理解出来るようになった?


 俺は日本語のまま喋っている。――というよりそれ以外の言語を操るスキルなんか持ち合わせていないし。


 なにせ件のイケメンはじめ俺の周りにいる人達は中世ヨーロッパの騎士に似た服装で、あまつさえ遠くに見える人達もやっぱり中世の農民の様な格好をしているし、家も日本家屋じゃない。


 どう考えても日本語圏じゃないでしょ、ここ。


 中世ヨーロッパへタイムスリップとか思ったりもするけど、俺が羽織っている上衣を見る限り、微妙にその時代にそぐわない意匠が施されたデザインだし……。


 俺には大きすぎる上衣の袖には金糸の刺繍が施されているが、どう見ても菱形文様だ。歴史の事はよく知らないけど――自慢じゃないが世界史なんか並以下の成績しか取ってない。


 そんな俺でも解る。ヨーロッパにはこの模様はない。これは日本の畳でよく見るアレだ……。


 俺は微かに揺れる袖口ににそっと指を這わせた。 



 ん?


 なぜ俺がこんなもの着ているかって?


 それは俺を後ろから支える馬上のこの男が、俺に上衣を羽織るようにと半ば強制的に被せてきたからだ。


 確かに俺は彼らと服装が違っているけど、でもさ、オレ。普通の格好だよ。確かにTシャツに短パンなんて、カッチリ着込んでいるこの人達からしたらラフな格好かもしれないけど、でも、フツーに外に出歩けますよ、俺!


 いや、確かに半袖Tシャツ短パンで足プラプラさせてたら寒そうに見えるかもね? 


 でもそんな寒いような気温ですか?そこの畑、むちゃくちゃお花咲いてるんですけど!


 逆にこんなにピッタリ引っ付かれたら汗ばむくらいですが?


 なに?そんなに異国情緒溢れる――多分ここでは――俺の存在は人前に晒すな!的な感じなんですか?


 ということで、脳内プチパニックをおこしたまま、乗馬なんてしたことのない俺は黒を基調とした騎士服を羽織った姿で、イケメンな青年――ごめん、まだ名前も聞いてなかった。に後ろから抱きかかえるような格好で今に至るわけなんだが。


 ちなみに、馬上の人になってから、俺は一度も喋っていない。……なんか声を掛けづらい雰囲気なんだよね。

 周りにいる騎士さん達なんかは皆不憫そうな顔でチラチラ俺の顔を見てくるだけだし。


 たぶん彼等にとっては上司であろう――だってすっごい丁寧な口調で話し掛けている――同乗のイケメンとは、なんとも気まずい出来事

――あ、例のキ○事件ね――から声を掛けるなんて憚られるし。


 しかも眉間にしわ寄せて、如何にも不機嫌って顔で前方を凝視されたら、俺何かマズい事やらかしましたか?って、猫に睨まれたネズミだよ。


……ん?

この場合「蛇に睨まれたカエル」って言ったっけ?



 なんて、つらつらと考えていたら、不意に隊列が止まった。

 斜め後ろを進んでいた明るい茶髪の騎士が近づいて頭上の男に話し掛けてきた。 周りの景色をよく見ると、前方に城壁らしき壁がチラリと顔を出している。


 もしかして、あそこが目的地?

 ……てか、俺このまま一緒にいて大丈夫?

まさか着いた途端に袋詰にされたりしないよね?

 

「…………る」 

「……では、後は我々が。副団長はそのまま……」


 引続きプチパニック起こしている間に結構な時間が経っていたようで、気付いた時には二人の会話はほぼ終わっていた。


 何の話をしていたか全く聞いていなかったな……。


 ……え?

今副団長って言った?

言ったよね。

聞き間違いじゃないよね!


 副団長って言ったら、結構な立場じゃない?

見えなかったけど、実は偉いヒト?


 まって、今更だけどそんな人の馬に同乗して、あまつさえ上着まで差し出させてるって……。

 これ、何か罪になるんじゃないでしょうか?


 一瞬で顔を青ざめさせた俺に、明るい茶髪の彼は「お前やっと事の重大さに気付いたの?幾ら何でも鈍感すぎだろ……」と言わんばかりの憐憫の眼差しを送ってきた。


 やっぱりマズいですよね?


 助けて欲しいとばかりに、じっと顔を見つめたら、ぷいっと視線を逸らされた。


 呆れた?ねぇ俺、流石に呆れられてる?!


 ショックを隠しきれない俺の姿に気が咎めたのか、彼は鞍に取り付けた荷袋からゴソゴソと何やら取り出し始めた。


「これを」


 俺に手渡す。


 詫びの品ってこと?

……にしては何だ?布?


 濃緑の厚手の生地を広げてみると、フード付きのマントだった。


 これ、どうするワケ?


「お使い下さい」


 彼は一言言うと、頭上の男に視線を向け一礼をした。


 戸惑っていると背後からマントを取り上げられ、膝掛け宜しく腰に巻き付けられたる。

 彼はその様子を確認すると「では!」と声をあげた。


 声と共に、茶髪の彼を含む後方にいた6人の騎士さん達の馬は一斉に駆け出してゆく。


 あっという間に馬影は小さくなっていった。


 もしかして俺が居たから皆ゆっくり歩いていたのか?だったら申し訳なかったな。


 米粒ほどに小さくなった彼等と、少しづつ大きくなってくる城壁を眺めながら、これか起こるであろうことに一抹の不安を覚える俺だった。


 





 

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