第4話 そこは異世界
明るい茶髪の彼(確か「キース」と呼ばれていたような)等と別れてから少し遅れて、俺達も城門へと辿り着いた。
石造りの頑丈な建築物は、上部に何人もの兵士が哨戒しているようで、トンネルを潜り抜ける形の城壁の門の外側と内側にはそれぞれ二人の衛兵が立っている。
彼等は逐次通行人のチェックを行っていたが、見るからに不審者な俺を馬上に乗せているにも係わらず、何の追求もされず に通過できたのは多分、というか絶対この男の仕業に違いない。
何せ衛兵の横を通り過ぎるとき、敬礼されたからなぁ……。
とにかく、今の俺はイヤな予感しかしなかった。
このまま連れて行かれるままで本当に大丈夫なのか?
何とか理由をつけて離れた方が良いのでは?
……でも、ここって何処だ?第一こんな世界観からして違うところで一人になって、迷子にならずに済む気がしない……。
いやそれ以前に――今が完全に迷子だよな、俺……。
夢なら早く覚めてくれよ!!
心の叫びは――何処にも届く事はなかった。
……当たり前だ。俺、この状況になってからひと言も喋ってない。
喋ってないんだよ!
結構長い時間、あいつと一緒に居るのに――というか、馬で相乗りしてるんだけど……。
あいつの名前すら俺、知らない?
愕然とする事実に、今更気付いてしまった……。
いや待て、俺を乗せてからムスッと前方を見据えたままの男に、どうやって声を掛けろと?
声掛ける機会なんて無かったよな?
それどころか「俺様に関わるな」的オーラが凄いんですけど!
俺まだ死にたくありませんが?
かと言って、このまま無言を押し通してしまえる筈も、多分なく……。
「なあ、今更なんだけど……」
俺は意を決して、余りにも長かった沈黙を破った。
男は俺が声を掛けてくるとは思っていなかったのか、眉間に皺を寄せ睨んでくる。
いやいや、怖いんですけど!
「……なんだ?」
えぇ。その突慳貪な声も怖いんですけど!
「……えっと……。あの、まだ名前……聞いてなかったなぁ……って……」
流石に今する質問じゃなかった?……いや、その前にもっと聞かなきゃいけないことあったんじゃない?俺。
「……あ、別に。……言いたくなかったら教えてくれなくっても……」
「レナード・フォン・エンメリック」
「え?」
「俺の名前だ」
教えてくれるんだ。
……って、今「ふぉん」って言った?俺の世界の常識が合っていたら、お貴族様だよね?何となく知識にあったけど、初めて耳にしたよ、その単語。
……まてまて、ツッコミどころはそこじゃない!
ここは現代の日本じゃない事は確か。
で、どちらかというと中世ヨーロッパに近いカンジだ。
ここの世界観、というか価値観がその時代に沿っているとしたら……。
騎士(多分)、副団長(と呼ばれていたのを耳にした)、貴族階級(だって名前の前置詞がフォン)
これって、完全に詰んでませんか?
俺……。
間違いなく、投獄か処罰、下手すりゃ処刑案件じゃね?
血の気が引くって、多分こういう事を云うんだって、初めて知った。
その時の俺の顔って、見られたモノじゃなかっただろう。口唇が震えて言葉が出なかったし、指先の感覚は皆無だった。下手をすると瞳孔さえ開きっぱなしだったかもしれない。
ぎこちない動作で、レナードの顔を覗おうと首を掲げる。
「……っ、そんなに怯えるな!これからオ@◆☆✕▷★」
え?!
今なんて?
「✩✕◇◇■✕✕▶★」
何でこうなるかな!!
「何言ってるか解んないって!」
「♢▼≠●◆▽○」
言葉が雑音にしか聞こえない……。
最初に
まさかの事態に、さっきまでの考えが吹き飛んだ。
でもって事態って、悪くなったらとことん悪い方に転がるもんで……。
「?!」
不意にレナード――いいのか?この場合呼び捨てで……ま、いいや。面倒くさいから――が俺の肩に手をかけたかと思うと、自分の胸元へ引き寄せた。
「何しっ……!」
“何してんだ!”
言おうとした科白は続かなかった。
いつの間にか、俺達の馬の前に数人の男達が立ちはだかっていたんだ。
「&@☆∆✕▶∆!!」
「◀#◁@%%%!」
例の如く、俺には雑音にしか聞こえない。
が、アイツらの口調と卑下た笑い声が、現代日本のヤンキーな兄ちゃんたちに似ていて、――兄ちゃんっていっても結構年齢高めだよね。喧嘩売られているであろう事だけはわかった。
ほら、ドラマとかで良くあるじゃない?人通りの少ない夜の街中で、真面目そうな女の子とか大人しそうなサラリーマンに絡んで「おらおら、金出しやがれ!」とかって言ってくる場面。
少し違っているのは、彼等は刀とかハンマーとかの武器を構えているってトコだけど。
どこの世界にも居るんだな、あーゆう兄ちゃん達……。
「……ふっ」
現実逃避している訳ではないんだけど、何だか懐かしさを感じて、つい口から微笑が漏れる。
兄ちゃん達はなぜだか一瞬動きを止めた。が、どうしてか俄然やる気を出してきたようで、こちらに力強く刀を構えてくる。
仲間を呼ぶ奴もいて、人数はあっという間に十人程に増えてしまった。
あれ?もしかしてさっきの笑い声聞こえちゃった?
怒らせちゃったかな!
ごめん、バカにしたわけじゃないんだよ!
頭上からも小さな溜め息が漏れ聞こえてくる。
まさかレナードも呆れちゃった?
だよね!俺だって他人事なら、こんな状況で
だけど、違うんだって!聞いてほしい!!
男達が一斉に襲ってきた。
俺の眼の前で、金属同士のぶつかり合う激しい音が響く。
右手だけで操られるレナードの剣が男達の刀を薙ぎ払った。
待て!
それ、本物の刃物だよね!
剣先の風を切る音が俺の耳元で唸りを上げる。
ちょっと待って!!
何がどうなってるのさっ?!
パニックで言葉なんか解らない――いや、それ以前に俺、言葉理解できて無いし!
けど、男達が本気で俺達を殺そうとしている事だけは解った。
なんでこんな目に会ってるワケ?!
ってか、夢だよね!
夢じゃなきゃ怖すぎるんですけど!!
レナードは左腕で俺を庇いながら手綱を捌き、右手に握り締めた剣で左右から振りかざされる刀を払い、苦戦を強いられていた。大きく馬を駆らせる事も出来ずにいては、十人の相手は分が悪かった。
抱き寄せられる腕に力が込もる。が、直ぐに手綱を操るためにその腕が離れた。その度に俺の身体は不安定に揺れる。
俺を庇ってるから、アイツ動けない?
咄嗟に俺は鞍を握っていた手をレナードの胸元へと握り変えた。彼のシャツをしっかりと握りしめる。
レナードは少し手綱を捌きやすくなったのか、馬の動きが機敏になってきた。
耳元で聞こえる怒声と絶叫。
それに合わせるかのように、舞い散る赤い液体が俺の視界を掠める。
も、やだ!
早く過ぎ去ってくれ!!
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