第3話 満開の花ー1

 しばらく歩き、僕たちは菖武とすれ違った横断歩道に、到着する。


 向かい側には、陽の光を浴びた桜がアーチを描くようにして、左右に並んで咲いている。 


 幸いなことに、赤信号で立ち止まることができ、その光景を存分に堪能する。


 我を忘れて夢中にならないように、途中途中で信号と行き交う車たちを目で追いながら。


 反対側にいるほとんどが、公園から出てきた人たちで、次々と信号待ちをする人が増えていく。


「あ、そうだ。せっかくだし公園も回っていく?」


 ふと、8歳の頃に彼女と公園で遊んだことを思い出し、左側にいる桜花を見る。


「ほんと? やった~! ここの公園を見るの久しぶりだったから、見ておきたかったんだ」


 曇りがかっていた先ほどまでの笑顔が嘘のように、桜花は晴れた笑みを見せた。


 信号が赤から青へと変わり、信号待ちをしていた人を含め、新たに公園から出てくる大勢の人たちとすれ違う。


 キャラクターものの袋に入った綿菓子を手にぶら下げた人や、ビニール袋の中を覗きながら満足げな雰囲気の人もいる。


 甘い匂いや香ばしい匂いが鼻腔に届き、つい目で追ってしまう。


 これじゃあ、花より団子じゃないかと、己に喝を入れ、距離が近くなっていく桜並木を見上げた。


 入り口に着くと、横断歩道を見て感じてはいたけれど、僕が来た時よりも人だかりができていて、あちらこちらで楽しい喧噪が飛び交っている。


 本来なら、アイボリーとピンクの2種類のブロックが、交互に敷き詰められた通路が見えるのだが、今は人混みでほとんど見えない。


 辛うじて見えるのは、境界線のようにして両脇に埋め込まれているグレーの縁石ぐらいだ。


「わあ~、すごいたくさんの人だね!」


 桜花は目を輝かせながら、楽しそうに言った。


 どうやら、彼女が人混みに酔う心配はなさそうだ。


 むしろ混雑すらも楽しんでいるその姿に、僕は感心していた。


「うん。お花見の時期というのもあると思うけど、今日はさくらの日だから、特にね」


 人混みの中を歩いていると、どこからか小さな子どもの声が聞こえる。


「お母さん! どこ?」


 迷子だろうか。


 この混雑だ、無理もない。


 声の聞こえた方向に顔を向けると、


「もう、手を離しちゃだめって言ったでしょうが!」


 と、母親らしき人の怒号が聞こえた。


「ごめんなさ~い!」


 どうやら、無事に合流できたようで、良かった。


 お花見という楽しいイベントの中に、怒られたという悲しい出来事ができちゃったかもしれないけれど、母親の怒りの声の中には、その子を心から心配していたことがしっかりと伝わってきたから、その子にとって、大切な思い出には変わりはないだろう。


「会えたみたいで良かったね」


「うん。僕たちもはぐれないように注意しよう」


「そうだね。ねえ、はる君ちょっといい?」 


 そう言うと、桜花は進行方向から見て、左側の縁石に寄ったので、僕もついていく。


 どうしたのだろうかと、首を傾げると、彼女は胸の前で手を合わせ、小さく指先を開いては閉じてを数回繰り返しながら、桜花は言う。


「あの、手! 手を……繋がない?」


「え?」


「ほら、はぐれちゃうかもしれないし、また転んじゃうかもしれないし!」


 正直、恥ずかしいという思いが強いけれど、転んでしまうリスクを考えれば、そちらの方が絶対にいい。


「い、嫌だったら……いいんだけど……」


 消えてしまいそうな声で彼女が言うので、僕は小さく首を振る。


「そうだね。転んだりしたら大変だし、そうしようか」


 そう言って、動揺を悟られまいとして出した僕の左手は震え、緊張が顕著に出ていてた。


「どうぞ……」


 恥ずかしくて、僕は俯き、自分の差し出した左手を見て、言った。


「お願いします?」


 そう言って、彼女の右手が僕の手を包んだ。


 もちろん、指を絡めるような繋ぎ方──恋人繋ぎと言われるような繋ぎ方じゃない。


 胸の鼓動が速くなり、顔が熱くなるのを感じて、悟られないように僕は桜花から視線を逸らす。


「行きますか」


「うん……」


 しおらしさを感じさせるような彼女の小さな声が、僕の顔をさらに熱くさせた。

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