炎上前日(2)

 だが、和左衛門はまだ諦めていなかった。軍議の解散の後、和左衛門は密かに屋敷を抜け、馬に跨がり本宮もとみや方面に向かった。西軍の先鋒に取り次いでもらおうと思ったのである。

(大垣藩が助力してくれるならば、まだ和議の見込みはある)

 たとえ殿が無事に同盟藩である米沢へ落ち延びたとしても、肝心の城や城下が灰燼となってしまっては、どうして二本松が蘇ることがあろうか。和左衛門は、その事ばかりを考えてきたからこそ、一学や新十郎のような過激派の意見に傾聴する気にはなれなかったのである。

 しかし、いざ本宮近くまで来てみると、須賀川から進軍してきた仙台・会津兵らと西軍の激しい戦闘が繰り広げられていた。遠方には、どちらが火を放ったものか、あちこちから火の手が上がっているのが見える。

 とても、あの戦中に飛び込めるものではなかった。もはや、和左衛門に出来ることは、城に戻って明日の総攻撃に備えるしかないのではないか。

 無念ではあるが、火の手を避けて安達太良山麓から大きく迂回し、和左衛門はこっそりと屋敷に戻った。

「いかがなされましたか」

 悄然とした主の様子が気になったのだろう。杉村善之介が、声をかけた。

「事は終わった」

 それだけ言うと、和左衛門は口をつぐんだ。きっと明日には、自分は城を枕にして死ぬことになるだろう。

「御酒をお持ちします」

「それは良い。そなたも付き合え」

 家臣の気遣いが嬉しく、和左衛門は微笑んだ。しばしお待ちを、と言い、善之助が厨へと走った。見納めになるかもしれぬ二本松の街並みを目に焼き付けようと、全ての戸を開け放つと、月光の柔らかな光が雪崩込んだ。向こうには、それぞれの門や街道沿いに篝火が炊かれ、錦絵のようである。

 やがて、善之助は盆に徳利と猪口を二つ載せて、持ってきた。

 和左衛門は、黙って杉村に注いでやった。

(皆の者、済まぬ)

 民政に深い感心を持ち、民の為に尽力してきた和左衛門であった。同じ丹羽の姓を持ちながら、容赦なく藩のためと称して独断で御用金を徴収し、専横憚らない丹波らと対立したこともある。だが、それももう明日で終わる。

「のう、善之助」

「何でございましょう」  

「あの北谷きただにの山は、どうなったであろう」

 和左衛門は、昔日を懐かしむように笑った。昔、領内の山林の荒廃を見かねて、和左衛門が自ら人夫に下知して、信夫郡との境三里にも渡って、植林させたものである。

「今は、大層な山になっております」

 善之助はくすりと笑った。善之助の出身の水原村も、その中に含まれていた。

「明日の戦でも、生き永らえてほしいものじゃ。せっかく松や楢を植えたのだからな」

 主の思いを汲み取り、善之助は目頭に熱いものを感じた。 


 ***


 午後になると、松坂門の前で待機していた木村隊に、再び出陣命令が下された。

「やっぱり、降参は間違いだったんだ」

 虎治が拳を突き上げた。

「二本松の武勇を、薩長に思い知らせてやろう」

 篤次郎も、駆け出す。

「こら、お前たち。坂道なのだから足元に気をつけろ」

 慌てて銃太郎が注意した。だが、少年たちの勢いは止まらない。あの曲がりくねった坂道を、大砲の乗せられた大八車が、勢いよく下っていく。

「あっ!」

 大八車を引いていた孫三郎が、石にでも躓いたのか、転んだ。その拍子に、大八車は態勢を崩して勢いよく桑畑の方へ突っ込んでいく。

「誰か、止めろ!」

 衛守の怒鳴る声がした。だが、もう遅い。ガシャガシャと大きな音を立てて、大八車は桑畑の中に突っ込んで止まった。

「砲は、無事か?」

 慌てて銃太郎も桑畑へ飛び込んだ。砲はこれ一門しかない。傷つけたら大事である。

 だが銃太郎が見たところでは、特に傷ついてはいないようだった。

 ほっとしたと同時に、銃太郎は少年たちを叱った。

「まったく、これから戦に臨むのだぞ」

 さすがに、少年たちも自分たちの所業の結果に、しょんぼりとうなだれた。

 それから、桑畑から砲を引き揚げるのは大変な苦労だった。皆でうんうん言いながら、少年たちは苦労して畑の上に砲を引っ張り上げた。

 苦労して引っ張り上げた砲を再び大八車に乗せると、また大壇口に戻り再び砲を据え付けた。

「明日こそは、必ず敵が来るだろう。見張りを怠らないように」

 銃太郎が、一同に言い渡した。

 そこへ、もう一人少年が現れた。

「あれ、兄上?」 

 豊三郎の兄の鉄次郎である。本宮で大砲に吹き飛ばされたというが、額には鉢巻きのように白い包帯が巻かれているのが痛々しい。

「豊三郎、いい加減に家へ戻れ。母上はお前の帰りを待ちわびている」

 母は、既に避難の準備を整えていた。後は、豊三郎が戻り次第城下を離れて米沢に向かうつもりなのだ。

「嫌だ。もう俺だってこの隊に認められたんだ」

 一晩木村隊の皆と行動したことで、妙に肚が据わったのだろう。豊三郎の面構えだけは、他の少年と何ら変わらなかった。

 しばし二人は睨み合い、遂に鉄次郎が根負けした。

「いい弟じゃないか」

 剛介は、ぽんと鉄次郎の背を叩いた。自分も次男なので、何かというと子供扱いされて悔しい豊三郎の気持ちは、よく分かる。

 鉄次郎は合掌して、皆に頭を下げた。ついでに、弟の頭を押さえつけて、強引に頭を下げさせる。

「皆、済まない。この通りだ」

 構わないさ。気にするな。

 そのような声が、あちこちから聞こえた。


  

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