炎上前日 (1)
二十七日の夜、剛介たちは数件の民家に分宿して眠った。既に三春背叛の噂を聞きつけたからなのか、農民たちの姿は見えなかった。
翌二十八日の朝は、どうしたわけか砲声がぴたりと止んだ。
「静かになったな」
虎治が伸びをしながら、目庇をかざした。
「うん」
剛介もつられて本宮方面を見る。すると、街道をよろよろと歩いてくる一行が見えた。どうやら、本宮方面で戦っていた部隊が帰ってきたらしい。激闘をくぐり抜けてほぼ徹夜で帰藩したからなのか、随分とやつれた様子である。
木村隊の後方には、一足先に帰藩していた
おそらく、これから軍議なのであろう。振り返ると、見慣れない陣笠を被った士卒が、右近隊の方から馬を駆って本宮方面に飛び出していくのが見えた。
「先生、あれは大垣藩の紋ではないですか?」
孫三郎が銃太郎に訊ねたが、銃太郎は首を横に振った。
「迂闊なことを申してはならん」
そこへ、伝令がやってきた。
どうしたわけか、「松坂門まで引き揚げるべし」との帰陣命令が出たという。銃太郎は不思議に思い、使いの者に訊ねた。すると、「藩論が降伏と決まったらしい」という。
(そんな馬鹿な)
確かに、しきりに大垣藩の使者らしきものは姿を見せている。だが、降参の合図である鐘の音も聞こえてこない。
「隊長、おかしくないですか?」
駒之助が口を尖らせた。剛介もそう思った。まさか、この後に及んで降参だなんて。
「我々は、死を以てのみ、君公の恩に報いるだけです」
才次郎も、銃太郎に食って掛かっている。
銃太郎もこの命令には困惑して、衛守と顔を見合わせた。
「藩命では致し方ない。一旦、松坂門まで引き揚げないか?」
衛守が少年たちと銃太郎の間を取りなすように、提案した。
「そうですね」
少年たちはまだぶつくさ言っていたが、衛守の言う通りである。仕方なく、せっかく据え付けた大砲を大八車に乗せ、それを引いて松坂門を目指した。道は上り坂ということもあって、足取りは重かった。
やがて松坂門に辿り着くと、仕方なく門扉のところに皆で固まって待機した。
その時、頭上からドーンという砲声が響き渡った。剛介は、びくりと身を震わせた。
「敵襲ですか?」
剛介の側にいた衛守が、首を横に振った。
「いや、城の中からだ。何かがおかしい」
***
砲声の正体は、一学の提案によるものだった。「世嗣がおられない以上、何としても殿には生き延びて貰わねば、祖廟に申し訳が立たぬ」ということで、意見は一致しているのだが、肝心の長国公が首を縦に振らないのである。
「事は既にここまで至ってしまったのだ。どうして私一人が生き忍ぶことができようか。この病躯はもとより惜しむほどのものでもない。城を枕にして斃れるのみだ」
そう言って聞かないのである。
「止むを得まい」
一学はそう呟くと、砲を撃たせた。
「何事だ」
さすがに、長国公も驚いて布団を跳ね除けた。
「敵襲でございます。急ぎ、城を出るお支度を」
慌てふためく長国公を布団ごと担がせ、一学は輿に乗せるよう命じた。
輿に乗せられても尚、公は城に残ると言い張った。だが老臣が涙を流して説得に当たり、遂に公は首を縱に振らざるを得なかった。家老日野源左衛門、用人
一学はほっと胸を撫で下ろしたが、息をつく暇もない。ただちに、帰藩していた番頭及び重臣らを集め、陣割にかかった。
徹底抗戦が決まると、直ちに城下の陣割りが決められた。城下戦の陣割は、以下の通りである。
城西 龍泉寺 一個小隊
銃士隊長 大谷鳴海
銃卒隊長 青山伊右衛門
軍監 黒田傳太
副軍監 高橋文平
城西 永田口 一個小隊
銃士隊長 種橋主馬介
銃卒隊長 中村太郎左衛門
軍監 松井織衛
城南 大壇関門 三個小隊
銃士隊長 丹羽右近
副隊長 丹羽兵庫
銃卒隊長 土屋甚右衛門
同 丹羽伝十郎
軍監 原兵太夫
城の東南 光覚寺山 一個小隊
銃士副隊長 成田助九郎
銃士副隊長 丹羽主膳
逢隈川渡船場高田口 二個小隊
銃士隊長 高根三右衛門
銃卒隊長 渡辺岡右衛門
軍監 齋藤半助
副軍監 下河辺城之助
逢隈川供中口 二個小隊
銃士隊長 樽井弥五右衛門
銃卒隊長 水野九右衛門
同 吉田数右衛門
軍監 安田宗十郎
城東 三森町口 一個小隊
銃卒隊長 上田清左衛門
大手口 両社山 二個小隊
銃士隊長 日野大内蔵
銃卒隊長 齋藤喜兵衛
軍監 武谷半左衛門
搦手 竹田門 一個小隊(老人組)
銃士隊長 本山大助
軍監 花房直之進
副軍監 羽木権太兵衛
松坂門 一個小隊
銃士副隊長 丹羽内蔵助
同 和田弓人
同 丹羽直記
池の入門 一個小隊
銃士副隊長 丹羽門十郎
同 江口伝治
久保町門 一個小隊
銃士副隊長 本山主税
同 内藤甚蔵
西谷馬場末の両門 二個小隊
持筒頭 丹羽九郎
持筒頭 佐野善兵衛
城背塩沢口 一個小隊
長柄奉行 下河辺梓
同 千賀孫右衛門
城内箕輪門 一個小隊
銃士隊長 丹羽族之助
旗奉行 高橋九郎
城内守陣
家老 丹羽掃部介
丹羽一学
大城代 内藤四郎兵衛
城代 服部久左衛門
城代 丹羽和左衛門
軍事奉行 広瀬七郎右衛門
成田弥格
用人 丹羽勘右衛門
瀬尾右衛門兵衛
郡代 植木次郎右衛門
丹羽新十郎
軍監 岩井田内記
山岡多膳
副軍監 木村造酒
勘定奉行 村島清右衛門
安部井又之丞
正に、総力戦であった。
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