大壇口へ (2)
三春城下に入った西軍は
この時、本宮を守備していたのは、大谷鳴海率いる八十名ほどだった。七月一日の白河での戦いに敗れた後、同地を引き払えとの命令により、
郡山に出張させていた黒田傳太から三春の情勢を聞くと、鳴海は本宮を守るべきとの判断を下し、須賀川の
同じ頃、須賀川の本隊からは、成田助九郎、丹羽主膳の遊撃隊にも本宮急行を命じた。また、二本松からは上田清左衛門が急行した。
鳴海らは二十七日午前二時ころ、本宮宿に到着した。
「夜分にすまぬ」
北町本陣の
「何のことはありませぬ。聞けば、薩長が三春に入ったというではありませんか」
鳴海は頷いた。
「世話になる」
早暁には、
鳴海らは、軍服のまま仮眠した。だが夜明け頃、阿武隈川対岸の高木村から突然銃声が起こり、火災らしい煙が見えた。川向の高木村へ敵が来襲したらしく、火焔が天を焦がしているのが見えた。砲声も聴こえてくる。一同は驚いて直ちに舟を出して川向うを探索したが敵影はなく、やむなくそのまま本宮宿へ帰陣し、朝食を食べた。
昼過ぎ、本宮宿から上方道筋の吹上坂まで進んだ。板垣らはすでに三春を出立し、敵が川向うの東禅寺へ集まっているとの知らせを受けて、東禅寺を砲撃しようというのである。
そこへ、二本松口へ敵が押寄せたとの報告がもたらされたため、鳴海は黒田を二本松の偵察に出した。
黒田が二本松の平穏を聞き、本宮に戻ってきた時には、鳴海隊は本陣を南町大内屋に移していた。丁度この時、既に西軍は川向にいて南町の宿へ向けて砲撃してきたので、一同は渡河して敵を掃討しようと話し合っている最中だった。
「無謀に舟で渡るのは得策ではございませぬ」と黒田
さらに、高木寺にも西軍の兵が潜んでおり、さんざん発砲してくる。大砲も打ち掛けられ、少年兵である久保鉄次郎が吹き飛ばされた。二本松軍は隊伍も整わず、未だ船の中にいる者もいた。敵と比較するとわずかな人数であるから、到底勝算はない。地形からおいても不利であるのは否定できず、ひとまず阿武隈川の岸沿いに南上し、東禅寺の前まで到着した。
「鳴海様。舟場は
黒田が必死に訴えた。鬼生田村は三春藩領である。ここには三春藩が人数を繰り出して厳守しているだろうから、進退極まった状態であった。
そこで、隊の中から水練に熟達している者を選抜したところ、清野正親、少年隊士である松井勘治ら三名が申し出て、渡河することになった。
「敵の姿は」
「見えませぬ」
よし、とばかりに、鳴海は三人を西岸の仁井田村に渡らせた。そこで魚取り用の船を一艘漁夫に背負わせて、この船に三人ずつ乗せて、数十回に分けて無事全員を仁井田村に辿り着かせた。
仁井田村に上陸した大谷鳴海らは、名主遠藤源七郎宅へ身を寄せ、夕飯を馳走になった。ここで、八番組の丹羽右近隊が鳴海達よりも一足先に、本宮へ雪崩込んだが破れて、青田村・玉ノ井村方面に敗走して夕刻二本松に帰藩したと聞いた。
「官軍は追々、この地にもやってきましょう。遠回りになりますが、苗代田村より名倉山の裏手を通って、正法寺村へ抜ける方が安全です」
蓑笠姿でやってきた、青田村の名主の倅である佐藤直蔵が道案内をしてくれるという。
一同は薄暮過ぎに出発して夜四つ(一〇時頃)に苗代田に到着。ここで三番組の高根三右衛門と合流し、安達太良山麓を大きく迂回して二十八日払暁に、ようやく二本松に辿り着いた。
***
一方、城内では重臣たちが集まって評定を開いていた。家老である丹羽掃部介、大城代である内藤四郎兵衛、小城代である服部久左衛門、同じく丹羽和左衛門、勘定奉行の
「兵があまりにも少なすぎる」
苛立って怒鳴ったのは、軍事奉行の成田
「丹波殿は何をしておられるのだ」
もっとも、丹波の遅参は必ずしも責められるものではなかった。
「実は」
恐る恐る、という体で丹羽右近の配下である玉木實が、一通の書状を差し出した。
「大垣からの使者の文を預かっております」
「大垣から?」
聞けば、百姓の体に変装した大垣藩の密使が、右近に会いに来たという。右近はすぐさまそれを回覧に付した。
内容は、二本松藩に降伏の意志があるのであれば、大垣藩が間を取り持つというものである。あり得ないことではなかった。長国公の北の方である久子様は、大垣藩の出身だからである。
「いたずらに城下を灰燼に帰するのは、いかがなものか」
和左衛門が述べた。
「ごもっとも。大垣からの申し出もある以上、降伏しても恥じることはございますまい」
頷いたのは、和右衛門と同じように和議派の、梅原剛太左衛門である。
「大垣は、本当に悪いようにはせぬと申しておるのか」
下座にいた安部井又之丞が鋭く訊ねる。大垣藩など、信じられるものかという口ぶりだ。
「いや、それは分からぬ。分からぬが……」
脇の下を、冷や汗が流れる。
「信義にもとるのではございませぬか。何よりも、会津と死生をともにするのが、殿のご意思であったはず」
日頃温厚な又之丞の迫力に、和左衛門はたじたじとなった。
糠沢・本宮方面で二本松が散々に敗れたのは承知の上だが、大垣からの密書に心が揺れる者もあった。丹羽和左衛門はその筆頭であり、密かに本宮の西軍に接触し、和議について話を詰めようと考えていたのである。
そこへ、白石より丹羽一学と丹羽新十郎が帰藩した。
「降伏など、もってのほか」
一学は、じろりと一同を睨めつけて、どっかと腰をおろした。
「昨日、三春藩は信義に背いて西軍を城中に招き入れた。その所業は、神人共に怒るであろう。われらが今、三春藩と同じように振る舞ったならば、人々は何と言うであろうか」
水を打ったように、座はしんと静まり返った。降伏したところで、あの、三春や守山のように裏切り者の汚名は、この先ずっとついてまわるだろう。西軍への忠義の証として、会津侵攻の尖兵とされるかもしれない。一学はさらに言葉を重ねた。
「もしも西軍に降り一時的に
こうなった以上は死を以て、奥羽列藩同盟への信義を証明しようではないか。
さらに駄目押しの如く、一学が公の言葉を伝えた。
「病躯はもとより惜しむほどのものでもない。城を枕にして斃れるのみだ。殿はそう仰せである」
公は、徹頭徹尾西軍に従うつもりはない。その言葉は、何よりも重かった。
凄烈な一学の言により、藩論は決した。和左衛門ら和議派の声は、ほそぼそとして聞こえなくなっていった。
だが、藩公の家族まで危険な目に合わせるわけには行かない。一学らは長国公の説得は後回しにして、夜半過ぎ、まずは用人横井喜右衛門、丹羽紋右衛門らをつけて、奥方たちを米沢方面に出立させた。
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