第二章 焦土
大壇口へ (1)
二十七日の五ツ半(午前九時)。木村道場の前に木村道場門下生十六人の他に、鈴木松之介、三浦行蔵、上崎鉄蔵、小川安次郎、大桶勝十郎、安部井壮蔵などの姿もあった。どうやら、十五歳(入れ年制度により実質十三歳)以上の者には一律出陣命令が出たらしく、銃太郎の父である貫治の門下生であった勝十郎たちも、銃太郎たちと行動を共にするように命じられたらしい。
指揮を取るのは、銃太郎である。その銃太郎の出立ちは、緋の袴を着用し、白く雲龍を描いた陣羽織を羽織っている。具足は明珍の拵えたものであり、おそらく木村家に伝えられてきたものであろう。脇差しを除いては、ほぼ黒の実用一点張りの自分の具足と見比べて、目にも鮮やかな銃太郎の姿に、剛介はしばし見惚れた。
「皆、揃ったな」
二十二人が揃ったのを見届けると、銃太郎は義母のミテと妹のたにに、頭を下げた。妹のたには、出産のため里帰りしていたのである。
「それでは、行って参ります」
ミテとたには、黙っていた。
「行ってきます」
少年たちも元気よく手を振った。まるで、遠足に行くかのような心地である。
「小さなお子を、かわいそうに……」
たにが呟いたその声も、戦場に赴くことになってはしゃいでいる少年たちの耳には、届かなかった。
剛介たちは、千人溜から少し離れた敬学館前に一旦集合させられた。そこで、二階堂衛守と引き合わされた。大柄な銃太郎に対して、五尺一寸ほどの、随分小柄な人物である。剛介とあまり変わらない背丈かもしれない。衛守は五番隊大谷鳴海の弟である。大谷家から分離して二階堂の姓を名乗って須賀川に在ったが、急遽二本松に呼び戻されたのだった。
衛守は「よろしく」と少年たちに頭を下げた。少年たちもぺこりと頭を下げる。
「それでは、これから各自に銃を配る」
少年たちが一列に並ぶと、銃太郎は箱の中から銃を取り出し、一人ひとりに手渡してくれた。剛介も銃を受け取ると、その重さを噛み締めた。正真正銘、自分だけの銃である。中には、早速撃ち方の構えを復習する者もいた。銃弾も、たっぷりとある。その銃弾を、剛介は胴乱にきっちりと詰めた。
続いて、軍資金も配られた。これも、一朱銀で五両という破格の待遇である。これから戦場で金子がどのように役立つのかは分からなかったが、剛介はありがたく頂戴した。
大砲は、最新式の四斤山砲である。
銃太郎は全員が揃っているのを確認すると、衛守に向かって頷いた。
「では、参りましょう」
全員で松坂門に向かって行軍し、大八車に乗せた大砲と砲の台座を引いていく。行列が松坂門をくぐると、そこから先は曲がりくねった急な坂である。大切な砲が転がることのないように、一同は慎重に大八車を引いていった。
道中は、まだ避難していない婦女子らがこわごわとこちらの様子を伺っているのが見えた。既に城下には退避命令が出ているはずだが、まだ避難していない人々がいるのだろう。そんな彼女たちの視線を気にせずに、少年たちは目的地を目指した。
「どうしてあんな顔をしているんだろう」
「気にすることはない。武士は君の馬前で戦死するものだろう」
剛介は肩を竦めてみせた。
やがて、前方に小高い丘が見えてきた。大壇口である。既に、七月の半ばには大壇にはぐるりと木の柵が巡らされて、番兵が城下への出入りを厳しく見張っていた。
銃太郎らが見ると一軒の民家があり、その側面に数本の杉の木があった。民家の右手には竹藪に続いて、畑が広がっている。見晴らしは良いが、それは敵にしても同じことだろう。
「ふむ」
銃太郎は思案した。
「大砲はその杉の間に置くとして。弾除けの胸壁が必要だな」
衛守が銃太郎に提言した。
「農家から、畳を拝借してこよう」
銃太郎の指示により、とうに住人が避難した農家から畳が運ばれてきた。
少年たちは、畑地に枠木を打ち込み、横に丸太を渡してこれに畳を二枚重ねにして縄で括りつけた。
「敵のヘロヘロ弾が何ほどのものだ。この畳を貫通するものか」
高橋辰治が大威張りなのが、何だか可笑しい。剛介はくすりと笑った。
確かに、頑丈そうな胸壁があちこちにできていた。
「皆、ご苦労だった。後は、城からの指示を待とう」
銃太郎の指示に従い、適宜思い思いの場所に散らばった。念のため見張りを立てたが、まだ敵の砲声すら聞こえてこなかった。
そこへ、体の一回り小さな子供が「おーい」と手を振りながら、走ってくる。その後ろには、下男らしき男も従えていた。
「あれ、豊三郎じゃないか」
辰治が素っ頓狂な声を上げた。辰治は豊三郎の兄の久保鉄次郎と友達だった。
「俺も皆と一緒に戦いに来たんだ」
一同は顔を見合わせた。昨日辰治は、出陣の挨拶のために久保家に立ち寄っていた。その時も豊三郎は大変な駄々のこね様で、母親に「お前はまだ幼いのだから、戦場に行っても皆様のお邪魔になるだけです」と、厳しく叱られていた。
「お前、まだ十二だろう。年が足りないじゃないか」
水野も呆れたように言う。
「でも、俺だって戦う」
どういうことだ、と水野が下男を問い詰めた。
「へえ。奥様が『少しでも見学してくれば、気が済むだろう』と仰って」
だが、豊三郎は梃子でも動きそうにない。
「仕方ないな。少し待っていろ」
虎治が、渋々銃太郎を呼びに行った。
事情を知った銃太郎は相当に驚いたが、豊三郎の駄々をこねる様子を見て諦めたらしい。
「その代わり少しでも危ないと思ったら、すぐに帰るのだぞ」
最早、隊長というよりは子守のようである。
「はい。母上に、敵の大将の首をお土産にします」
豊三郎は目を輝かせて、答えた。
やれやれ、とばかりに、銃太郎と衛守は顔を合わせて笑った。
***
二十七日早暁、西軍は三春を発って兵を潜行させ、二本松領内である糠沢を襲った。この方面を守っていたのは、銃士隊長、
既に前日、三春城下に西軍が大挙して押し寄せ、藩主は降伏謝罪し寝返ろうとしている、との急報は、弥五右衛門にも届いていた。弥五右衛門は既に
松沢村より四、五町を隔てた石堂村には銃士・歩兵半隊を配して上之内宅を守っていた。だが、二十六日には三春を掌握した西軍は、早速三春の農民に
二十七日の午前二時頃、まず松沢焼屋敷の番所が打ち破られた。午前四時、西軍はそのまま上之内役所の番所へ攻めてくる。さらに午前八時、堺番所が破られた。
領内でありながら、西軍が夜襲を成功させたのは、三春の者の嚮導があったからに他ならない。
樽井隊は散々に破れた。
「順次退却せよ」
悔しいが、弥五右衛門は撤退せざるを得なかった。前の晩、番所からも「特に怪しい動きは見られない」と報告されており、こうも早く西軍が攻めてくるのは予想外だったのである。
(三春狐め……)
弥五右衛門は、激しく三春を憎んだ。
「ちくしょう」
武藤定助が、毒づいた。半丁先に、同輩の田中三治の遺体が横たわっていた。定助や三治は銃士としての扱いだった。成年とは認められていなかったものの、特別に技能者として出陣が許されていたのである。
「定助、先に城下に行って待ってろ」
銃を撃ちまくりながら、先輩である岩本清次郎が鋭く言った。その頬には、既に銃弾がかすめた跡があった。
「ですが、まだ戦えます」
定助は、首を横に振った。その耳元を、ヒュウッと弾丸が唸って通り過ぎていく。
「明朝、城下光現寺で集合せよとの、弥五右衛門様からの命令だ」
中村久次郎も、同じように銃を撃ちながら怒鳴る。
「俺たちが援護してやる。行け」
最早、戦場に残っているのは三人だけであった。
「行けッ」
久次郎が顎をしゃくった。
二人を残していけるものか、と定助は一瞬言いかけたが、また銃弾の雨が降ってきた。ぐずぐずしている暇はない。
銃弾を掻い潜って、定助は走りに走った。ざっと土手を転がり落ち、身を起こす。その途端、清次郎が斬られ、久太郎も斬られて血飛沫が上がるのが見えた。
それを機に、銃弾の雨は少しずつ勢いが削がれていった。西軍は、既に次の陣地へ移動を始めたのかもしれない。
定助は流れる涙を拭おうともせず、二本松へ向かって走り続けた。
定助を含めた樽井隊の残兵が、和田、平石村などを経由して夜を徹し、ようやく二本松城下の光現寺に辿り着いたのは、二十八日の早朝だった。
樽井隊の多くは討死し、辿り着いたものはわずか十四名。後に、鹿児島出身の日高大将は、この上之内の戦いが余程印象に残っていたらしい。殊に、二十二、三歳の赤鞘の大小を帯びた者が最も勇戦したと語っている。この勇者は、和田悦蔵であるとのことだった。
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