出陣命令(3)

 出陣命令を受けた剛介は、大変なはしゃぎようだった。やっと戦に出られる。その思いだけで、一種の興奮状態に陥っていた。

 聞けば、剛介達には一人一丁ずつ銃も支給されるという。本日の夕方には、一度道場に集合して、明日の朝出陣である。

「剛介」

 新丁の垣根の向こうで、虎治が大きく手を振っている。

「いよいよだな」

 人一倍血の気が多い虎治である。きっと、この日が来るのを待ち望んでいたに違いない。

「うん。支度は整ったか?」

「完璧だ」

 虎治は胸を張った。その腰には、見慣れぬ脇差が刺さっていた。きっと、虎治も父か兄の刀を譲り受けたのだろう。急に十五以上の者に出陣命令が出たために、父や兄の刀を譲り受けた者も多かった。

「父上から、何か言われたか?」

 剛介の質問に、虎治は淡々と答えた。

「出征するからには、敵を討つか己が討たれるか、二つだけだ。決して敵に後ろを見せるな。人に後れを取るなと言われたよ」

 剛介はくすりと笑った。どうやら、どの家でも父親の訓話は同じようなものらしい。

 虎治は、ふと声を潜めた。

「三春の話、聞いたか?」

 それまで威勢の良かった虎治の様子がやや落ち込んだように見えたのは、気のせいだろうか。三春に、縁戚の者でもいるのかもしれない。剛介は黙ってうなずいた。

「守山でも、だってな」

 城下にも近隣二藩の裏切りは既に伝わっており、今は大混乱に陥っている。

 しばし、二人の間に沈黙が落ちた。

「……じゃあ、また後で」

 顔を上げると、虎治はすたすたと歩いていった。

 剛介は家の中に入って、再び出陣の支度の点検にかかった。剛介の兵糧袋の中には、わずかばかりの干し飯が詰め込まれていた。戦場は近場ということもあり、それほど荷物は多くない。

 玄関の戸が開いた。見ると、半左衛門が草履を脱ごうとしている。いくら城の直ぐ側に住んでいるとはいえ、こんな早い時間に父が戻ってくるのは、珍しい。

「父上、どうされたのですか?」

 剛介は目を瞠った。

「儂にも、両社山に行けとの命が下された」

 両社山とは、二本松の総鎮守である二本松神社である。この神社の裏手の道は、城につながっていた。

 父が紫久に具足の用意の指示をしているのが見えた。聞けば、軍監として両社山の警固の任に就くらしい。

「紫久、そなたも荷物をまとめておけ。北の方(久子)様や麗性院様(長国公の母)も明日には城を出られる。それに従え」

 半左衛門はてきぱきと指示を下した。妻女にも退避命令が出そうだという。

 具足をつける父の姿は、初めて見た。温厚な普段の顔と異なり、戦国の武者のようである。

「小浜ではいけないでしょうか?」

 内気な母は、武家の奥方衆の中に混じって避難生活が出来るか、やや不安があるのだろう。

「小浜も、西軍の手に落ちるかもしれん」

 厳しく述べる半左衛門の言葉に、紫久が顔色を変えた。聞けば、西軍は三春から小浜へ向けて進軍しそうだという。剛介は、思わず父の顔を見つめた。伯父や祖父はどうなるのだろう。


 夕方、北条谷の木村道場に、門下生を含めた二十二人が集まった。そこで、銃太郎から説明があった。明朝、道場へ集合。その後、学館前で総覧を受け、武器と軍資金を受け取ってから丹羽右近隊の大砲方として、大壇口へ向かう。

 大壇口は奥州街道上の二本松入り口に当たる、要衝であった。既に七月上旬には関所が設けられ、二本松城下への往来を厳しく監視していた。

 隊は銃太郎が隊長として率い、副隊長として大谷鳴海の弟である二階堂衛守えもりが、門弟の世話をしてくれる。衛守は明日、学館前で合流するとのことだった。

「今晩はよく眠るんだぞ」

 そんな銃太郎の言葉を聞いて、剛介は、それは無理だと思った。もうすぐ敵が来るというのに、おちおち眠れるものか。大壇口では、思う存分戦ってやる。


 紫久は、剛介の初陣のためにきちんとした食膳を整えてやりたかった。だが、半左衛門から「避難の支度をしろ」と命じられた以上、あまり手はかけられない。せめてもの食事をと思い、達のときと同じように勝栗と豆を用意したが、「帰ってくる身を待つ」という意味の胡桃や松は、どうしても用意ができなかった。先に出陣した達も、未だ戻ってきてはいないでないか。

 それから、いつぞやのように人参や大根を細かく刻み、剛介の好物であるざくざくの支度にかかった。あの時のように雉肉はないけれど、せめてものハレの食事を用意してやろう。

「うわあ、母上。豪勢ですね。おかわりしてもいいですか?」

「遠慮せずに、お上がりなさい」

 紫久はにっこりと微笑んだ。どのみち明日には、自分も城下を離れる。

 それにしても明日出陣だというのに、このはしゃぎっぷりはどうだろう。相変わらず母の前では甘ったれる息子は、相変わらずだった。この息子が銃を持って敵を斃しにいくというのが、非現実的な出来事のようだった。

  

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