大隣寺(2)

 一方、剛介たち木村隊の者は、一旦冠木門かぶきもんの方へ向かった。冠木門から郭内に入り、御両山の間道から城に入ろうと考えたのである。既に何人が落伍したのか、もう分からなくなっていた。だが、若宮に差し掛かった途端、衛守が慌てて一同を制した。衛守の指した方を見ると、至る所に兵が充満し、双方が斬り合っている。中には日の丸の肩章をつけた会津兵の姿もあるようだった。一ノ丁、二ノ丁の方からも、火の手が上がっている。

 西軍も東軍も至る所で切り合い、撃ち合っていた。郭内に入るのは、危険極まりない。

「ここで飛び込んでも、犬死にするだけだ。一旦、香泉寺へ向かおう。香泉寺に銃太郎殿の首を埋めてから、大隣寺へ行こう。あそこは代々の御霊廟がある」

 衛守の言葉に、その場にいた者たちが頷く。香泉寺こうせんじには、大きな野仏がある。その奥に、丹羽家の菩提寺でもある大隣寺があった。確かに、丹羽家の祖廟を西軍の蛮行から守らんとして、どこかの隊が守備に回されているのはあり得る話だった。

「はいっ!」

「大壇口から西軍共が登ってくる前に、急ごう」

 一行は来た道を引き返し、再び緩やかな坂を下り始めた。そして、大隣寺の手前にある大石まで来たときである。

「衛守様!」

 篤次郎とくじろうが、鋭く言った。前方で、何やら十数人がこちらに向かってしきりに手を振っている。

「味方かもしれません」

 才次郎が、嬉しそうに言い、飛び出そうとした。いや、もはやそうであって欲しいという願望だったのかもしれない。

「待て!才次郎」

 衛守は、前方の兵の陣笠に十字紋があるのを認めた。薩摩兵である。

「伏せろっ!」

 衛守が命令した途端、轟音が響いた。少年たちは、がばっと腹ばいになった。

 銃声が止み、剛介は恐る恐る顔をもたげて首を捩った。石の前には、衛守の体が横たわり、その胸からは血が流れていた。即死だったらしい。そこから少し離れたところに、篤次郎も転がっていた。こちらも、ぴくりとも動かない。

 まさか、二人ともやられてしまったのか。再び、絶望感に襲われた。

「おい、子供ばかりだ」

 敵の隊長らしき男が、眉を顰めて何やら天を指している。その意図を掴みかねていると、周りの兵は空へ向かって撃ち始めた。どうやら、「逃げろ」という合図のようだった。

 才次郎が真っ先に飛び出し、銃太郎の首を拾い上げた。それを合図に、少年たちは寺の裏手に回り、眼の前に広がる崖に取り付いた。

 再び、背後から銃声が聞こえる。今度は、明らかに少年等に狙いを定めたものだった。 

 剛介も、爪が剥がれかけているのにも関わらず、必死で木の根を掴んだ。杉の木陰に身を隠しながら、息を殺す。幸い、敵もここまで追ってくる様子はなかった。

 だが、皆散り散りになってしまった。もう、近くに剛介を導いてくれる大人はいない。

(考えろ……)

 朝からの戦闘と逃避行で、体は既に限界を迎えつつあった。だが、ここで立ち止まったら確実に犬死である。剛介は、考えをまとめようとした。昨日、隊長の銃太郎や副隊長の衛守に伝えられた情報を思い出せ。

 大隣寺に敵が現れたということは、永田口の種橋様の小隊は、既に移動している可能性がある。冠木門を通って正面から郭内に侵入するのは、一人では無理だ。となれば、西谷の裏門か、さらにその奥を守る龍泉寺の大谷鳴海隊を頼り、裏から城に入るしかない。

 剛介は、用水路を眼下の目印にしながら、山中を走った。


 一方、散り散りになった者のうち、数名が香泉寺の大仏前に姿を現した。既に西軍は、大隣寺にもやってきて宝物庫の押さえにかかっているようである。後で分捕りするつもりなのだろうか。

 首を持っている才次郎は、西軍らの所業を見て、怒りに身を震わせた。

「才次郎さん」

 誰か囁いている。徳田鉄吉だった。その側には、遊佐辰弥もいた。

「無事だったか」

 才次郎は、そっと息を吐き出した。

「うん。向こうで、勝十郎さんたちが待っている」

 だが、先生の首を持っている限りは、身動きが取れない。敵に見つからないように、そっと寺裏にある桑畑に潜り込み、そこに皆で穴を掘って先生の首を埋め、大きな石を置いて目印とした。

 こんな場所で申し訳ないと、再び涙が溢れそうになるのをこらえる。

 こっち、と鉄吉が手招きする。それに従っていくと、確かに直違の肩章をつけた少年たちがいた。

 香泉寺にたどり着けたのは、才次郎と鉄吉の他には、年長の大桶勝十郎、高橋辰治、遊佐辰弥、後藤釥太しょうた、そして思いがけず参戦してきた久保豊三郎だけだった。大壇口の砲撃戦の際にもばらばらになったし、もはや誰が生きていて誰が死んだのか、皆目見当もつかなかった。

 この場で一番年長なのは、十七歳の勝十郎である。自ずと、皆は勝十郎が何か言い出すのを待っていた。

「こうなった以上、固まっているのは危険だ。後は、皆心の赴くままに行動しよう」

 勝十郎は、きっぱりと言った。それを聞いた豊三郎が、泣きそうな顔をした。大壇口で兄の鉄次郎が斃れたのを見たから、一人ではどうしていいのか、不安なのだろう。

「俺は、豊三郎と一緒に西へ行く」

 釥太が一つ頷いて、豊三郎の手を握ってやった。

「分かった。では、私はもう一度御城を目指す。皆、気をつけて」

 勝十郎が飛び出す。

「俺も、西軍の奴らを倒しに行く。あれ以上、好き勝手にさせてなるものか」

 残った者たちは、怒りに身を任せるままにして、城下への道をたどり始めた。 

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