大隣寺(1)
腰を撃たれて、銃太郎は後ろ向きにどうと斃れた。
「先生!」
悲鳴が上がった。銃太郎はそれに構わずむくりと起き上がったが、もう、立ち上がることができない。
「……この重傷では、到底城に入ることは叶わぬ。私の首を取れ。そして、城に退却するのだ」
少年たちは、顔を見合わせた。
「隊長のお怪我は軽症です。我々の肩に縋って、退却しましょう」
虎治が涙声で言った。
「そうです。先生、どうか一緒に」
篤次郎も泣きながら説得にかかった。口々に、「先生」「一緒に御城に入りましょう」と少年たちが叫ぶ。
だが、銃太郎は首を横に振った。
「……押し問答をしている時ではない。早く!」
銃太郎は首を差し伸べた。そして、衛守と目が合った。衛守は一瞬辛そうに目を閉じたが、決意したかのように、一歩前へ踏み出した。
「下がっていなさい」
少年たちを押し止めた。そして刀身をすらりと抜き、真横に構えた。
「御免!」
一言叫ぶと、銃太郎の首に刃を振りかざした。
「うわあ!」
少年たちの間から痛哭の声が上がる。だが手許が狂ったのか一撃では首を落とせず、二度三度と、衛守は刀を振るった。
銃太郎の首が落とされた。
「先生が、死んじまった―。どうしたらいいんだべー!」
誰かが武家言葉も忘れ、地の言葉で泣き叫ぶ。剛介は、あまりにも急な展開に頭がついていかなかった。先程まで、先生は元気に指図していらっしゃたじゃないか。
だが、目の前には既に生気のない銃太郎の首が転がっている。その事実に気がつくと、涙が止まらなくなり、途方もない絶望感が襲ってきた。
あちこちから、「先生」「なして死んじまった」という大きな泣き声が聞こえてくる。銃太郎から後を託された衛守の目からも、涙が流れていた。だがふと見ると、既に敵がこちらへ押し寄せ来つつある。
「さあ、銃太郎殿の体を埋めて、城へ戻ろう」
一刻の猶予もなかった。動ける少年たちは大泣きしながら近くの畑を掘り返して、銃太郎の体をそこに埋めた。そして首は篤次郎が持とうとしたが、思ったよりも重かったのだろう。小柄な篤次郎がよろめいた。
それを見た衛守が篤次郎に手を貸そうと銃太郎の頭髪を掴んだその瞬間、がさごそと竹藪の向こうから音がした。
「敵だ」
「やってしまえ!」
今、無念の死を遂げたばかりの銃太郎の首を前に、皆がぎらぎらと殺気立っている。
衛守は咄嗟に銃太郎の首から手を離し、少年たちを庇うように刀身を持ち替えた。その刀身にはまだ銃太郎の鮮血がこびりついている。しばし、衛守と隊長らしき獅子頭が睨み合った。
「何だ、子供ばかりじゃないか」
西軍の兵が、大声で言った。その言葉を聞いて、剛介はかっとなり柄に手を掛けた。だが反対に、西軍からは次第に殺気が失せていった。
背後の雰囲気を感じ取ったのだろう。獅子頭は、穏やかな口ぶりで言った。
「お主らよう戦ったのう。隊長どんは戦死されたか。痛ましいのう。今は泣いている時ではない。その首級を持って早う引上げるがよい」
少年たちは、信じられない思いで獅子頭を見つめた。西軍にも、情を解する者がいるのか。
少年たちは薩摩兵らと睨み合いながら、じりじりと後退した。
最後に衛守が
それからしばらくして、悠々と薩摩六番隊が大壇の丘へ進んできた。馬上にあって隊を率いるのは、野津七次こと後の陸軍大将、野津
番所のあった
やにわに、二人の青年たちが民家から飛び出してきて、隊列に襲いかかった。
「何事じゃ!」
野津は狼狽した。だが、二人の壮士は真っ直ぐに斬り掛かってきた。たちまち、九人ほどが斬り殺される。襲撃に驚いた馬が暴れ、野津は振り落とされた。その体に一人が襲いかかる。太刀筋は猛烈であり、顔を向けることもできない。部隊は、浮足立って後退しようとした。
「こら、逃げるな!」
逃げようとする部下を、野津は叱った。だがそう言っている側から、剣が襲いかかってくる。どちらが多勢なのか分からないほどの勢いで、薩摩兵らを切り倒していく。野津も、たちまち頭部を始め数カ所を斬られた。多少腕に覚えのあるものであっても、いざ実戦となれば足よりも頭と手が先に出てしまい、鍔元で斬るものである。だが、この二人は落ち着きはらって、次々と一刀で薩摩兵を斬り下げていった。剣道の達人、かつ膂力がなければできないことである。苦痛に耐えながら、野津は感心した。
近くで小隊長の貴島も血を流しながら応戦しているのが、ちらりと見えた。だが、多勢に無勢である。二人の壮士は、やがて銃弾を浴び、蜂の巣のような姿になって息絶えた。
(これがもしも官軍であったならば、あの壮士らの擧は赫赫として青史を照らすに違いない)
野津は一人、胸の中でごちた。
二人の壮士の名は、
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