馬場にて (2)

 その日の夕餉は、剛介が期待した通り、いつもより華やかだった。青緑色の美しい雉の羽はむしられ、勝手にはふわふわと羽毛が飛び散った。紫久は、「勿体ないから、誰かこの羽根を買ってくれないかしら」と嬉しそうに言う。

 肝心の肉は、しばし味噌に漬けてから、そのまま切り身を焼いて出された。華やかな気分が伝染したのか、汁もいつもの質素なものではなく、本来ならば冠婚葬祭で出てくる「ざくざく」だった。これは剛介の好物だが、滅多に口に出来るものではない。紫久は、剛介の初めての獲物がよほど嬉しかったのだろう。

「ほう、これを剛介がな」

 この日は定刻で仕事が切り上げられたのか、夕餉の席には半左衛門の姿もあった。父は酒を口に含み、感心したように雉肉を箸でつまんだ。

「はい。でも、本当は外した弾ですけれど」

 そのことだけは、少しだけ悔しかった。

「まあいい。農民じゃないんだから、鳥撃ちをすることもなかろう」

 弓馬を愛する父からすると、やはり息子が銃を振り回すのは、複雑な思いがあるのかもしれない。

「ところで父上。会津とはどうなっているのですか?」

 静かに、達が訊ねた。

 うん?と半左衛門は箸を止めた。

「どうなったとも、言い難いな。そもそも仙台は会津に心を寄せている。だが、総督府の世良殿が福島に来ている以上、戦う素振りだけは見せねばなるまい」

 もっとも、世良を始めとした自称官軍の素行はよろしくない。錦旗を掲げ、無銭飲食は日常茶飯事、昼間から遊女を侍らしながら、戦の司令を出している。福島だけではなく、二本松城下でも世良たちの評判は芳しくなかった。

「それではまるで、八百長ではないですか」

 呆れたように、達が嘆く。

「我が藩とて同じだ。そもそも殿は会津のお味方を公言されたが、錦旗に歯向かうのもご本意ではあるまい。会津とて薩長と戦になれば、中途半端な手打ちは望むところではなかろう」

 剛介は黙って父と兄の会話を聞いていた。

 二人の話は、取止めもなく続く。その中に、「中島黄山おうざん」の名前が出てきて、剛介は耳をそばだてた。

「……薩長は、新しい銃を探して走り回っているようだと、黄山が申しておった」

 父の言葉が、剛介は妙に引っかかった。

「父上。新しい銃とは、木村先生がお持ちになっている物とは違うのですか?」

 半左衛門が剛介の方に振り向き、首を傾げた。

「違うらしい」

 儂は砲術にはあまり詳しくないが、と前置きして半左衛門は説明してくれた。中島黄山が横浜に下人をやって調べさせたところ、どうやら、亜米利加から新式の銃が大量にもたらされているようだと言う。剛介たちが木村道場で使用させてもらっている銃は先込めだが、新しい銃は元込め式だということだった。

 剛介は少し考えて、ぞっとした。

 元込めが出来るということは、あの弾を押し込む手間が省けるということである。その分、弾を込めてから引き金を引くまでの時間が大いに短縮されるだろう。

「その新式の銃とやらは、我が藩では買えないのでしょうか?」

 やっと、ミニエー銃を持たせてもらえるようになったのに、と軽く兄を睨んだが、そんな剛介にお構いなしに達は続けた。

「難しいだろうな。新しい銃は安くて三十両、高いと七十両もするそうだ」

 半左衛門は重々しく述べた。ミニエー銃の倍から四倍近くもするということである。多くの藩士が、自前のミニエー銃を持ちたくても金策が難しいというのに。

「それどころか、元込め銃は専用の弾が必要なのだそうだ。これもアメリカやイギリスから買い付けねばならぬとのこと」

「そんなに……」

 達が呆れたようにため息をついた。

「会津ならば、ひょっとしたら買えるやもしれんがの」

 確かに、大藩であり実戦経験もある会津ならば、新式銃の購入を検討するかもしれない。事実、会津の砲術師範山本権太の娘である八重は、若松城籠城の折りに、元込式七連発のスペンサー銃で敵に銃弾を浴びせたことで知られている。

「それらの新しい銃の販路を、どうやら薩長が握っているようだ」

 いつの間にか、半左衛門の顔が段々と険しさを増している。

 やはり、薩長の新しい銃に対抗できるようにするには、我々が少しでも速く撃てるようになって、戦い方を工夫しなければだめなのだろうか。

 胸中に萌す不安を噛み砕くように、剛介は雉の弾力のある肉を咀嚼した。

 先程まであれほど美味く感じていた雉の肉だったが、ほんのりと、苦味が混じった。

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