馬場にて (3)

 翌日の道場からの帰り道。剛介、水野、虎治の三人は、城下をぶらぶらしていた。帰り道に、玉屋の羊羹でも買っていくつもりなのだ。今日も、他藩の兵が大通りを闊歩している。昨日辺りから、仙台兵を始め他藩の兵が俄かに二本松に入り、どこか物々しい雰囲気だった。

 それらの兵の中において、ひときわ下品な一団があった。身なりからすると、総督府の人間らしい。中心にいる人物の顔は、どこか爬虫類のような、嫌な目つきをしていた。酷薄そうな薄い唇は、ひん曲がっている。

「竹に雀を袋に入れて、後においらのものとする、と」

 一行は、大声で放吟し、時に高笑いしながら、向こうからこちらへ向かって歩いてくる。三人は慌てて、道の片隅に退いた。

 男が近づいてくると、その体から、ぷんと酒の匂いが立ち上ってくる。一行は、そのまま眼の前の妓楼へ足を踏み入れていった。

「おい。とびきりの女はいるか」

「はい、ただいま」

 店の主らしき男が、慌てて一行を出迎えるのが見えた。

(嫌な奴……)

 剛介は、思わず顔をしかめた。傍らにいた水野や虎治も、嫌そうな顔をしている。

 男たちの姿が完全に店の中に消えるのを確認すると、思わず息を吐き出した。あまりの下品さに、知らず知らずのうちに、息を止めていたらしい。

「こら。ここは子供の来るところではない」

 厳しい声色に剛介が振り向くと、半左衛門の姿があった。その傍らには、安部井あべい又之丞またのじょうの姿もある。安部井又之丞は、父の同僚である。時折武谷家にも訪れるので、剛介もよく知っている人物だ。

「申し訳ありません、父上」

 ここは素直に頭を下げよう。

「母上に言いつけるぞ」

 妓楼の前でうろうろしていたなど言いつけられたら、後で大目玉を食らう。思わず、首を縮めた。

「武谷先生、こんにちは」

 水野と虎治も、半左衛門に向かって頭を下げた。半左衛門が、軽く頷く。

 最近はその回数が減っているが、武谷家は書道の家塾も兼ねている。そのため、二人とも半左衛門をよく知っているのだ。

「先生。あれは?」

 水野の質問に、父も真面目に答えた。

「どうやら、下参謀の世良せら修蔵しゅうぞう様のようだな」

「あれが?」

 虎治が、呆れたように大声を上げた。

「馬鹿。声が高い」 

 剛介は慌てた。妓楼の中の人間に聞こえたら、どのような因縁をつけられるか、わかったものではない。だが、やがて聞こえてきたのは、媚を売るような、甲高く甘ったるい女の声と、男たちの下品な笑い声だった。

 半左衛門は大仰にため息をつくと、簡単に説明してくれた。

 総督府は何が何でも会津討伐の意志を示しており、渋る仙台藩の尻を叩くが如く、昨日二本松に到着したとのことだった。

 同時に、仙台藩の援兵として二本松も出兵を命じられた。二本松も会津を攻める理由はないのだが、総督府の目が光っている以上、拒むことはできない。そのため、岳方面には樽井たるい弥五右衛門やごえもんの率いる三番隊と、大谷与兵衛おおやよへえが率いる六番隊、永田口には種橋主馬助率いる四番隊が、それぞれ援兵として出動したとのことだった。

 それだけでなく、今日は世嗣五郎君とも対面したらしい。

「まさか、あの状態で?」

 水野も、信じられない、と頭を振っている。

「さすがに、酒気は抜けておったがな」

 又之丞が、にこりともしないで相槌を打つ。

「あれでも王師の者らだから、無下にするわけにもいくまいが……」

「あんな様子で、本当に国を守っていくつもりがあるのでしょうか」

 剛介は、呆れたように呟いた。

 政治向きの詳しい話はわからないが、少なくとも、あんな下品な者たちが、ずっとこの地に滞在するのは御免蒙る。

「私も不安だな」

 子供たちの手前を気にしたか、半左衛門が目で又之丞を制した。それきり、又之丞は口を閉ざした。武谷家に来ると始終温和な笑顔を浮かべている又之丞だが、先程の光景は、信じがたいらしい。

「もう夕刻だ。いい加減、家に帰りなさい」

 師範らしい口調で、父が諭す。

「はあい」 

 虎治はまだ不満そうだったが、大人の言葉は絶対である。渋々といった体で、頷いた。

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