盗賊 (2)

 今までの食事で、これ程美味な食事があっただろうか。剛介は腹を擦った。かぼちゃのこっくりとした甘み。きのこの旨い出汁。葱の甘みを伴ったぬめり。

 腹もくちくなり、剛介はこの数日において、初めて寛いだ気分になっていた。

「ようやく、まともな顔になったない」

 孫次が笑った。気が張っていたこともあり、孫次や喜兵衛から見れば、剛介らは子供ながら油断のならない殺気を帯びていたのだろう。 

「二本松が落ちたというのは、本当だったんだな」

 一人がぽつりと呟いた。その言葉に、剛介たちはそうだ、と言う気にはなれなかった。まだ、自分たちの戦いは終わっていない。だが……。

「隊長も、兄上も……」 

 豊三郎が、しゃくり上げた。今にも泣き出しそうな顔をしている。そういえば、鉄次郎は大壇口に残してきてしまった。非常時とはいえ、今になって悔やまれる。

 盗賊たちの顔にも、痛ましそうな表情が浮かんだ。

「……大変だったない」

 まさか、こんな子供まで戦場に立っているというのは、盗賊たちにも予想できなかったようである。

 お前さん達は、会津の白虎隊よりも、小さいでねえが。そう呟く者もあった。

 そういえば、若先生が「会津では、十六歳以上の子弟も兵制に組み入れられたそうだ」と話していた気がする。

 銃太郎の事を思い出すと、つんと鼻の奥が痛んだ。 

「お前さん達、まだ子供だべさ。これからどうするちゅうね?」

 喜兵衛が心配そうに尋ねた。ひょっとしたら、本気で三人の身を案じてくれているのだろうか。ふと見れば、孫次も喜兵衛も、真剣な顔をしていた。

「母成峠に行きます」

 釥太がきっぱりと言った。

「母成峠に?あそこは確か……」

 どうやら、彼等も母成峠には会津兵が駐留していることを知っているようだ。

「そこへ行って、再起を図ります。二本松を敵の手から取り戻さなければ、死んだ方々や城下の皆に申し訳ないですから」

 剛介は、血に塗れた銃太郎の生首を思い出していた。先生の首は、どうなっただろう。それに、虫の息だった篤次郎も。

「……そうか」

 孫次は痛ましそうな顔をした。すっと沈黙がやってきて、しばらくは火がパチパチと爆ぜる音だけが聞こえていた。

儂はわしよくわがんね」

 突如、喜兵衛が投げ捨てるように言った。

「お前さん達が武士の子なのは分かる。だが、命を捨てたらそれで終わりだべさ。殿様っていうのは、それほど偉いんかい?」

 剛介は黙った。幼少の頃より、殿の前に弓馬を持ってお守りするのが当然と教えられてきたのだ。殿が偉いかどうか。そのような疑問を抱いたことすらない。

「民を守るのが、我々の役割ですから」

 釥太が、小さな抗議の声を上げた。

「民を守るって言うならば、会津の殿様は、なして猪苗代の税を軽くしてくれねえんだ、ああ?」

 喜兵衛はますますいきり立った。どう答えるべきか分からず困って、剛介は孫次の顔を見た。

「ああ。おらたちは、元々は猪苗代の者だから」

 孫次は苦笑いを浮かべて答えてくれた。

「会津の方だったのですか」

 すると、この人たちは国境を越えて猪苗代から逃散してきたのだろうか。逃散は重罪である。

「いやいや、一応猪苗代に家や畑もあるさ。だが、知っでるか?猪苗代は若松の城下よりも寒い。その分だけ、作物も育ちにくい。なのに、税は城下とあまり変わらないときたもんだ。税を納めたくても、肝心の米がろくに取れね」

 それは辛いだろう。二本松では、村ごとに多少の差はあるものの、米が取れないという話は聞いたことがなかった。会津は大藩で裕福な国だと思っていたのだが、猪苗代は貧しいのか。

「そんなわけで、たまにこうやって山を超えてきては、獣の皮や肝、山の珍味を取って、銭に変えて何とかやっているのさ」

 自嘲するように、孫次は続けた。

「だからよう、喜兵衛の言う事も分がんだ。そんじゃけども、お前さんたちは母成に行ぐっで言う。なじょして、行ぐん?」

「……」

 それによう、と別の者が口を挟んだ。

石筵村いしむしろむらも焼かれたって言うじゃねえか」

 剛介は顔色を変えた。

「まさか、西軍がですか?」

 石筵まで西軍が迫っているとすれば、街道は通れない。

「いや、焼いたのは会津兵だとよ」

 孫作が補足してくれた。

 そういえば、中山村も焼かれたそうな。中山村などは、長も殺されたというぞ。そんなに侍は偉いのかね。

 先程までの和やかな空気はどこへやら、どうも、剣呑な空気になってきた。防衛戦略として、陣を引き払うときに村を焼くという話を聞いたことはあった。だが実際にやったのが、友軍であるはずの会津兵だというのは、剛介にも信じ難い話だった。 

 何と説明したら良いのか、分からない。自分たちは民を守るために戦っているつもりだった。だが、それは武士の一方的な言い分なのだろうか。二本松の城下は、西軍に焼かれた。こうしている今も、きっと薩長を始め、西方諸藩の荒くれ共が略奪しているに違いない。民は、自分たちを恨んでいるだろうか。

「行きます」

 週巡した後、剛介はきっぱりと答えた。やはり、二本松を守るのは自分たち武士の役割だ。

「そうか」

 ぽつりと、孫次がつぶやいた。

 子供が行ってどうなるもんでもねえべ、と喚く喜兵衛の声も聞こえたが、剛介は腹を括った。きっと、母成峠では鳴海様たちが、自分たちを待っていてくださる。もしかしたら、また仲間に会えるかもしれない。

「やめどげ!子供が戰場に立つなんて、正気の沙汰じゃねえべ!」 

 再び、喜兵衛が声を荒らげた。

 その時である。

 遠くから、ガシャガシャと具足のような音が聞こえてきた。

 三人は顔を見合わせ、豊三郎が咄嗟に様子を見に駆け出した。体が小さいため、自分ならば見つかりにくいと判断してのことだろう。

「赤の獅子頭しゃぐまだ」

 戻ってきた豊三郎が、小声で告げる。どうやら二人連れで、片方は銃も持っているらしい。

「誰かいるのか」

 西方訛りの強い、大声が聞こえた。

「へえ、お待ちくだせえ」

 喜兵衛が腰を上げかけた。もしかしたら、自分たちを西軍に売るつもりかもしれない。万事休すである。剛介は脇差を佩き、釥太と豊三郎に目配せした。

 やがて、向こうから兵が姿を見せた。案の定、薩摩兵である。剛介は咄嗟にかかっていた鍋の残りを地面にこぼし、鍋も背負った。熱くてたまらないが、そのまま、林の中へ向かって三人は駆け出した。

「熱っ!」

 目論見通り、薩摩兵が剛介の背に手をかけようとしたが、まだ余熱が引いていなかった鍋に触れ、咄嗟に手を引っ込めた。

 駆ける三人の耳元を、ヒュウヒュウと弾丸が掠める。一発、カーンという音がした。鍋は弾除けの役割を果たしてくれたようだった。撃ってくる弾があまり届かないところを見ると、どうやら旧式の銃だったらしい。助かった。

 そのまま、剛介らは茂みの中に飛び込み、木立の闇に姿を隠した。

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