盗賊 (1)

 二十九日に二本松を出てから、剛介らはほどんど何も食べていなかった。母の紫久しくから持たされた飯は、二十九日の朝に既に全部食べてしまっていた。そもそも討死覚悟で家を出てきたのであるから、ろくな食料も持っていないのも当然であった。

「剛介さん」

 豊三郎がそっと囁いた。

「あそこ」

 豊三郎の指す方向を見ると、数人の人影が見えた。六、七人はいるだろうか。どうも焚き火を囲んでいるようである。こんな山奥であれば、まず地元人に間違いないだろう。そういえば、ここ数日暖を取ることも許されない日々だった。

「とりあえず火に当たらしてもらおう」

「はい」

 三人は焚き火の方へ近付いた。だが、首領らしき者の風体を見て、剛介はぎょっとした。

 明らかに、農民ではない。各々が武器を持ち、落人らの衣服や金品を奪い取る戦時盗賊と見受けられた。 

 足の膝頭が震え始める。

「お、もう二匹いるじゃねえか」

 首領らしき男がじろりと剛介と釥太、豊三郎を睨んだ。釥太も何も言えず、固まっている。

「お前らのような子供がこんなところで何してるべさ」

 弟分らしき男が、剛介の前に立ちはだかった。まさか、こんなところに子供がのこのこやってくるとは思わなかったのだろう。

 もう、こうなったらやけだ。剛介は、あえてにこりと笑みを浮かべ、そ知らぬ顔をして声を発した。

「こんばんは」

 盗賊たちは、顔を見合わせた。相手は武士の子である。てっきり、斬り会う羽目になるかと思ったのだろう。

「こんばんは、だと?」

 一人が、ぎろりと剛介らを睨んだ。後ろで、釥太や豊三郎が緊張しているのが分かる。

「まあまあ、喜兵衛きへえ。それくらいのあんべにしてやれ」

 首領が、少し怒気を和らげた声で喜兵衛と呼ばれた男をたしなめた。

「こいつら、まだほんの子供だべさ」

 子供と言われて剛介はむっとしたが、確かにその通りである。

「ふうん」

 兄貴分である孫次まごじは、じろじろと三人を眺めた。数日前に二本松城下が焼かれたという話は、この石筵と玉ノ井の村境にも届いていた。事実、二本松の侍たちが会津に行こうとして幾人もこの先の母成峠を目指し、それを追いかけるように西軍の兵士も哨戒していた。だが相手は大小を持っているとはいえ、子供である。いざとなれば、力でねじ伏せれば良い。

「ま、座れや」

 孫次は顎をしゃくって、空いているところを指した。どうやら、子供であることを理由に、三人は見逃してもらえたようだった。

「お前さんたち、腹は減ってねえか」

 三人は顔を見合わせた。もちろん腹は減っているが、武士の子は婦女子のように泣き言を口にしてはならぬと、厳しく躾けられていたのである。だが、そこで豊三郎の腹の虫が鳴き、豊三郎は顔を真っ赤にした。

「減っているようだな」

 喜兵衛が声を上げて笑った。どうやら孫次も喜兵衛も山賊のなりをしてはいるが、それほど悪性の人間ではないらしい。

「少し待って下せえ。今、汁を作っているもんでね。まあ、座ってくなんしょ」

「はい」

 薪がパチパチと爆ぜている。その音がまた心地よい。三人の間に、しばらく沈黙が訪れた。ふと振り返ると、喜兵衛が大きな食べ頃のかぼちゃを取り出し、包丁で適当な大きさに切り分けている。

「よし。そろそろいい按配あんべだべ」

 火にかけられた鍋の水もグツグツと言い出し、どうやら湯が沸いたようである。そこへ、喜兵衛は先程刻んだかぼちゃを惜しげもなく入れ、今度はねぎを刻み始めた。かぼちゃはあっと言う間に火が通り、刻んだ葱も入れる。喜兵衛はゴソゴソと荷を探っていたかと思うと、何やら取り出してそれも鍋に入れた。どうやら、匂いからすると味噌のようだ。さらに、何かのきのこも鍋に投入した。

「食うかね?」

 生唾を飲み込んでばかりの剛介たちに、孫次が椀と箸を渡してくれた。一体、どういう暮らしをしているのか。ちらりとそんな疑問が頭に浮かんだが、まずは腹を満たすことが先決である。

「頂きます」

 孫次と喜兵衛に向かって、剛介らは軽く頭を下げ、合掌した。孫次と喜兵衛は顔を見合わせると、口元をひしゃげた。笑っているようである。本当は腹が減っているのに、武士の矜持にかけてそれを口に出来ない剛介や釥太、豊三郎がおかしくて仕方がなかったのだろう。


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