奥羽の絆 (2)
四月十六日には、新十郎、
会津の苦境は、よく理解できる。だが、隣藩の二本松に火の粉が降りかかるのは、御免蒙る。
仙台からは玉蟲左太夫、若生文十郎、米沢からは
「頃日、九条総督より会津追討の勅命を伝えられている。それ故、やむを得ず兵を進めるに至った。だが、貴藩が多年
玉蟲や若生は予てより会津との縁が深い。その心中は会津に対して多分に同情的であり、真情が感じられた。
「会津藩の誠忠には、我等は常々感嘆していた。その会津が今日危難に立たされているのを、隣藩の者である我々は、どうして傍観していられようか」
会津の誠忠ぶりは、新十郎の義父である
先に、会津藩主である松平容保公が「文久二年以来国事に尽くし、伏見の役でも精兵五百名余りを失っため、国境防御も容易ではない。だが、諸藩の好意により降伏謝罪を以て会津の社稷を存続できるのであれば、望外の幸いである」と述べたというのは、若生らから伝え聞いていた。削封はもとより覚悟しているらしい。
若生等が慶邦公の親書を手渡してから三日経った現在も、まだ会津藩の重臣会議は続いていた。会津藩からは、家老の梶原平馬・内藤介右衛門・一瀬要人・山川大蔵・伊藤佐太夫・手代木直右衛門などが代わる代わるやってきては、会津藩の切迫した状況を訴えていた。
数室を隔てた襖の向こうから、会津の老臣らの声が途切れ途切れに聞こえてくる。二本松藩の二人にも漏れ聞こえてくるところによると、大方の家臣は、容保公の意向に従うつもりらしかった。だが、独りだけ頑なな者がいるらしい。
「佐川殿は、どうしても納得出来かねるようだ」
仙台の正使である若生が、苦り切った顔を作っている。あの佐川官兵衛殿か。新十郎は思わず唸った。鬼官兵衛の勇名は、二本松にも聞こえてきている。
「ですが、それは臣の分をわきまえぬものでありましょう」
若生の言葉に、瀬尾が相槌を打った。家臣として、君公の意向に逆らうのは如何なものか。
「――仙台は、我が国境に討入ろうとしているではないか!」
佐川の怒声に、新十郎は顔を引きつらせた。その情報が正しければ、二本松も出兵を命じられているに違いない。すわ、戦になるか。
「直ちに国境の兵を撤して降伏しろというのであれば、その者の首を絞め、背をへし折ってやる。もしそのために首を刎ねられ切腹を命じられたとしても、承伏致しかねる。そのために、君公を死地に追いやる恐れがあるのは、重々承知。だが、出来ぬものは出来ぬ」
使節団の控えの間に、緊張が走った。そこへ、会津の従者が、バタバタと足音も高く駆け込んできた。
聞けば、若生とそれに付き従ってきた横田官兵衛を、容保公が呼んでいるという。若生らは、慌てて控えの間から出ていった。
しばらくして、若生らが戻ってきた。聞けば、やはり土湯口まで仙台、二本松、筑前がそれぞれ二小隊、さらに若干の長州兵が土湯口まで出てきているという。そのため、干戈を避けたい容保公は、会津の公用人をつけて、進軍停止を交渉してくるよう依頼したのだった。若生は早暁に横田を土湯に向かわせ、一同は若生らの報告を、まんじりともせず待っていた。
じりじりと、時間だけが流れる。
ようやく横田が戻ってきたのは、夜も遅くなってからだった。聞くところよると、会津の探索方と間違えられ、危うく射殺されそうになりかけたものの、仙台の隊長である
主膳はこれを上司である真田喜平太に報告した。だが、横田の嘆願はなかなか聞き入れられず、交渉は相当難渋したらしい。それでも、何とか今回の出兵は適度な偽戦でごまかし、一緒に従軍してきた他藩の目を欺くということで、話は決した。
この報告には、唯一抵抗を示していた佐川官兵衛の荒肝をも、和らげたらしい。わざわざ若生らを訪って謝辞を述べ、ようやく会津の家臣団も一致して、降伏論に同意することになった。ここからは、降伏内容の詳細を詰めていかねばならない。仙台と二本松の使者は、状況報告も兼ね、一旦帰藩することにした。
佐川が自説を撤回したとの話を聞いた瀬尾の顔には、安堵の色が浮かんでいた。
「まずは重畳であろう」
だが、新十郎はかぶりを振った。
「いや、まだだろう。あの会津が、簡単に頭を下げるわけがない」
この先、まだまだ交渉は続く。あの居高い総督府も、簡単に引き下がるわけがない。
ともあれ、二人は二十二日に二本松に戻ってきた――。
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