混迷 (2)

「会津が奸賊とされた」という知らせは子供らにも衝撃を与えたが、大人はその知らせの対応を巡って苦慮していた。

 二月五日には再び会津藩より武井寛平、清水作右衛門が来藩して、会津の苦境を訴えた。今回対応に当たったのは、丹羽一学と、新十郎である。

「伏見の戦いは、会津藩としても不本意であった」

 武井が、心底無念そうに述べた。今や、会津は朝敵扱いをされている。

 

会津は数年に渡って王事のために尽力してきたが、今やその功労も水泡に帰した。もとより朝廷に対して異心があるわけではない。 

 一通り会津の事情を述べた後に、「会津に協力しては頂けまいか」と武井は申し出てきた。

 が、二本松も藩の命運がかかっている。内心は会津藩に同情を禁じえないものの、軽々しく「会津につく」とも返答しかねる。

 

一学と新十郎は、丹波に復命して次の指示を待った。

「会津については、どの藩も気にしているだろうな」

 丹波が、眉根を寄せた。

「理左衛門らは何と?」


 一学らは、先に探索に出していた今泉らの報告を待っていた。そろそろ、二本松に戻ってきていても良い頃である。

「理左衛門が戻ってきて言うには、仙米の動向は、未だ行方を見極められないとのことだ。相馬、下手渡しもてど、三春などは、大藩の動きを様子見しているそうだ」

「ふむ」

「黄山にも、探索をさせていたそうですな」


 黄山の報告も気になるところだ。中島黄山は城下に住む蚕卵紙業を営む商人である。商人ではあるが、学があり、諸国の志士とも交遊がある。津々浦々に顔が利き、遠方まで足を運んでは藩のための武器の調達なども担っていた。時には彼の商いに乗じて、藩が密かに探索を依頼してる人物でもあった。


「黄山は、仙台で武井殿に会うた。二本松にも会津と同じ様に、徳川の旧恩に報じてほしいと言われたと報告してきておる」

「どの藩も、まだ態度を決めかねているということですな」

 一学が考え込む。

「仙米の意向が分からぬことには、どうにも動けまい」

 丹波は苛立った様子で答えた。

「では、まずは、仙米の意向を確かめさせましょう」

 

この話し合いの結果、用人の安井九左衛門、郡奉行の遠藤段助が仙台に向かった。さらに、再度黄山にも仙台に向かうように指示を出す。

 奥羽きっての大藩である仙米二藩の意向を確かめようと、仙台には各藩から使者・探索方が到着し、その往来は日夜絶えることがなかったという――。

 

 時を同じくして、京にいた在京家老の江口三郎右衛門らは、勤王の意を朝廷に伝えている。

 朝廷からは頻繁に出征を督促する使者が京の藩邸に来ていたが、どの藩もまだ朝廷の命令を実行しかねていた。


「何だと!」

 丹波がその知らせを受けたのは、二月十一日だった。聞けば、奥羽鎮撫総督府なるものが設置され、有栖川宮熾仁親王を奉じて、正式に会津討伐が決まったというものだった。しかも、土佐、芸州など西の諸藩が、続々と錦旗の下に集って上京しているという。丹波はますます苦悩した。


 会津と戦う必要は感じていない。だが、薩長と会津の旧怨は双方頂点に達していた。その火の粉が二本松にも降り掛かってくるのは、もはや時間の問題だった。

 藩内でも竹内や渡邊、三浦らに代表される勤王派もおり、藩が一丸となって立ち向かわなければならない今、軽々しくこれからのことを口にできなかった。

 

さらに十六日には、二本松藩が城番となっていた白河城の任期が終わり、兵二百名が帰藩した。後任は仙台藩である。その対応にも、丹波は追われた。新政府の総督・大総督にも「会津討伐の基本方針をご教示願いたい」と問い合わせたが、返ってきたのは「会津は実々死謝の外これなく」というにべもない返答だった。会津は死んでその罪を償えとの言葉に、丹波は言葉を失った。

 

 そのような不穏な空気が漂う中、藩主である長国公が久しぶりに帰国した。それも、幼君五郎君を伴っての帰国である。五郎君は今年御年十三歳になられる、長国公の養子である。一柳家から迎えた幼君は、まだまだ可愛らしい幼子であった。

 長国公は病弱ではあるが、暗愚ではない。

 帰国されたその日、長国公は大広間に重臣を集めると、きっぱりと宣言した。

「会津と死生をともにせん」

 重臣一同は、畳に額をこすりつけた。藩主の言葉は絶対である。公の意向は、既に江戸藩邸に居るときから決まっていたのだろう。

「仙台と共に、会津を救わねばならない」

 

長国公の言葉で、丹波も肚を括った。

 いずれ、この地も戦となるやもしれぬ。丹波は屋敷に銃太郎を呼び出した。

「わが藩は薩長と干戈を交えるかもしれぬ。会津と死生を共にすると、殿がお決めになられた」

 丹波の言葉に、銃太郎は顔を上げた。


「そなたは、子弟の砲教育を急げ。足りぬものはあるか」

 銃太郎が力強くうなずいた。

「大砲と新式の銃が足りませぬ」

「そうか」


 二本松藩の銃は、まだ旧式のゲベール銃や、火縄銃が主要な火力であった。聞けば、鳥羽・伏見の戦いではそれらの武器では薩長に到底及ばず、幕府軍はさんざんに負けたという。新式のミニエー銃はまだわずかしか二本松藩になく、急ぎ求める必要があった。


「黄山にも、近々上方の探索に向かわせる。足りない物があれば、遠慮せずに申し付けよ」

 丹波は銃太郎に命じた。

 銃太郎は早速その翌日に城下の黄山を訪い、小銃や武器弾薬の調達を依頼した。

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