若先生(2)

 一方、無邪気な子供らとは対照的に、大人の間では緊張の色が隠せなかった。

 正月十一日には仙台より、たまむし太夫だゆう若生わこう文十郎が二本松にやってきた。二人は、仙台藩の中でも反薩長派に与していた。二本松側は、仙台の使者を本町谷の別荘で饗応した。饗応役は、丹羽新十郎、和田右文、浅見競である。

 玉蟲と若生は、あからさまに薩長の謀略を非難した。

「そもそも、長州は一度錦旗に弓を引きもうした。それが、孝明帝がお隠れ遊ばしたのを良いことに、幼帝を誑かしておるに違いない」

 仙台藩士の過激な物言いに、新十郎は思わず膝を打った。

「左様。それに違いませぬ」

 俗に言う、八月十八日の政変(蛤御門の変)で御所に向けて長州藩が発砲し、長州藩は時の帝を大いに怒らせたはずであった。しかも、その時に会津と共に長州を追い払ったのは、他ならぬ薩摩である。

「そもそも弊藩は会津と敵対する理由がない」

 玉蟲が憤然と述べる。

「会津は先の帝孝明天皇の信任も篤かったと聞く。孝明帝の崩御と同時に薩長が擁立した帝が、会津討伐の命令を直接下したとは、到底考えられぬ」

 若生も、口から泡を飛ばしながら弁舌を振るった。

「薩長土の奸臣どもが、野心溢れる公家をそそのかして、私怨を晴らさんとしているのでしょうな」

 新十郎は、相槌を打ちながら計算を巡らした。

 立場は、二本松も仙台と同じだった。何故、理由のない戦に加担しなくてはならないのか。新十郎も、新政府とやらの言い分には納得できない。

「ですが、我々も殿のご意向を確かめぬことには、然とした事は申せませぬ故、何卒ご了解願いたい」

 弁舌に長けた新十郎は、のらりくらりと、あくまでも仙台の使者を躱そうとした。

 だが、東国の事情など新政府には知ったことではないらしい。十五日には、新政府から在京の藩士宛に、徳川慶喜及び会津桑名両藩に対する追討命令が出た、との知らせが江戸藩邸からもたらされた。新政府の中核を為しているのは薩長である。今や、薩長を中心とした西国諸国が会津を討たんとする意志は明白であった。

 万が一ということもある。仙台藩士の対応を終えた新十郎らの報告を聞いて、まずは、他藩の動きを見てから判断するのが上策と、丹波は判断した。そこで、今泉衛門えもん、岡新吾ら仙台や米沢の大藩を初めとする近隣諸藩の探索に向かわせることにした。一月二十日のことである。

 丁度この頃、二本松に隣接する福島には、米沢藩の一行が滞在していた。米沢藩主上杉なりのりは伏見の戦報を聞くと、士卒を率いて上京するために福島に逗留していた。そこで、米沢藩の老臣であるたけまた美作みまさかが上方から戻ってきたのと遭遇。竹俣から伏見の様子を聞いた藩主は、上京を見合わせることを決心し、駕籠を廻して領地に引き返した。

 この情報を福島で得た泉と岡は、更に仙台へ向かった。

 仙台に到着すると、仙台藩家老の一人である但木ただき土佐とさが、京都から会津征討の朝命を携えて戻ってきていた。「会津征討」の命令に、仙台藩の反論は沸騰し、議論は定まっていない様子である。

「――どのように見ますか?」

 岡は、筋骨たくましい理左衛門に訊ねた。理左衛門はこの度探索を申し付けられたものの、平素は学館の柔術指南を命じられている。上層部は有事にも対応できるように、理左衛門を選んだのだろう。

「仙台は、心一つではあるまい。直ちに王命に服すべし、とは考えない者が多いのではないか」 

「ですな」

 二人の意見は一致を見た。まずは、二本松としても仙台や米沢などの大藩の動きを観察してからでなければ、判断がつきかねる。

 そもそも、二本松は会津と悪い関係でもないが、時には領土の帰属を巡り微妙な関係になることもあった。だが、会津を攻めるなど考えたこともない。現状では、二本松の会津に対する感情は、そのようなものであった。

 仙台藩は、東北随一の大藩である。仙台と会津が結託すれば、奥州の諸藩はそれに倣うであろう。だが、仮に仙台が薩長と手を結べばどうなるか。会津と隣接する二本松は、官軍についても会津についても、戦禍に曝されるのは必定である。藩の規模を考えた場合、どちらとも対峙するだけの体力は、二本松にはなかった。

 

 さらに、丹波の神経を逆撫でしたのはこれだけではない。聞くところによると、三浦ごん太夫だゆうなどは生意気にも、未だに「丹波様は専横が過ぎる」と公言して憚らないと言う。六年前、当時江戸にあった三浦は、人材の登用、武器の調達、冗費節減、重臣の俸祿の半減などを叫び、丹波の逆鱗に触れた。

 これには心底腹が立ち、禁錮の刑に処した。いくつかは、丹波がやらねばと思いながらも財政や議論が追いつかず、伸ばしに伸ばしている事項であった。

 聞けば、あの三浦は私塾において相変わらず尊王を叫んでいるというではないか。

「生意気な」

 丹波はぴしりと扇を閉じた。

(この荷の重さがぬしらに分かってたまるか)

 そう怒鳴りつけたいのを、丹波は堪えた。 

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