第10話 汚部屋の女教師

「はあ……アンパロ、荷物持ってきたで」


 ジュディ社長が、馬車を学園の前に駐める。


「うわ、なんですかその大量の書籍類は?」


 一階に降りて、私は絶句した。


 とても、一人用の引っ越し物ではない。


「全部、先生のや」

「マジですか? この荷物がすべて、女先生の私物ってこと?」


 馬車の三台分は、荷物があるんだが。


「これでも、減らしたんや」


 家具類は添え付けがあるので、売り払ったという。となると、ほとんどが衣類や小物類か。骨が折れるなあ。


「ほとんど少年主人公の小説ばかりだよ、アンパロ」


 本を持ったムーファンが、表紙を指差す。


「魔法の書籍じゃなくて?」

「術式関連は、数冊しかなかったね」


 となると、全部趣味本であると。



「せやけど、これを屋根裏部屋に押し込んだら」

「確実に、床が抜けますね」


 女教師は、さらに縮こまる。


「ごめんなさい。わたし、どうしても荷物の選別とか苦手で」


 ひとまず、部屋に運び込む前に馬車内で再度チェックしてもらうか。


「これは、必要ですか?」

「必要ないです」

「では、これは?」

「それも、ないですね。もったいないけど」


 私が選別するたびに、女教師はションボリしている。


 だが、ここで心を鬼にしないと、いつまでたっても引っ越しが終わらない。


 必要ない本はすべて、ムーファンが馬車に積み直す。で、売りに行くのだ。


「縮小する魔法などは、あることはあるんですよね?」

「せやで。けど、前にも話したよな? 痛むでって」


 私が質問すると、ジュディ社長はぶっきらぼうに答えた。


 質量をムリヤリ縮めるのだ。無事では済まない。

 本来なら、自分で食べるだけの食料品などを背嚢に詰める魔法である。いわば、軍事用の技術なのだ。

 荷物を搭載できればいいという人向けの術であって。


「これって必要なんですか?」

「うん――んっ!?」


 女教師が、本を選んだ相手に驚く。


 今、選別している小説を持っているのは、私ではない。さっきの少年だ。


 少年に、この光景を見られた。


「うわーん。キミの前ではカッコイイ先生でいたかったのにー」


 嫌われたと思ったのか、少年の前で女教師が号泣した。


「いいんです。先生だって、人間なんですよね?」

「ふえ?」


 女教師は、すっかり子どもに戻っている。さっきまではキリッとしていたのに。


 結局、少年は最後まで手伝ってくれた。


 暗くなったので、少年を家まで送る。


「幻滅したんじゃない?」

「とんでもない。むしろ、親しみがわきました」

「よかったぁ」


 少年の机の上で、「ピコーン」と音が鳴る。ノート型端末に、自宅から持ってきた端末の資料データを引っ越していたようだ。


「ん? それ、書籍のデータベースよね? どれどれ、勉強は進んでいるのかなー?」

「あ。先生! それは!」


 少年が女教師を遮ろうとしたが、もう遅い。



『巨乳女教師とムフフな日々を送るボク』



 センシティブなタイトルとともに、ヒワイな下着姿のメガネ女性がノート端末に映し出された。


「なんだぁ。そういうことだったのかぁ」


 メガネ女教師が、硬直する。


「ご、ごめんなさい! ボクずっと、先生をエッチな目で」

「そっかぁ」

「この学園を選んだのも、先生が復職するって聞いたから」


 先生を追って、この学校に来たわけか。事情はともあれ、難関の学校へ入るには十分すぎる動機かも。


 女教師が、ため息をついた。


「気を悪くしましたよね?」


 少年が問いかけたが、女教師は答えない。


「でもいいよ。小説なんかじゃなくて、先生が直接、色々と教えちゃうね」


 マントを脱ぎ捨て、女教師がウットリした目で少年を見つめた。


「では引越屋さんありがとう。後はこっちでやっておくから。二人だけで」


 艶っぽい声で、女教師は私たちをドアの向こうへ押しやる。


 帰り際に、少年の嬌声が聞こえた。


「アンパロ。今の声、なに?」

「しーっ、見ちゃいけません」


 が、私たちは無視して帰る。

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