第9話 魔術学校へ通う貴族の少年と、女教師

 今日は、魔術学校の寮へと荷物を運ぶ。


「ありがとうございます、アンパロさん」


 礼儀正しく、メガネの少年があいさつをした。


 この少年は、魔術学校へ通うという。


 若い男の子だから、荷物は軽くて済む。


「ノート型端末と魔導書は、こちらで運ぶのでいいですよ」


 メガネ少年が、着替えなど荷物の配置を指示する。


 ベッドも家具も備え付けだから、ムーファンが手持ち無沙汰になっていた。


「そうだムーファン、一人暮らしでも簡単に作れるお料理なんてのは?」


 寮の食事は、たいてい寮母さんが作ってくれる。しかし、三食規則正しい。おやつや夜食などは、また別に料金がかかる。


「やがて家を出て、独り立ちするんでしょ? 一人暮らしに慣れておいたら?」


 この子は次男坊で、魔法使いで自活させるために家を出されたのだ。


「そうですね。今のボクだと、人を雇うのも一苦労ですし。お願いします」


 寮の火を使わせてもらって、ムーファンが少年に料理の指導をする。


 少年は、熱心にメモを取っていた。


「ほら、キッシュのできあがりー」


 ムーファンが作ったキッシュを、少年は口に入れた。


「おいしいです。しっとりしていて」

「ありがとう。じゃあ、今度はキミが作ってみようか?」

「はい……うわ、焦がした」

「落ち着いて。キッシュは焦げたところだっておいしいんだから」


 少年の手際を、私とムーファンで見守る。


「できた!」


 どうにか、お料理が完成した。味も申し分ない。


「あらぁ、おいしそうね」


 巨乳のメガネ先生が、カウンターからこちらを覗き込む。ドルン、と豊満なお胸がテーブルに乗っかる。


「せ、せせ先生っ」


 顔を赤らめた少年が、せっかくの料理を背中に引っ込めた。


「隠すことないじゃない。一口ちょうだい」

「そんな。ボクなんかの料理が先生の口に合うなんて」

「成長した姿を見せて。何年訓練を見てきたって思ってるの?」


 女先生が、魔法で少年の手を動かす。そのまま、カウンターにまで持ってこさせた。


「うん、おいしいわねぇ。わたしも自炊を始めたんだけど、ここまでおいしくは作れないわー」


 女教師から太鼓判を押されて、少年は顔がほころぶ。


「じゃあ、授業がんばってね」

「はい!」


 去りゆく女教師の背中を、少年はずっと目で追っていた。


「さっきの人と、知り合い? 入学したばかりの割に、態度が親しかったけど」

「ボクの、元家庭教師なんです。」


 両親もさっきの女教師も、ここのOBだという。


「今の人がここの教師だから、入学したって感じ?」

「ま、まあ、そんなところです。ボクだって、男なんですよ」


 頭をかきながら、少年は語った。


「でも、ボクなんて相手にしてもらえるかどうか」

「それは、私たちではどうにも」

「はい。なんとか振り向いてもらえるように、努力します」


 続いて、私たちは次の仕事場へ向かう。


 さっきの女教師の家だ。


「うっわ」


 失礼ながら、私は部屋の様子に絶句してしまう。


「ひどい家でしょ?」


 引越し先としてあてがわれたのは、学校の屋根裏部屋である。


「言葉は悪いですけど、物置小屋みたいですね」

「そうなの。でもさ、私みたいな若輩が安く住もうってんなら、このくらいじゃないと」


 しかし、こんなところに荷物なんて運び込めない。まずは掃除からだ。


 私とムーファンで、手分けして床や棚を磨く。


 こちらも、ベッドや棚は添えつけだ。シーツは洗わないといけないが。


 ムーファンは家事全般が得意のようで、洗い物などをテキパキとこなす。


「うまいもんだね」

「冒険者時代は、洗い物全般を担当していたよ」


 家事が苦手な私には、ムーファンの手際がうらやましい。


「わたしも、魔法で手伝うわ」


 とはいえ、どうも先生が魔法を唱えても、手がおぼつかなかった。

 拭かなくていい場所を拭いて、大事なところを磨けていない。


 これは、もしかすると。


「ひょっとして、掃除やお片付けとか、苦手勢ですか?」

「実は……」


 まだホコリが残っている床に、女性教師はぺたんと座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る