第8話 老魔法使いの場合
次の顧客は、魔法使いのおばあさんだ。
ショップには、見たこともないツボや剥製などが並ぶ。
「アンパロ、これはなに?」
パンダ獣人族のムーファンが、奇妙な仮面を差し出した。力自慢でも、この手の知識を要する作業は苦手と見える。
「ごめん。こんなの、見たことない。記憶にないや」
おそらく手作りだろう。私のデータベースに、そんなアイテムはない。
とはいえ、貴重なアイテムであろうことは確かだ。慎重に整理しないと。
「ああ、ああ。んなもん雑でいいよ」
適当な袋に、老婆はアイテムを放り込む。
「そんなアバウトでいいんですか? 触っちゃダメなアイテムとかあるんじゃないですか?」
「物騒な品物なんて、店に並べないよぉ。あたしが管理できないじゃん」
「もうさ、強いアイテムを欲しがる時代じゃないんだよね」
老婆は寂しげに語る。
たしかに、祖父の代からもう戦闘などは注目されていない。複雑な構造のダンジョンもすっかり攻略され、危険なエリアも少なくなってきた。あるにはあるのだが、そもそも人間が踏み込める場所にない。
彼女はショップを娘夫婦に譲って、隠居するという。その娘夫婦だって、じゅうぶんにおばあさんなのだが。
「これさ、五〇〇年前から現役の銃だよ。でもさ、もう誰も使わない。戦争が起きないからね」
一応手入れはしているというが、使いたいと願い出た人はいないそうだ。
「あんたの装備品やんけ、コイツは。よーそんな中古品で、ウチとしばきあったもんや」
「ケケケ! 今にして思えば、ムチャしていたよねえ」
なんでも若い頃は、ジュディ社長と死闘を演じたという。となると、いくつなんだ、この老婆は?
「あのときは、ヤンチャしていたねえ」
腰を叩きながら、当時を振り返る。
「せやな。そんときのムリが祟ったんやで」
「だねえ。今でも腰が痛むよ」
当時の写真を見せてもらった。
私より数段若い頃から、戦っていたのか。妹の年頃くらいからだ。
「天才美少女ってもてはやされて、当時は張り切っていたもんだよ。魔族のエリートだったあんたを目の敵にしてさ。みるみるあたしゃ強くなったよ」
「人類で敵がおらんようになるくらいな」
この人、人類最強なんだ。
「もうちょっと若かったら、もう人勝負するんだけどね」
「ウチはゴメンや。バトルなんてしんどいことなんて、もうやりたない」
血の気が多い老婆に対し、ジュディ社長はドライである。
戦闘や戦争をやりたくないから、事業をはじめたくらいだ。今さら、血を流す稼業には戻りたくなかろう。
「介護の問題とか、大丈夫なんですか?」
「老老介護なんてゴメンだよ。あたしゃあたしで生きていくのさ」
誰にも頼ってこなかった、この人らしい生き方だ。
「で、隠居先はどこやねん? 娘夫婦の助けは借りへんのやろ?」
「ケデッチの森さね」
「えらい辺鄙な森に越すんやなぁ」
「あそこは、近くで樹木葬ができるからね。今のうちに終活しようって思ってさ」
もう彼女は、自分の身の振り方を考えているのだ。
「魂まで引っ越さんといてや。まだまだこれからやろが」
「いやあ。もう、平和すぎて退屈だよ。生まれ変わったら、修羅にでもなろうかな?」
「アホかい。あんたは」
二人は談笑しているが、おばあさんは引っ越して一ヶ月後に亡くなった。
ガンが全身に転移していたのだ。おばあさんは、今まで魔法で治療していたのである。が、この荷物だけは魔法でも消しきれなかったらしい。
娘夫婦には身体のことを黙って、彼女はその生命を樹木葬の形で埋めたのである。
おばあさんの埋まっている場所に、ジュディ社長が写真立てを置く。
社長が知っている、若い頃の写真を。
娘夫婦からの形見分けだった。
「ケデッチって聞いて、ウチもある程度は覚悟してたんやけどな。アカンわ」
一人にしてくれと言われたので、私たちは馬車で社長の帰りを待つ。
「おおきに。あんたら、今日はおごったるさかい」
「わーい! 焼肉が食べたい!」
遠慮なく、ムーファンが言う。
「私も!」
ここぞとばかりに、私も便乗する。
「しゃーないな。ほな、今日はみんなで焼肉に行こか!」
その日は、事務員のフローラさんもまぜて焼肉店で豪遊した。
社長の目が赤かったのは、焼肉の煙が目に染みたからだけじゃない。
おばあさんが遺したのは、あの写真立てだけ。
最期の引っ越しの荷物は、永遠に社長預かりとなった。
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