第二章 それぞれの引越し

第7話 新婚さんの場合

 今日は、新婚さんのお引越しを手伝う。

 おしゃれな街並みの長屋で、瓦のカラーも統一されている。


「ふわああ。これ、旧ベスピルート商店街だ」

「どんなところなの、アンパロ?」

「大昔の商店街を、民家として解放したんだよ」


 ベスピルートという会社が、商人に家を貸し出していた。


 工場ができた上に、もっと条件のいい大型商店もできている。そのため、この商店街は寂れる予定だった。


 だが、こちらに移り住んだ労働者たちが貸してほしいと願い出る。


 そこから、べスピルートは店だった家を貸し出したのだ。


 商店だったから頑丈でシャレた外観のため、この家屋郡は人気である。数百年経った今でも、ベスピルートを借りたい人が後を絶たない。


「天井の瓦は、防火の魔法が施されていて、延焼を防ぐの。ここは、子供のいる新居にピッタリだよ」

「やっぱり詳しいね、アンパロは」

「知ってることしか知らないよ」


 祖父、というか実の父の受売りだ。


「よろしくおねがいします」


 引っ越しのマカイを利用したのは、若いカップルである。荷物は少ないが、奥さんが身重なために作業ができない。


「ゆっくりしとってください。何かあったら指示してくれはったら」

「お願いしますね」


 奥さんがリビングのチェアに腰を下ろした。旦那さんは、ずっと側についている。


「ムーファン、そっち手伝って」

「はーい」


 長細いソファを片方持ってもらい、リビングへ置く。


 難関は、ダブルベッドだ。部屋は狭いのだが、ベッドは大きい。三人がかりで、わっせわっせと運ぶ。


「魔法で小さくするんも可能なんやが、破けてしまうんや」


 質量を操作するため、どうしても小さい傷ができてしまう。社長の魔法も、便利で万能ってわけではない。この間も、せっかく買った塊肉がグニャグニャになった。社長が横着して、牛を一頭買いなんかしたからだ。


 あとはベビーベッドを設置して、寝室は完了である。


 洗濯場・お風呂場の洗剤も、自然由来のものが多い。


「どうもありがとうございます」


 ご夫婦は、あいさつに来た隣近所の人と談笑している。出産を気遣ってくれているようだ。


 邪魔にならないように、私たちは裏口を利用して荷物を運び込む。


「予定日はいつごろなんです」


 小物類を棚に置きつつ、私は旦那さんに尋ねた。


「もうすぐだそうで、病院が近いここを選んだんですよ」

「なるほどー」


 と、私たちが話していると、奥さんが急にうずくまった。床がビショビショに濡れる。


「あかん、破水や! 産まれるで!」


 そんな! なんの準備もしていないのに!


「お医者さんへ」

「もう間に合わん! 旦那さんは、手を握ったって!」


 私たちは、奥さんを床に寝かせた。


 旦那さんはずっと、奥さんの手を握る。


 こんなとき、女衆は機敏だ。なにをすべきかすぐに察知し、対処する。


「桶、借りるわよ!」

「井戸から水を組んで、温めて!」

「シーツがあったら、持ってきてくれる?」


 ご近所の主婦たちに指示されて、私たちはパパパっと動く。


「医者を呼んできたわ!」

「わたしゃ、助産婦の経験があるから、付き添ってやるゾイ」


 出産の瞬間まで、私たちはぜえぜえ言いながら仕事をしていた。


 私たちは、床を磨いている。旦那さんがやると言ってくれたが、奥さんのそばにいてもらった。

 こういう後片付けは、一番役に立たなかった私たちがすべきだ。


「ありがとうございます。みなさんのおかげで、無事子どもが元気に産まれました」


 お盆を持った旦那さんが、お礼を言いに来る。


「私たちは、なにも」


 こういうとき、独り者って弱いな。


 結婚どころか恋愛経験もないため、何もしてあげられない。


「ステキなおうちに、してくれたじゃないですか」


 旦那さんが、テーブルに人数分のコーヒーカップを並べる。


「みなさんのちからがあったからこそ、妻も出産できてボクも子どもに出会えた。感謝の言葉もありません」


 にこやかに、旦那さんが礼を述べた。


 帰りの馬車の中でも、私は考え事をする。


「どないした、アンパロ。人恋しくなったんか?」

「いえ」


 私は正直、家族づくりに積極的ではない。実家がひどかったから、憧れがないのだ。


「あの一家を見てると、家族も悪くないなって」

「せやな。家庭を持ちたいかどうかは、そんときになってから決めたらええ」

「でも、今は引っ越しのマカイが私の家族でいいかなって思ってます」

「さよかー。それはええこっちゃ」

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