第6話 雨の中での奮闘

 大雨の中、私は馬車の車輪を拾う。


 ジュディ社長は、テントの魔法で私たちを雨から守っていた。


「動きません!」


 しかし、いくら踏ん張っても転倒した荷車が上がらない。これでは、帰れなくなる。


「ふんぬ!」


 ムーファンが、たったひとりで荷車を持ち上げた。さすがパンダ獣人、力持ちだ。これなら。


「アンパロ、お願い早く! 長くは続かない!」

「わかった。待っててムーファン!」


 私は、大急ぎで荷車をセットし直した。


「ハマった!」

「まだや。地面に板をかましや」

「はい!」


 手頃な木の板を荷台から下ろして、ぬかるんだ地面にかます。


「いけたよ! ムーファン、下ろして!」

「くう……」


 ムーファンが、馬車を下ろした。


「せーの」


 社長が馬を引っ張って、私とムーファンが、後ろから馬車を押す。ひとまず、ぬかるみから脱出しないと。


「いけた。動いたよ!」


 雨も激しくなってきた。急いで馬車に乗り込む。


「ふう、一時はどうなるかと思ったよお。さすが仕事が速いね、アンパロ」

「はあ、はあ。ありがと。ムーファンがいなかったら、あのまま雨の中野宿だったよ」


 タオルでお互いを拭き合いながら、称え合う。


 数時間後、会社が見えてきた。


「ただいま帰りました、フローサさんっ」

「おかえりなさーい、アンパロちゃーん。お風呂湧いてますよー」


 事務のフローラさんが、出迎えてくれる。羊の角と悪魔のシッポが生えていた。彼女も魔族である。


「あらあ、かわいいお客さんだことー」


 フローラさんは、ムーファンを歓迎した。


「新入社員のムーファンや。風呂入れたってくれ」

「はあい。ムーファンちゃーん、お着替え用意しておきますねー」


 こういうことに慣れっこなのか、フローラさんは順応性が高い。


「社長、お先に入ってください」

「ウチは最後でええわ。書類整理とかあるから」


 では、と。


「お世話になります、フローラさん」

「いいですよぉ。ウチはアットホームな職場ですからー」


 浴室に向かうムーファンに、フローラさんは手を降る。


 湯船に身体を沈めると、一気に息を吐いた。


「はーあ。生き返るねムーファン」

「そうだねぇ、アンパロ」


 ムーファンと揃って、ため息をつく。


「社長も濡れてたよね? 大丈夫かな?」

「平気だと思うよ。社長は魔族だから」

「魔族って、あの魔族の? たしかに、角が生えてたけど」


 ジュディ社長には、ヤギの角が生えている。


 社長は軍服のようなスーツを普段から着ていて、部下のフローラさんはミニスカ事務員さんだ。


「そう。魔王の手先だったってこと」


 魔王なんて、千年前に勇者に倒された。それからもう、ずいぶんと経つ。


「じゃあ、社長って悪者だった?」

「らしいよ。でも、三下も三下だったって。で、魔王の手下を辞めて、今の事業を始めたんだってさ」


 先見の明があった、といえよう。


「すごいオッパイだったね、二人共?」


 ムーファンが、自分の胸をユッサユッサ揺らす。


「何をいうの? ムーファンが一番すごいんだけど?」

「ワタシはだって、獣人族だもん。ぽっちゃりなの」


 たしかにムーファンは、お腹もぽってり大きい。それでも、私がうらやましくなるくらいの物は持っている。


「いいよなあ。やっぱ私は、祖父の血が濃すぎるんだよなぁ」


 私は、己の寸胴体型を呪う。


「どういうこと?」

「私ね、あとになってわかったんだけど、祖父の子どもらしいんだってさ。つまり、父の子じゃなかったってわけ」


 なぜ父が私を目の敵にしていたのかは、祖父が死んでからわかった。




 私は、祖父と母が不倫して生まれた子だったのである。




「つまりアンパロはお父さんの妹ってことになるわけ?」

「そうそう」

「複雑だねえ」

「だから、父とはずっと仲が悪くて」


 今の母は、父の再婚相手だ。わたしとは縁がないが、優しかった。別れるのは辛かったが、父との仲があれ以上こじれては、あの家にはいられない。


「でもいいよ。社長とフローラさんがいるもん。ムーファンとも友だちになれたし」

「こちらこそありがと。アンパロに友だちと思ってもらえて、ワタシも一人ぼっちじゃないよ」


 ムーファンが、私にのしかかってきた。


「ちょ、ムーファンッ、胸を揉まないでよっ」

「アンパロは、これから大きくなるって」

「いやムリムリ。本人が絶望視してるんだから」


 私たちがハシャイでいると、肩を震わせたジュディ社長が浴室に入ってくる。


「あんたら、もうええんとちゃうか? 代わってんか?」

「はい! ごめんなさーい!」


 新しい仲間を得て始まった、引っ越しのマカイ。


 明日はどんな荷物を運ぶんだろう?

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