第2話  妊娠発覚

思いがけない状況に落とされた楓を励まそうと、優也は敬老の日を含む三連休に湯河原温泉旅行に誘ってくれた。そこで楓は優也と赤い過ちを犯してしまった。


十月中旬を過ぎ、生理も来なくなり、右下腹部に針で刺されたような痛みを感じ始めた楓は、近所の婦人科を訪れた。

「いつ頃からです?その下腹部の痛み。」

「ちょうど十日くらい前だと思います。」

「つかぬ事を聞きますが、最後の性行為はいつ頃ですかね?」

聞かれるとは覚悟していたものの、そのまま剥き出しの言葉で目の前に突き付けられると思っていなかったので、楓は一瞬めまいを覚えた。

「たしか九月の三連休頃だったかと思いますが。」

「そうですか。とりあえず妊娠かどうか検査してみましょうね。こちらを渡すから、この棒の先っぽに、おしっこをかけてきて。」

「あの、便秘の可能性は?」

あまりにも事務的に妊娠検査薬を渡してきた医師に対し、楓は咄嗟に他の痛みの可能性も求めた。

「まぁ、たまにそういう方もいるんだけど、便秘の場合は、左下腹部がたいてい痛くなるんですよ。でも森川さんの訴えてきた痛みは右下腹部でしょ。だから私は、とりあえず妊娠の可能性を疑ったんです。まぁ、気持ちを楽にしてトイレに行ってください。」

 楽にって言ったって。

・・・万が一、妊娠していたらどうするの。私はリストラされた直後だし、仕事ないし、出産費用だってない。優也は仕事一筋だから、子ども出来たから、じゃあ入籍しようか、なんてことにはならないのではないだろうか。

 トイレに向かうまでの、わずかな距離も、今の楓には果てしなく長く続く、迷路のように思われた。

妊娠していたら、どうしよう、という不安よりも、優也は果たしてどんな反応をするだろうか、そっちの方が不安で仕方がなかった。

 個室に入り、医師から言われた作業を終え、検査一式を、トイレから診察室に繋がっている小窓に静かに置き、手を洗い、化粧を直してドアを開けた。

 一五分ほど経過した頃だっただろうか、

「森川さん、二番診察室にお入りください。」

看護師の無機質な声がかかった。ページをめくりながらも全く内容が頭に入ってこなかったan・anをラックに戻し、楓はのろのろと立ち上がった。

 疲れ気味の木製のドアをゆっくり開けた。看護師に促され黒の丸椅子に腰を下ろし、医師の顔をまっすぐ見つめた。

「森川さん、はっきりと申し上げますね。妊娠しています。まだ四週目くらいだから、ようやく着床した感じね。これからだんだん育っていきますからね。これは他の方の妊娠四週目の超音波写真の画像なんだけど、ここに写っている黒くて丸いものが胎嚢(たいのう)ですよ。あなたにもできているんじゃないかな。どうです?見てみますか?森川さん、あなた大丈夫?ねえ森川さん、おーい熊野くん、ちょっと!」

 楓はその後の記憶がない。

 診察中に極度の貧血で倒れたらしい。病院側は、手帳に書かれていた妹の電話番号に電話し、迎えにきてもらえるよう要請した。駆けつけた妹に対して医師は、

「お姉さんが落ち着いたら、もう一度来るようにお伝えください。」

とだけ言ったという。

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