第3話 記憶泥棒の正体と謎のおねーさん
「誰かに追われてるの?」
「聞いてくれるか? わしな、捕まっとんったんや。それが酷い扱いを受けてなぁ。隙を見て逃げ出してきたんや」
「何やったの?」
「大した事しとらへんで? ちょっと人の記憶を盗んだだけや」
人の記憶を盗む……。思わず僕はその言葉を自分に当てはめてしまった。そもそも記憶なんて盗めるはずがないのに。
僕が固まってしまったのもお構いなしに、緑のバケモノは話を続けた。
「記憶は金になるんや。ただし御法度やねんな。あの時ヘマしたんは痛かったなぁ……」
「……」
「まぁそんな訳で、ほとぼりが冷めるまでここで匿って欲しいっちゅー訳や」
「まさか、僕の記憶も……」
「あははははは」
リチャードは僕の質問を笑ってごまかした。怪しい。怪しすぎる。立場の悪くなったスライムもどきは、部屋に同化しようと体の色を馴染ませていく。
きっと今までそうやって部屋に潜んでいたのだろう。カメレオンのように気配を消して油断していたところで、僕の記憶を盗んでいた――そう、こいつが犯人。
「あっ」
僕が考え事をしていたその一瞬で、リチャードは完全に見えなくなってしまった。しまった! 見失ったらまた記憶を盗まれる! 僕は顔をキョロキョロと動かして記憶泥棒の姿を探すものの、もうどこにも見当たらない。絶対部屋にまだいるはずなのに――。
実はこの時、保護色クリーチャーは僕の背後に迫ってきていた。さっきのやり取りも含めて、また記憶を盗もうとしていたのだ。
「そこまでよっ!」
姿を消したバケモノがおおきく振りかぶってハリセンで叩こうとしていたところを、謎のおねーさんが止める。気が付くと、部屋にもうひとり知らない人が立っていた。
ピンク色の髪をした僕より少し年上っぽい、昔のアニメに出てきそうなコスプレをしたおねーさんだ。
「げえーっ! リリム!」
保護色バケモノはすごく驚いて、叫び声を上げながら姿を表す。僕はヤツの言葉をオウム返しした。
「リリム?」
「私の名前よ! さあ観念しなさい、ポン!」
「ポン?」
「ポンちゃうわ! 今のワシはリチャードや!」
何だかよく分からないけど、この会話からリリムと言うのがおねーさんの名前で、ポンと言うのがこのバケモノの本当の名前らしい。
おねーさんはポンを追っかけてきたみたいだから、きっと捕まえに来たお巡りさんみたいな人なんだと思う。えぇと、僕はどうしたらいいのかな?
「あなた、早くこっちに来て!」
「ぼ、僕?」
「そうよ、早くっ!」
何も出来ずに戸惑っている僕の腕を、おねーさんは強引に引っ張ってその後ろに回した。えっと、守ってくれるの、かな? そっか、僕助かったんだ。
さっき僕を襲おうとしたリチャ……ポンは思い通りに行かなくてすごく悔しそうにしている。その歪んだ顔はかなりの不気味さで、まさにクリーチャーそのものだった。
「くそっ! 何でや! 絶対見つからへんはずやったのに!」
「ふっ!甘いわね! 私も生活かかってんのよ! 裏情報屋に払った分の元は取るんだから!」
「あ、あいつらを使うたんか……」
「そうよ! 給料2ヶ月分! 痛かったんだから!」
おねーさんは、目の前の脱走犯を捕まえるのにかなりお金を使ったみたい。給料2ヶ月分って、お小遣い2ヶ月分みたいな感じなのかな?
好きなものも買えずに2ヶ月分も目的のために使わなくちゃいけないだなんて、きっととても辛い事なんだろうな。僕にはちょっと想像出来ないや。
おねーさんとバケモノはしばらくにらみ合いになっていたけど、先に動いたのは向こうの方だった。
「ふん、まぁええわ。ほなさいなら……」
ポンは捨て台詞を吐き出すと、また得意の保護色ですうーっと姿を消し始める。
「あっ、逃げちゃうよ!」
「任せて!」
おねーさんはすぐに腰のホルダーから銃を取り出して、テレビで見るガンマンみたいにカッコ良く構える。ポーズはそれで決まってるんだけど、肝心の銃そのものは丸っこくて可愛らしい光線銃っぽいデザインで、ちっともすごそうじゃなかった。これで本当に倒せるのかなぁ。
「そこっ!」
狙いを定めたおねーさんが引き金を引く。予想通りと言うか当然と言うか、銃の先から発射されたのはとてもファンシーな光線だった。ぽわんぽわんぽわんと何とも気の抜けるような音を出して、光線は姿を消し始めたバケモノに向かう。
けれど、向かってくる光線に気付いたポンはヒョイっと軽く避けてしまった。
倒すべき対象を捉えられなかった光線は、そのまま僕の部屋の壁にぶつかってサッカーボールくらいの大きさの焦げ跡を作る。うわっ、壁が真っ黒だよ! それにちょっと焦げ臭い!
「ああっ!」
「あ、ごめん……」
攻撃を外したおねーさんは、申し訳なさそうな顔をする。対して、バケモノの方は得意げだ。さっきまでは姿を消しかけていたのに、おねーさんの射撃の腕が分かった途端に急に強気になって、逆にこれ見よがしにフラフラと空中を泳ぎ始めた。
からかわれたおねーさんは、もう一度カッコ良く狙いを定める。
「今度こそっ!」
ぽわんぽわんと放たれた光線はギリギリまでバケモノに向かって飛んでいくものの、またしても後ちょっとで当たるってところで避けられる。そうして、サッカーボールの焦げ跡が2つになった。
「またあ!」
「ご、ごめん……」
おねーさんはまた同じように謝罪する。僕は助けてもらってる立場なんだけど、失敗が続いたらその事も忘れちゃうよね。だって、部屋を汚しちゃったらそれは僕のせいになっちゃうんだもん。
この部屋の有様を見たら、絶対お母さんは機嫌を悪くするに決まってる。
「どーすんのこれ、おかーさんに怒られるよ!」
「あ、後で直すから!」
僕の抗議に、おねーさんは壁を直すって約束してくれた。だったらまあいいか。僕らが話をしていると、逃げ回っていたバケモノは自信を取り戻したのか、本気でおねーさんをからかい始める。
フラフラとわざとらしく踊りながらニタアって笑うと、両手を顔の横で小刻みに揺らした。
「やーい! ノーコーン!」
「誰がっ!」
この行為にキレたおねーさんは銃を構えると、今度は連続で引き金を引いた。連続でぽわぽわぽわぽわと気の抜けた音が響く。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるなんてことわざもあるけれど、意外と動きの俊敏なポンはその全ての攻撃を見事に紙一重で避けてしまった。その結果は壁一面の黒焦げの痕。
この状況に、僕はもう頭を抱えて叫ぶしか出来なかった。
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