第27話 あまみつの想い! 伸びる蒼月会の手

 真咲あまねは生良宮邸の一室で、生良宮みつばと話していた。そこで先日自分の身に起こった事……巡回中にアムニルスと交戦し、捕らわれてしまった事を伝えた。


「そんな……! ああ、あまね……! 身体は!? 大丈夫なの!?」


 みつばは本気で心配し、あまねの身体に異常がないか触れていく。それに対し、あまねは静かに頷いた。


「ん。大丈夫。もう催淫効果は解けているから」


「……それって……あまね……」


 アムニルスの催淫効果を解く手段。それは男性との行為で、自身の肉欲を沈めることのみであるというのは、みつばも知っていた。


「いったい……誰があまねと……?」


「…………。隊長」


「え?」


「昂劫隊長。あの時、どこからともなく、ボクを助けに来てくれた」


「……っ!! あ、あまね……!」


 自分が想い人と関係を持ったと知り、みつばがどの様な反応を示すか。あまねは無表情ながらドキドキした状態で、みつばの続きを待つ。


「そ、それで!? 昂劫さまは、どの様にしてアムニルスを倒したのです!?」


「……え」


 みつばの反応は少し予想外だった。あまねとの交わりより、昂劫の戦い振りに興味を持ったのだ。


 あまねはみつばが求めるまま、その時に見た昂劫の戦い振りを話していった。


「まぁ……! さすが昂劫さまですわね! わたくしの親友のピンチに駆け付け、何事もなかったかの様に危険な魔獣を倒してしまわれるなんて……!」


「うん。初めてのはずのボクの術式を、完全に使いこなしていた。あれは……」


「愛の力ですわね!」


「…………。うん、そうかも」


 みつばはあまねが無事だった事、そしてあまねを助けたのが昂劫だと知り、素直に喜びを見せていた。あまねはどこか遠慮がちに口を開く。


「そ、それでね。みつばちゃん。ボク、その時に催淫効果の影響を受けていたとはいえ、とても恥ずかしいところを隊長に見られちゃって。その。隊長も、その責任を取るって……」


「まぁ! さすが昂劫さま! やっぱり責任感のお強い方なんですのね……!」


 みつばはこれにも喜んで見せた。あまねの疑問が顔に出ていたのか、みつばは小さく笑う。


「将来の夫である昂劫さま。わたくしは親友のあまねと、同じ夫が持てて幸せです。あまね。わたくしたち、ずっと仲良くやっていきましょ」


「……うん。ボクもみつばちゃんが一緒だと嬉しい」


 みつばは自分と昂劫の関係を受け入れてくれた。これにあまねは安堵する。だが気になる点もあった。


「でもみつばちゃん。隊長はこの間まで、間叡山で助けた子がみつばちゃんだって知らなかった。それにみつばちゃんは生良宮の血を引く皇族。降嫁ってできるの……?」


 結婚してもみつばと一緒にいられたら、それはそれで良いと思う。むしろ楽しみですらある。


 だが現実的ではないのでは。そう思ったあまねだったが、みつばは不敵に笑う。


「ふふ。既にお父様には話をつけてありますわ」


「……そうなの?」


「ええ。それに。皇族と言っても、しょせんは生良宮ですもの。血に宿す式神がいる訳でもなし。本家に何かあった時の、血のスペア。元々わたくしに関しては、番いになる皇族もいませんから。術士家系への降家は決められていたのです」


 皇族の血を伝える家はいくつかある。だが皇族を皇族たらしめる力……翠桜皇国の守護を司る式神をその身に宿す血筋は、ごく一部に限られていた。


 他の家は本家に何かあった時、式神を移すためのスペアに過ぎない。


「で、降嫁先はせめて選ばせて欲しいと話したのですわ。それに。過去、不浄の魔族が触れたこの身を欲しがる家は、少ないでしょうし……」


 そう言うとみつばは、やや表情に影を差す。だがあまねはそんなみつばの手を取った。


「隊長は……絶対にみつばちゃんを不浄だなんて思わない」


「……ええ、分かっています。だってあの時も、わたくしを助けてくれたのですもの……」


 かつて魔族が触れた女。これはみつばの女としての評判に、暗い影を落としていた。


 少なくとも同じ皇族同士で結ばれる事はありえない。また伝統や格式、家としての評に傷をつけたくない名家なんかも、嫁に来てほしくないと考える。


 これがその他大勢の術士であれば、どうという話でもなかった。


 だがみつばは皇族。少しのキズでも付けば、その価値は激減する。どれほど大きなダイヤモンドも、小さなキズ一つで価値を落とす様に。


 そんな自分を欲しがる家があるとすれば、裏に何かあると勘ぐるというもの。このままでは一生独身か、あるいは皇族でありながら、家格の劣る術士家系に嫁ぐ事になる。そしてそれはみつばの父も気にしていた。


「と、いう訳で。近々、お父様と昂劫さまがお話しになられるのではないかしら」


「……そうなの?」


「ええ。よければあまねからも、それとなく話しておいてくれると、助かるのだけれど……」


 昂劫の知らないところで、また新たな歯車がかみ合おうとしていた。





「千一ぃ。……やのうて、リーダー。搬入作業、終わったでぇ」


「ありがとう、あずさ」


 翠桜皇国のどことも知れぬ場所にある倉庫。そこでは男女が会話をしていた。


「しっかしうちらも大きくなったなぁ」


「そうだね。これもみんなのおかげさ」


「今では海外から、アレも仕入れられるくらいやもんなぁ。これもリーダーのおかげやでぇ!」


「よせよ、あずさ。語学に堪能な君が、俺にいろいろ教えてくれたからこそさ」


 女性からリーダーと呼ばれた男は、長身細見という外観だった。年齢は20代半ば。目元は落ち着いており、優しそうな雰囲気を感じさせる。


「……と。華矢からメールや。……どうやら上手くいったみたいやで」


「……へぇ。すると本当にアレが手に入ったのか?」


「せやろ。リーダー、あれ盗ませてどないするんやぁ? ……はっ、まさか!? う、うちに使うつもり!?」


 そう言うと女……冬地あずさはおどけた様子で自分の身体を掴む。それに対し、リーダー……堂馬千一はにこやかに笑みを浮かべた。


「それも良いね。今度試してみるかい?」


「えぇ、本気!? ま、まぁ、うちは千一がそれでヤりたい言うんやったら、かまへんけど……」


「はは。まぁ実際俺たちで使うにせよ、まずはテストをしてからだね。丁度欲しがっている奴も多いしさ」


「ああ。アレ欲しがる奴多そうやもんなぁ。どれだけ不感症の処女でもイチコロやー、言うもんなぁ」


「アムニルスの分泌液だね。でも俺たちはそれを使い、ちゃんとしたドラッグに精製できる……」


 ただの危険な成分も、それを精製することによって、強力な薬にも危険な薬物にもなる。

  

 堂馬千一はアムニルスの分泌液を元に、依存性の高いセックスドラッグを作ろうと考えてた。作り方のデータはこの間、海外の犯罪魔術師から受け取ったばかりなのだ。


「高く売れるやろなぁ。しかしあいつらも、よくうちらに商売の種を渡してきたなぁ」


「ああ。どうやら向こうでは、国と相当大きな衝突があった様でね。いくつも拠点が潰されたって話なんだ」


「ふーん?」


「で、予備のつもりで、海外に生産拠点を作ろうとしたのさ」


「なぁるほど! そこをリーダーが話を付けて、うちらの商売にしようとした訳やな!」


「そういうこと。向こうも一から地盤を作るより、元々ある地盤を活かした方が、話が早いだろ? 俺たちには犯罪術士集団としてのシンパシーもあるしね」


「これも蒼月会の名が売れたおかげやなぁ!」


 堂馬千一は翠桜皇国で名を馳せる犯罪術士集団、蒼月会のリーダーを務めている。


 蒼月会は最近、とある海外の犯罪魔術師集団と関係を結び、増々その影響力を増していた。


「でも外国はすごいなぁ。この間のアレとか、どないなってんのか分からへんかったもん」


「アムニルスが入っていた呪具だね。魔族が持つ技術という話もあるけど……」


「さっすが海外。皇国じゃまず出てこやん発想やね」


 予定ではアムニルスは、とある地区で成長を遂げるはずだった。だがどういう訳か、アムニルスの発生はまったくニュースにならなかった。


 八嘉は失敗したのか……と思ったが、そこでとある情報が入ってきたのだ。アムニルスの死体を、警察機構が回収したと。


 つまりアムニルス自体は解き放たれていたが、誰かがさっさと片付けた事になる。魔獣災害アラームもならない状況で、どうしてそれが可能だったのか。謎は多かった。


「でも警察機構内部にも、ロリコンがおって助かったなぁ。おかげでうちらの仕業と分からず、アムニルスの触手の一部を盗めたんやから」


「竹取隊……って言ったっけ。九条院かぐやの非公式ファンクラブだとか、親衛隊とか言われている……」


「そうそう。ああいうネットワークは意外とバカにできひんよねぇ。華矢はあとで精製したドラッグを渡す事を条件に、触手を受け取れたみたいやわ」


「竹取隊も精製したドラッグを、自分たちの欲望のために使ってみたいだろうしね。いずれにせよこれでドラッグのテストはできるし。宣伝用の動画も撮れば、デモンストレーションとしては十分だろう」


「やね。欲しがる人は政治家や社長、中には術士にも出てくるんとちゃうかなぁ」


 一度でも使われれば、それは噂となって直ぐに広まる。中には蒼月会にコンタクトを取り、こちらの言い値でも買い取りたいという者も出てくるだろう。


 海外の犯罪魔術師グループにフィーを払う契約ではあるが、それでも生み出される利益は絶大だ。


「ま、俺は金が好きだからね。金を出すのなら、相手は誰でもいいさ」


「さっすがリーダー! うち、これからもついてくでぇ!」

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