第26話 九条院かぐやという少女! 芸能活動引退に向けて

「ああ……か、かぐや、ちゃぁあん……」


 暗く狭い部屋で、男は動画を見ていた。映っているのは可憐な1人の少女。九条院かぐやだ。


 モニターの中でかぐやは、水着を着て元気にはしゃいでいた。


『はい、おにーちゃん! これあげる!』


 そう言ってかぐやは、カメラに向かってドリンクを差し出してくる。男は脳内でそれを受け取り、海辺でかぐやと過ごすひと時を描いていた。


「かぐやちゃん……! 竹取隊隊長として、これほどの名誉はありませんぞっ……!」


 竹取隊。それは非公式のかぐやファングループだ。男は竹取隊の創設者だった。


 初めてかぐやを見たその時から、積極的に布教活動を続けてきた。竹取隊も人が増えた。


 術士で芸能活動をしている者は、いない訳ではないが珍しい。そしてそのほとんどが何かしら術に関連する専門家系のタレントなのに対し、かぐやは歌を出したりドラマに出たりと、純粋に芸能人として活動していた。アイドル方面の活動も積極的だ。


 しかもあの皇国四大術士家系の1つに名を連ねる、本物のお嬢様。現役中等部学園生でもある。


 有象無象のアイドルたちにおいて、最初にその原石を見つけたのは自分だという自覚があった。今のかぐやの人気は、最初期から応援してきた自分の成果だと自信もある。いわばかぐやと、二人三脚で歩んで来た歴史なのだ。


 だというのに。


「うそだよね……引退なんてさ……」


 突然発表されたかぐやの引退。訳が分からなかった。


 人気は今も変わらず上昇中、まだまだこれからのはずだ。一体何故。男の脳裏には様々な憶測が浮かんでくる。


「まさか……ライバル事務所から脅されている……!? いやいや、それともまさか……まさかまさかまさか!? お。おおお、男が、でき、でで、できた!? まま、まさかね!?」


 だがもしそうだとしたら。これは竹取隊に……自分に対する裏切りだ。かぐやには何か制裁を与えなければならなくなる。


 何せ自分のこれまでの応援、その全てを無に帰させたのだから。


「…………」


 男はスマホを操作し始める。そして竹取隊の中でも、限られた者が参加しているグループにメッセージを送った。


「ぼくの事を裏切ったんなら……ゆる、ゆ。ゆるさないよ、かぐやちゃぁあん……!」





 九条院かぐや。由良坂学園中等部に所属する、将来高ランク術士を目されている少女だ。


 彼女は今日、普段は肩まで伸ばしている髪の毛を、二つ結びにして可愛らしい服を着ていた。


「すみませぇん、遅れちゃってぇ」


「いいよいいよ! 学園帰りだもんね!」


「そうそう! あ、喉渇いてない? これから収録だし、しっかりコンディション整えて!」


 九条院かぐやは、自分という人間を非常に高く評価していた。


 まずは生まれた家。これは誰も文句の言い様がない。術士の中の術士、皇国四大術士家系の1つ、あの九条院家だ。


 他家とはまた一線を画している。特に先代が借金を抱えた伊智倉家とは、同じ土俵で評価して欲しくないと考えている。


 そして術士としての素養。これも満点だ。同学年にかぐやを超える素養を持つ者はいない。


 1つ下の真咲あまねはとても優秀だが、そもそも術士としてのタイプが違う。あれもそもそも同じ土俵で比べるものではない。


 そしてルックス。これは満点を超えている。まだ成長途中のため、出るところは出きっていない。身体は年齢的なものがあるので仕方がないとはいえ、顔は完璧だ。


 客観的に見ても文句のつけようがない、とても可愛い美少女。どんな服も髪型も似合うだろう。


 九条院かぐやという人物は、自己評価の高さと自信を持つ少女であり、承認欲求も強かった。


 自分で自分を高く評価するのは当たり前。でもそれだけでは足りない。他人から常に評価され続けたい。ほめられたい。見てもらいたい。自己肯定感を高めて欲しい。


 芸能活動もその一環……自分の承認欲求を満たすことを目的に始めたことだ。


 そして計算通り、世間は九条院家に名を連ね、高い素養を持つ自分を放っておかなかった。


 身体の成長度合を考えると、高等部になる頃には、翠桜皇国で一番人気のタレントになれるだろう。その確信もある。


 もっとも、これは家から禁じられたので、訪れない未来なのだが。


「ありがとうございまぁすっ!」


 手渡されたドリンクを受け取り、男性に笑顔を見せる。男性は弛緩した表情を見せた。


 そう、これが普通の反応。男なんてみんなこの程度。完璧な自分が少し微笑んでやれば、簡単に篭絡できる。そして自分に喜んでもらうため、さらに尽くしてくる。


(男だけじゃないわ。女だってそう)


 人としても、術士としても、大体の人間は格下である。何せ自分は将来、確実にSランク術士に手が届く人間だからだ。


 いずれ政治家や社長、あらゆる術士が自分に付き従う。その確信があった。少し前までは。


(…………)


 少し前から始まった魔獣課での活動。最初は自分の経歴を彩るだけのキャリアだと考えていた。


 しかしここで自分の……いや。術士として常識の埒外にいる男を目の当たりにした。隊長の昂劫和重だ。


 昂劫家が栄えていたのは随分と昔の話。今はたいした術式も継承されていない、名前だけの家。


 隊長本人も職位でEランクに上がっただけの、何のとりえもない術士。典型的な凡人、その他大勢の1人。そう思っていた。


(将来Sランク術士の頂点に立つ私だけど。そのためにも、何とかお兄ちゃんの術式を解明したい)


 昂劫の扱う術が強力なのは分かる。信じられないが、男性でありながらSランク相当だ。


 術士としては、今の自分……いや。もしかしたら10年後の自分でも敵わないかもしれない。


 だがそれはかぐやのプライドに刺激を与えた。


(芸能活動を止めれば、魔獣課の仕事に専念できるし。どうにかあの術を、私も使える様にならないかな……)


 かぐやが他の3人と違うのは、こういう点に出ていた。彼女は将来術士のトップに立つにあたり、昂劫の術を自分も修めたいと考えていたのだ。


 だが本人はいつもはぐらかすし、そもそも自分の術式を簡単に他者に明かすとも思えない。

 

 このタイミングで芸能活動を引退しようと思ったのは、昂劫の扱う術にも関係があった。そして。


(いつの間にか私以外の全員、お兄ちゃんと関係を持っちゃってるし。男嫌いのめぐみちゃんまで)


 そう。最近の魔獣課活動において、1人だけ少し疎外感を感じていたのだ。これもあり得ない事だった。


 これまでどんなグループでも、自分がいれば華やかになるし、いつも自分を中心にコミュニティが作られていく。間違ってもはぶられたり、疎外感とは無縁の存在。そのはずだった。


 それなのに、今の魔獣課では自分が疎外感を感じているのだ。しかも昂劫も、その視線は大体自分以外の3人を追っている。


 あり得ない。男であれば、みんな自分を追いかけるはずなのに。これでは本当に、自分だけはぶられている様ではないか。


(……ゆるさない。私が側にいながら、私に夢中にならない男がいるなんて)


 魔獣課の仕事に専念し、昂劫の視線を奪い、3人にも勝ってみせる。これも引退を速めた理由の1つだった。


 これまであらゆる手段で強い承認欲求を満たしてきたかぐやは、昂劫に自分が一番だと思わせないと、今以上に自分の欲求が満たされる事はないと自覚していた。


「かぐやちゃーん! 時間です、お願いしまーす!」 


「はぁ~い!」


 気を取り直して服装を直す。髪に乱れもない。


(さてと。ロリコンどもの需要に応えてあげますか)


 そもそも大衆から視線を集めるのは好きな方なのだ。それができるのも、自分が完璧なルックスと生まれを持つ九条院かぐやだからこそ。その他大勢の術士にはできないことだ。


 少女は今日も、自分の承認欲求を満たすために芸能活動を続ける。

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