第21話 犯罪魔術師と皇国術士! 復讐者の置き土産
「ふん……しょせんは犯罪者。正規の術士になれん半端者」
島崎の前には、スインを除く3人の男の死体が転がっていた。だが八嘉もスインも追い詰められた表情は見せておらず、それどころか余裕すら浮かべている。一方で葛本は。
「し……! しまざき、さん……!」
島崎に希望を見出していた。やはりこの国で、術士に逆らえる者などいない。彼らは翠桜皇国守護の要。
普段は金の無心にうるさいが、こういう時は一番頼りになる。それでこそ、これまで金を払い続けてきたかいもあるというもの。
「ふふ……葛本くん。喜ぶのはまだ早いとも。……スイン」
「ああ。ところで八嘉さん。この後は予定通りに動くのかい?」
「そのつもりだ」
「ではあの術士も餌に使うといい。ありゃ期待外れだ。海外で売り飛ばしても、二束三文にしかならん」
たった今、目の前で3人の犯罪魔術師を殺して見せた島崎。その様を見て、スインは期待外れと称した。
「……そうなのかい?」
「ああ。翠桜皇国と海外では、術において重きがおかれているポイントが異なるんだ。翠桜皇国はどこか一点に突き詰めた術や、反対に汎用性の広さなど、魔力の扱い方が多岐にわたっているが。海外で求められてるのは、いかに戦闘時に有用な術か。ここが重要だ。その点でいくと、島崎の術式。ありゃ落第点だ」
目の前で家に伝わる術式を小ばかにされ、島崎は目を細める。
「その落第点の術に、お前の仲間は殺されたのだが?」
「こいつらはここでくたばるなら所詮そこまで。このあとに始まるパーティーの餌に使うつもりだったのさ。ま、とにかくよ。ここからは俺が特別に相手をしてやるよ」
そう言うとスインは腰を落として身構える。島崎は脳内でこれまでの3人と同様、超高速で移動し、そのままスインを斬り捨てるイメージを描く。そして。
「フッ!」
島崎の姿が消える。瞬き一回に満たない、超短時間での移動。慣性に任せた太刀がスインを斬るべく迫ったところで。
「ぶべ!?」
突如発生した光の盾に、島崎は正面衝突を起こした。
「光り輝く白盾。お前では打ち破れない……よっ!」
そのままスインの剛腕が、島崎の右腕を掴み取る。そして力任せの握力で腕の骨を折り、刀を手放させた。
「ぐああああ!?」
「ほぉら、くらいな!」
流れる動作で島崎を引き寄せ、その顔面を思いきり殴り飛ばす。島崎は鼻の骨を折られ、地面を転がった。
「がはぁ!? な……!? ば、かな……!?」
魔力を扱う者と、術士の違い。それは魔力を単にエネルギーの塊として活用せず、独自の式にあてはめ、新たな現象を生みだせる者。それこそが術士であり、魔術師だ。
スインの部下たちは確かに魔力を持っていた。そして身体能力を強化したり、魔力の塊を放つことができた。だがそれ以外に魔力の使い方を知らない。
一方でスインが見せたのは、間違いなく魔術だった。ただの犯罪者では持ちえない力。あり得るとすれば。
「貴様ぁ……! 魔術師崩れか……!」
「どうかな? 犯罪者に転落した魔術師から術を学んだのかも知れないし、売り飛ばされた魔術師から無理やり奪い取った術かもしれないぜ?」
いずれにせよ家に伝わる術というのは、自主的な努力で他に洩れない様にしているに過ぎない。やろうと思えば譲り受けることも、奪うこともできるのだ。
もっともどんな術式であれ、十全に扱える様になるまでは、相当な訓練が必要になるのだが。そのため同じ術でも、子供の頃から修練を積める環境にいたか、成長してから修得したかで練度も異なる。
「ちなみに今のは、よくある障壁術に少し改良を加えたものだ。発生の瞬間がまったく分からなかっただろ? そしてこれが……! 俺の血に刻まれし術……! 遊びとは違う、戦闘のための術式だぁ……!」
スインの全身が鋼鉄の様な色と輝きで包まれていく。
「くく……。それじゃ島崎。お前に戦闘用魔術のなんたるかをレクチャーしてやろう」
■
決着は直ぐについた。島崎の攻撃は何をしても、スインの身体に傷一つ負わせられなかったのだ。
八嘉の足元には戦闘に巻き込まれ、スインに頭がい骨を踏み砕かれた葛本の姿があった。
「すみませんねぇ、八嘉さん。せっかくのあなたの復讐を邪魔してしまった」
「いいとも。どうせ始めから殺す気だったのだしね」
八嘉はスマホを取り出すと、指で操作を始める。
「……報酬の残りは指定の口座に振り込んでおいたよ」
「お、ありがとうございます。……残るので?」
「ああ。明日には私の動機や、葛本と島崎がやってきた事が明るみに出るだろう。ここからは、どれだけ巻き添えを増やせるか。それだけだね」
「破滅願望強めの復讐者……か。魔力を持っていなくても、この手の人は敵になると厄介だ」
スインは八嘉に対し、惜しみない称賛を述べる。これは覚悟を決めた男に対するものでもあった。
「ちょうどここには、魔力を扱える者の死体が4つある。アレを成長させるには十分でしょう」
「そうか……そう言えば君もアレを知っていたんだったね」
「向こうじゃ特殊な薬を作る材料にも使われてますよ。女をひたすらよがり狂わせる薬の原料に、ね」
初めて聞いた情報に、八嘉は僅かに驚く。翠桜皇国では、アレを材料に何かを作ろうという発想は出てこない。
「驚きました? 向こうは一部、魔族との取引もありますから。八嘉さんが手に入れたソレも、元はと言えば向こうの技術だ」
「そうか……いや、そうだね。こんなもの、まず作れるとは思わないからね。……それではスイン。お別れだ」
「ええ。では、良き復讐を」
そう言うとスインは窓から飛び降りて行った。フロアに残ったのは八嘉のみ。そこで彼は、先日蒼月会との取引で手に入れた、黒い円柱状の物体を取り出す。
「…………ああ。もはや、すべてが。どうでもいい……」
この世に未練はない。八嘉は聞いていた通りの手順通り、その封印を解いていく。
そして。円柱状の物体が砕け散り、中からはバランスボールくらいの大きさの肉塊が出てきた。
「おお……なんとグロテスクな……」
明らかに円柱状の物体には収まりきらないサイズ。だがその肉塊は確かにそこから出てきた。
肉塊はしばらく蠢いていたが、やがていくつもの眼球を覗かせる。それらの眼は、前方に転がる男たちの死体を捉えた。そして。
「……っ!!」
肉塊からいくつもの触手が伸びる。触手は男たちが既に死んでいると確認すると、口や肛門にズブズブ入り込む。そして中身からどんどん食らいつくしていった。
「これが……アムニルス……。触手の王か……」
アムニルス。翠桜皇国では確認されていない、海外にのみ発生している魔獣である。
翠桜皇国と海外では魔獣の脅威度算定に違いはあるが、アムニルスは海外でも非常に危険な魔獣として知られていた。
発生した直後であれば、それほど大した問題はない。遠距離から強力な術を叩き込めばそれで終了だ。
だがこの魔獣は、人の肉や術士の体液を吸って成長するという特性がある。成長したアムニルスは一気に討伐難易度が上がる。それはこの魔獣の触手が持つ性質と、そこから分泌される特殊な液体に原因があった。
八嘉の眼前ではアムニルスが男たちを食らい、どんどん大きくなっていく。やがて男たちを食らいつくしたアムニルスは、葛本と朝菜、そして八嘉にも目を向ける。
「くく……くくく……はーっはっはっはっは!! いいぞ! 何が術士か……! 自分たちを特別だと思い込んだ愚か者どもめ……! 術士に特権を与える国など、滅んでしまえばいい……! ゆけ、アムニルスよ……! 私を食らい、この国の術士たちを滅ぼすまで成長するのだ……!」
八嘉は長く復讐に憑りつかれていた。そしてその長い時で、復讐の対象はより広がっていく。
今では島崎だけではなく、翠桜皇国の術士そのものが憎くなっていた。また島崎の様な術士を生み出した、現在の翠桜皇国の体制も許せない。
八嘉は狂気で歪んだ表情をアムニルスに向ける。そして。葛本と朝菜同様、無数の触手が全身を覆った。
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