第20話 全てを失った復讐者! 蹂躙される少女とあまねの違和感

「とまぁ、これが君の父がした事でね。もう5年前か……。懐かしいねぇ、葛本くん」


 八嘉貿易はその後、葛本が社長となった。だがその後すぐに売り上げは落ちた。


 これまで取引していた諸外国の商売人たちは、取引相手が八嘉だからこそ応じていたのだ。新たな社長には何の縁もないと、どんどん取引は打ち切られていった。


 葛本は事業方針の転換を余儀なくされ、多くのリストラを行う。そして昔より会社の規模を小さくしつつ、何とか今も存続していた。


 今では立派なオフィスも持っておらず、中心地から少し離れた古いビルの2階に、小さな事務所を持っているのみだ。


 今日は祝日ということもあり、ビルは閑散としていた。しかもこのビルは4階建てだが、使われているのは1階と2階のみ。3階と4階は空いている。本来なら誰もこないはずの場所。


 そのビルの3階では、八嘉と彼の周囲を固める4人の屈強な男たち。そして椅子に括り付けられ、口に布を咥えさせられている葛本。


 最後に、男に身体を押さえつけられている少女の計7人がいた。


「お、おとう、さん……。い、今の話って……ほ、本当、なの……?」


「ムーーーッ、ムーーーー!!」


 葛本は目に涙を浮かべながら唸る。それを見て八嘉は心地よさそうに笑った。


「朝菜ちゃん……だったね。ああ……私の娘も君くらいの年齢の時に、お父さんの手で誘拐されてねぇ。そこからはさっき話した通りさ。狭い車内で代わる代わる多くの男たちの慰み物にされてねぇ。結局娘は死んだよ。まともに食事ができなくなってね。何とか点滴で栄養を供給していたんだが……。ついこの間の話さ」


「……! そ、そんな……! ね、ねぇ、おとう、さん……! う、うそ、だよね……?」


「ムーーーーーー!」


 八嘉はゆっくりと葛本に近づく。そして椅子に拘束されて動けない葛本の肩に手を置いた。


「島崎にも招待状を送っておいたからね。しばらくしたら来ると思うんだが。しかし待っていても仕方ない。ああ……葛本くん。私が今日という日をどれほど待ち続けたか分かるかい? この日のために、どれだけ私財投げ打ったと思う? 何と全財産だよ。この歳になって全財産使い果たしても、成し遂げたい目標ができるなんて。想像もしていなかったよ」


 葛本も最初こそ調子にのっていたが、経営が傾き多くの社員が去るなかで、改めて八嘉の凄さを実感していた。


 今では自分の判断は誤っていたと感じている。そうしてここ数年は心を入れ替え、真面目に会社存続のために走り回り、時に社長自ら汗をかいて営業をしてきた。それらは若い頃に八嘉がしていた事でもあった。


 そしてその甲斐あって最近、ようやく業績が安定し始めていた。これからだ。これからかつての規模まで会社を復活させられる。それも自分の手で。


 その充実感と、家族がいる幸せに、過去の自分の行いが霞んでいった。そしたら今日。その過去は、牙を剥いてきたのだ。それも最悪の形で。


「スイン。始めてくれ」


「お、いいのか? いやぁ、今日という日に備えて、俺たち全員オナ禁していたからなぁ!」


「おう! 楽しみだぜ!」


 屈強な4人の男たちは、全員外国人だった。彼らは八嘉がその私財を投じて雇った、海外の犯罪魔術師だ。


 蒼月会との縁もあり、たまたまこの4人を雇う事ができたのは運が良かった。いや。葛本にとっては最悪だった。


 

◼️



 何時間続いただろうか。空きビルのフロアはひどい匂いでむせ返っていた。


「もしもーし、朝菜ちゃーん? ……ありゃ。こりゃもうダメかな」


 床に伏せる朝菜は、もはやピクリとも動いていなかった。身体のいたるところに噛まれた痕があり、あらゆる箇所が男たちによって徹底的に壊されたのだ。


 一連の様子を見ていた八嘉は満足気に頷き、葛本が咥えていた布を取り外した。


「どうだい、葛本くん。かつて私が感じた気持ちの1割でも共感できていると嬉しいのだが」


「……さい」


「ん?」


「ゆ、ゆるして……ください……。八嘉社長……ぼ、僕が、間違ってました……。お、お願いです……これ以上は……」


 娘が壊されていく様を、ずっと見せつけられていたのだ。葛本の心ももう限界だった。


 今ほどかつて八嘉を追い落とした事を後悔したことはない。あの時は自分の才覚を疑っていなかった。邪魔な創業者を追い落とし、術士との繋がりを経て会社も儲けもさらに大きくできる。そう信じていた。


 そうして思い上がった結果がこれだ。自分の行いが返ってきたというのは理解している。葛本はもはや精神的に完全に屈していた。


 その様子を見て、八嘉は朗らかな笑みを浮かべた。


「どうやらきちんと反省できたようだね。でもね。智世は……もっとつらい思いをしていたんだよ。あれから家から一歩も外に出られなくなったし、車の音を聞いただけで恐怖を感じる様になってしまった。そうして心も身体も衰弱していき、とうとうその短い生を終えたんだ」


 八嘉は、表情は穏やかなまま、葛本の髪を掴み上げる。


「君には智世と私が受けた傷を、倍にして返さなくては気が済まない。全財産使ったと言っただろう? 私は自分の人生を、今日終えても構わないという覚悟できた。いや、今日で最後にする気だ。君には最後まで付き合ってもらうからね……!」


「ひ……」


 しかしそのタイミングで、新たにオフィスに入ってくる者がいた。島崎波江だ。


 島崎は今も葛本から、定期的に金を受け取る間柄だった。葛本としても自分の犯罪を知られているので、経営が苦しいながらも関係を断てなかったのだ。


「これは……」


 島崎は差出人不明の招待状を受け取っていた。内容は金と海外の術式に関するものであり、怪しい招待状ながらも島崎の興味を引くのに十分だった。


 それに指定された場所を考えれば、葛本絡みで何かあるというのは分かる。


「海外の魔術師が使う術式の譲渡や、金の工面……。そう上手い話があるとは思っていなかったが、なるほどな」


「おお、島崎。来たか」


 新たな来客に、八嘉は立ち上がる。スインたちも下半身が満足したのか、全員服装を直していた。


「八嘉さん。彼が話していたターゲットかな?」


「ああ。彼は皇国の術士家系の一つ、島崎家の男だ。それなりに金になるだろう?」


 家に代々伝えられる術式は、基本的に血族以外には仕組みが伏せられている。稀に他家に上位互換の術式を開発された家なんかは公開してたりもするが、珍しい話だ。


 そして翠桜皇国の術士は、海外の魔術師と比べるとやや独創的な術を扱う者が多い。これは見方を変えると。


「データは見た。島崎家に伝わる術式の名は化肢豹駆。主に脚部を中心とした身体能力の強化だが、特徴的なのは足そのものを獣の脚部に変化させる……だったか。十分金になりそうだな」


 珍しい術式を保有している者は、それだけで価値がある。犯罪魔術師組織に売り渡されれば、あらゆる手を使ってその術式を奪い取るだろう。


 スインたちは先ほどまで見せていた表情とは違い、今は真剣そのものに変貌していた。


「ふん……八嘉。犯罪者を雇って復讐か。随分と堕ちたもんだな」


「きみがそれを言うかね?」


「くく……面倒な義務が発生するから、昇格試験は受けていないが。俺はAランク術士相当の実力を持っている。こんな碌に魔力の何たるかを学んでいない様なクズ犯罪者如き、いくら集めたところで俺の敵ではない」


 何より、犯罪魔術師如きに背を向けるというのは、島崎の術士としてのプライドが許さなかった。


 島崎はここでさっさと4人を始末しようと考える。そして八嘉を警察に渡せば、葛本に恩が売れる。今後はより金を寄越してくるだろう。そう計算していた。


「おいベップ」


「へい」


 スインにベップと呼ばれた男が前に歩み出る。ビルの3階は使われていないため、ワンホール丸々空いた広い空間だ。その空間で2人の男が対峙した。


「なんだ? まさかお前1人で俺とやるつもりか?」


「へへへ……」


 ベップの薄ら笑いに島崎は青筋を立てる。そして。


「……あ?」


 ベップの右腕が飛んだ。そのすぐ側には、刀を抜いた島崎の姿がある。その足は豹のものに変貌していた。


「ふん……雑魚が……!」





 真咲あまねは、自分に振り分けられた地区を巡回していた。時折自分の眼で視ながら、魔力の流れによどみが発生していないかを確認していく。


(異常……なし)


 あまねの眼はいわゆる魔眼と呼ばれるものだった。力を集中させれば人や大気、物に宿る魔力をある程度視る事ができる。


 ほとんどの人にとって、魔力とは見るものではなく感じるものだ。この類の眼を持っている者は珍しいが、霊具関連の開発や、新たな術式の創造性に富む者が多いという特徴がある。


 元々術そのものが好きなあまねは、自分が魔眼を持って生まれた幸運に感謝していた。


 この分だと今日も何も何事もなく終わりそうだな。そう考えていたところで、スマホが震える。


(……隊長からだ)


 スマホには昂劫からのメッセージが送られていた。自分も巡回するので、何かあったら連絡してくれと記載されている。


(今日で最後だし。この地区を担当している魔獣課の隊長に、義理を果たしているのかな)


 今、あまねは戦闘スーツの上から制服を着ている。巡回任務の時は、戦闘スーツ着用を義務付けられている訳ではない。


 だいたいみんな私服で回っているか、たまに下に着用しているくらいだ。しかしあまねはいつ魔獣災害に遭遇しても、常に十全な状態で向き合える様に意識していた。


 そしてそのために、戦闘スーツとセットの脚部サポーター……ツヤツヤなニーソックスを、なるべく普通の私服に見える様な素材とデザインで作ってもらっている。あまねの戦闘スーツは一部自主制作だった。


(……男の人はいいなぁ。こんな格好しなくて済むし)


 あまねは普段あまり感情を表には出さないが、戦闘スーツの恰好に関しては、人並みには恥ずかしいと思っている。


 だが術を操る素養は女性の方が高く、より細かな魔力の制御や能力の向上のためには仕方がないと考えていた。


 一方で男性は、多少薄着にしたところで大きく変わらない。とはいえ、男術士も薄着の傾向はあるのだが。


(そういえば隊長は。特に薄着でも何でもないのに、見た事もない高度な術を操ってみせた。あの式神の様な術式。普通の術士家系ではまず出てこない発想。直接視た私でさえ、その原理はまったく分からなかった)


 長く家に伝えられている術式は、代々改良が加えられ続けている。そのため魔眼で術式を見たところで、一朝一夕に真似できるほど単純ではない。


 しかしおおよその仕組みや仮設は立てられる。だが昂劫の見せた術に関しては、まったくその糸口がつかめなかった。


(やはり隊長の使う術は特別。私たちとは根本的に違う……? ……いけない。また隊長のことを考えている)


 ここ最近、あまねの興味と好奇心は昂劫の術に向いていた。暇さえあれば昂劫のことを考えている。


 あまねは意識を切り替え、巡回を再開する。異変を捉えたのはその直後だった。


「…………?」


 魔力の淀みは視えない。魔獣災害が発生した様にも思えない。だというのに、魔力のざわめきの様な気配を感じとる。


 あまねの足は、その気配の元へと向かっていた。そしてとあるビルを視界に入れた時。感じていた違和感の正体を理解する。


(術が発動した気配……! 誰かが、戦っている……?)


 確信はない。あまねはより詳細な情報を収集しようと、慎重に足を進める。

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