第16話 オフィスに集う4人! かぐやの嗅覚

「丁度いい。2人にも意見を聞きたい」


「珍しいね、あまねちゃん! うん、いいよ〜」


「何の話をしていたのですか?」


 止める間もなく、あまねは俺がかつてみつばを救った時の話をする。


 そうか、あまねは家柄上、皇族と会う機会は多い。それにみつばとは同い年だって言っていたし、公私ともに話す機会が多いのだろう。その時に、自分の上司になった俺の話を聞いた……か。


「3年前にそんなことが……」


「お兄ちゃん、7人の魔族相手にそんな大立ち回りしたの!? ……でも変態さんなのは相変わらずか~」


「いやいや、そこは誤解だって……」


 確かに昨日は、かぐやからもらった水着の映像を見ていたがな! はぁ、一度でいいから、白マイクロビキニを着たかぐやちゃんを見てみたい……。


「双剣魔公のウィーロンと言えば、魔王直参の幹部の中でも、かなりの武闘派で知られる魔族ですね。Sランク術士でも複数人で相対して、どうにか犠牲を払いつつ撃退できる……というレベルの相手ですけど……」


「あー、でも3年前だし。その時は今ほど強くなかったのかも知れないだろ? それにあの時は、別に正面から戦っていた訳じゃないし。奇襲、だまし討ち。そんなこすい手を使って、何とか姫様を連れてその場を離れられたんだよ」


 まさかこのタイミングで、あの時の話が出るとは思わなかった。俺自身、忘れかけていた出来事だ。だが今日のあまねは追及が激しかった。


「みつば様はおっしゃっていた。自分とキスした瞬間、隊長が自分の術式を自在に操ってみせたと」


「え……」


「みつば様の術式って……」


「そう。生良宮家が代々改良を加えてきた特殊術式。地樹命吹術」


 術は主に2つに大別できる。1つは、魔力と親和性のある者であれば、大体の者が扱える術。身体能力強化や、魔力の塊を飛ばしたりする力だ。


 そしてもう1つ。それは先祖が作り上げた術式を、家が秘伝として代々伝えている術。これらは一般的な術式に比べると、特異性の高いものが多い。


 もっとも、時代の流れと共に他家が上位互換の術を開発する事も珍しくないので、この辺りは必ずしも優れた術とは限らないのだが。


 現在の皇国四大術士家系は多くの術士家系において、特にその術式が優れたものだと評価されている家になる。


「待って。おかしいわ。地樹命吹術は普通の術式とは違って、皇族家系の1つ。生良宮家の血筋にのみ扱える術式。昂劫家であるかずしげさんが使えるはずはないわ」


「あー! 私、分かっちゃった!」


 ここでかぐやは声を弾ませ、笑顔を見せる。既に嫌な予感しかしない。


「どうしたの、かぐや」


「お兄ちゃん、ずばりアレでしょ! キスした相手の保有する術式を、自分のものにできるんでしょ!」


 嫌な予感が見事に的中した。大正解だ。


「何言ってるの、かぐや。そんな術、ある訳ないでしょ」


「さすがにそれはあり得ない。キス一つで相手の術が使えるなんて、術士の常識を逸脱し過ぎている」


「そうよね……。それに術式を手に入れても、そもそも魔力がなければ十分に操れないだろうし。かずしげさんの魔力量で、いきなり皇族が保有する地樹命吹術を扱えるとは思わないわ」


 まぁ術士の常識だとそうだろうな。だが俺が使っている術は、術士の扱う術とは全く異なるものだ。ま、いずれ話す機会もあるかもしれないが、今じゃないな。


「さて。おしゃべりの時間は終了だ。全員そろったし、今日の仕事を振り分けていくぞ」


「あー、誤魔化したー」


「給料をもらっている以上、皇国の術士としての責務を果たしたまえ。今日は2人1組で、それぞれ担当地区を巡回してもらう。で、来週からだが。隣の地区も一部、1週間担当することになる」


 全員そろっているので、今日も含めて来週の予定も共有していく。


「隣の地区?」


「ああ。その地区を担当している魔獣課が、全員1週間休むんだとよ。で、その間は俺たちも一部地域をカバーするって訳だ」


 こういうのは珍しいことではない。どこかの地区担当者が休みの時は、周辺地区担当者が受け持つ。


 そもそも魔獣災害なんて、毎日複数箇所で発生する訳じゃない。要するに緊急事態というのは珍しい。


 それに万が一の時は、Bランク以上の術士が来るまでの時間稼ぎに徹する。魔獣課とはそういう場所だ。


「へぇ~。こういうお仕事だから、長期のお休みってないんだと思ってた!」


「俺も調べたが、意外と有給消化率は悪くない部署だぞ」


「でも同じ課内の人が全員1週間休むなんて。そんな事もあるんですね」


 これも調べたことだが、1人が10日以上連続して休むことも割とある。だが確かに、全員でそろって休むというのは珍しいかもな。


「ま、お前たちもまだ学園生だし、俺が受け持つ魔獣課の状況はだいたいどこも把握しているからな。お前たちも休みたいなら、好きに取っても構わないぞ?」


 今でさえ週に何度かは全員そろわないのだ。その点も考慮し、うちは他の魔獣課よりも担当エリアが小さい。


 隊員は全員、良家のお嬢さまかつ学園生だからな。その分、早朝や深夜対応のしわ寄せが俺にくるのだが。しかしこれは仕方ない。管理職だし、職位に合わせて年俸も上がっているのだから。


「それは嬉しいけど……。でも来週から全員休むなんて。何かあったのかしら?」


「ああ、何でも旅行に行くらしいぞ」


「え?」


「旅行!?」


 この辺りの地区を担当する魔獣課の隊長は、定期的にミーティングを行っている。そのため、最低限の情報共有はできているのだ。


「隣の課は隊長含め、全員年齢が近いんだよ。今回の様な長期休みを取るのは初めてらしいが、普段は割とバーベキューとかしているらしいぞ」


「えー、いいなー! 旅行にバーベキュー! ねぇねぇ、私たちもしようよぉ!」


 みんなで行く旅行を妄想してみる。美少女に囲まれて行くのは海か、温泉か……。いや、山でバーベキューもいいな……! 


 夜は隠れてしずくやめぐみとエッチして……。うん、悪くないな! 


 だが流石に旅行に行くのは4人、俺はお留守番だ。みんなも気を使うだろうし、俺がみんなと長期旅行に行ったら、どんな噂が出るか……。


「ね、お兄ちゃんも行きたいでしょ?」


「おいおい、俺まで付いていったらみんなも気を使うだろ?」


「べつに」


「ぜんぜん」


「気を……つかう……?」


「あ……その。た、隊長さんは年上ですけど、接しやすい方なので……」


 ……どうやら年上上司としての威厳が足りていなかった様だ。ヒゲでも伸ばすか……。


「お兄ちゃん、そんなこと気にしていたんだ! でもお兄ちゃんも一緒に行かないと、呪いの処理もできないでしょ?」


「ああ……」


 言われてみればそうだ。さすがに1週間も呪いをため込むと、俺のちんぽは間違いなく外に出歩けないレベルになっているだろう。


「ま、旅行の件はおいおいとして。今は仕事を開始してくれ」


「はい」


「わかったー。……あれ?」


「どうしたの、かぐや」


 全員巡回の準備を始める中、かぐやは首を傾ける。


「お姉ちゃん、最近お兄ちゃんの呪いの処理してないでしょ?」


「え!?」


「今日辺り呪い処理のため、お姉ちゃんは事務所に待機させるかな~、て思ってたんだけどぉ。お兄ちゃん、呪いは大丈夫なの?」


 …………。おっと。ここにかぐやたちが来る少し前まで、絶賛呪いを大放出していたとは少し言いにくい。


 チラっとめぐみに視線を向けるが、めぐみも困惑の表情を見せていた。かわいい。


 だがこの微妙な空気を、かぐやは一瞬でかぎ取る。


「あれれれれぇ? あまねちゃん、何か知ってるぅ?」


「……知ってる。でも言わないで、て言われたから。何も言わない」


 いや、あまね。それほとんど言ってるのと同じだから! 確かに忘れてくれとは言ってなかったが……! 自分が知っている事は伏せないのか……! 割と素直なタイプなのかもしれない。


「ふぅ~ん? そういえばぁ。めぐみちゃん、いつからお兄ちゃんのことをかずしげさんって呼ぶようになったのぉ? 何だか今までと違って、お兄ちゃんに対して刺々しい視線を向けてないしぃ」


「え!? そそ、そう!?」


 これまた分かりやすい反応だ。部屋に沈黙の時間が生まれる。だがもはや俺とめぐみの関係は感づかれているだろう。


 ま、いいけどね。あまねの言う通り、いずれ分かることだし。遅いか早いかというだけの話だ。そして俺はもう割り切っている。俺は立ち上がると手をパンッと叩いた。


「学園では定期的に魔力テストをしているんだろ? その時になったら分かるさ。さ、早く巡回行ってこ〜い」


「えー、なにそれぇ!」


「め、めぐみちゃん……ほ、本当に……?」


 しずくの驚きに対し、めぐみは分かりやすく顔を真っ赤にしている。最後に微妙な雰囲気になったが、4人は巡回に出て行った。

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