第14話 夜の修練場、再び! 再戦の井出句

 俺はめぐみと自分に仙術をかけ、身体をリフレッシュさせる。これでとりあえず互いに身体は綺麗になった。


「さっきも思ったけど。この術はいったい……?」


「あー、そうだな。めぐみとしずくには俺も世話になってるし……。2人には今度、ちゃんと説明するよ」


「……分かったわ」


 2人とも文字通り身体を張って、俺の呪いを受け止めてくれているしな。いつまでも隠し続けるのも、なんだか悪い気がする。


「よし……いくか!」


「ええ……!」


 俺たちは再び修練場へと向かう。相変わらずめぐみは修練着のままであり、俺の視線は自然と這う様にその身体を追っていた。ふと股間に視線が移動する。


(……さっきま激しくヤっていたんだよなぁ……。仙術をかけたとはいえ、あれは綺麗にできるのは外だけだし。きっとまだあの中には、俺の体液が……)


 つまりめぐみは、俺の体液を体内に収めたままという事だ。男としてはやはり征服欲みたいなものが満たされる。この女は俺のものなんだっていう満足感が得られる。


 そんな事を考えていたが、いつの間にかめぐみに半眼で見られていた。


「お……と。いや、これは……」


「……いいわよ、あなたになら。あなたの視線を独占できるくらい、私の事を魅力的だって思っているんでしょ?」


「めぐみ……!」


「でも。しずくは仕方がないにしても、あまり他の子は見ないでよね。あなたには……私がいるんだから」


 くぅ……!! か、可愛い……!! 第一印象とは大違いだ……!!





「それじゃあ、段取り通りにいくぞ……!」


「ええ……!」


 めぐみが修練場の出入口に張っていた結界を解く。同時に、俺は中へと足を踏み入れた。


 井出句は相変わらず意識がトんだ状態で立っていた。修練場のあちこちに魔力痕が見られる。相当暴れていた様だな。だが本人はまだ魔力が衰えていない。


「いくぜ、井出句……!」


 井出句は俺の侵入に気付くと、敵意をむき出しにしてくる。


「グルオォォォァアアアア!!」


 そして唸り声と共に、身体から魔力を散弾の様に放ってきた。しかし。


「防げ!」


 後方からめぐみの声が飛ぶ。同時に、俺の前に展開された結界が全ての攻撃をかき消した。


(すさまじい完成度の結界だな……!)


 めぐみが今使った結界術は、初歩的な術式だ。だが強力な魔力を得ためぐみは、強引に強度を引き上げた結界を作り上げた。


 ちゃんとした術式で発動させれば、もっと少ない魔力で同じ強度の結界が張れる。だがそれには時間がかかるし、魔力の緻密な制御も求められるのだ。


 そこをあふれ出る魔力をふんだんに使い、強引に術として完成させた。元々結界術が得意というのに加え、めぐみが持つ術士としての才能だろう。


「うおおおお!!」


 めぐみの結界がある以上、俺は回避を考えなくていい。真っすぐ井出句へと突っ込む。井出句は強力な魔力塊を放ってきたが、どれもめぐみが結界で防ぎきる。


「くらえええええ!!」


 そしてとうとう井出句を間合いに収める。俺は井出句の腹に手を添えると、そこを起点に魔力の流れをかき乱す。


「ブルアアアア!?」


 井出句は剛腕を放ってくるが、とっさにしゃがみ込んでこれを躱す。同時に、肘鉄を井出句のすねにお見舞いした。


「ブェエ!」


 あくまで肉体は人間なんだ。やりようはいくらでもある。井出句は体幹バランスを崩し、その巨体をよろめかせる。


「つおらぁぁあ!」


 そして下あごに掌底をくらわし、ダメ押しに回し蹴りをお見舞いした。井出句は空中を飛び、そのまま地面に激突する。


 肋骨を折った手ごたえがあった。しばらくまともに動けないだろう。たとえ意識を取り戻しても、痛みで術は発動できないはずだ。


「終わった……の?」


「ああ。多分な」


 しかし想像以上に簡単に決着がついたな。正直、俺1人ならあの雑な魔力攻撃を捌きながら、接近戦に持ち込まなければいかなかった。無傷ではいられなかっただろうし、面倒な戦いになっていたはずだ。


 だがめぐみが魔力にもの言わせた結界を展開してくれたおかげで、俺はすぐさま接近戦に移る事ができた。今回はめぐみに助けられたな。


「よし。さっさと縛って、適当に調書を仕上げよう。設定はこっちで考えるから、めぐみは口裏を合わせてくれりゃそれでいい」


「うん……。その、隊長。いろいろ気遣ってくれてありがとう……」


「一応、俺の部下だからな。当然だろ?」


 しかしめぐみ。さっきまで俺の事をかずしげさんとか、かずさんとか呼んでいたのに。冷静になって恥ずかしくなったのかな?


「さ、めぐみはさっさと着替えてこいよ」


「うん……」


「ぐぅ……! おれ、は……」


「っ!?」


 めぐみに着替えを促したタイミングで、井出句は意識を取り戻した。おいおい、タフにもほどがあるだろ。


 井出句は俺たちの存在に気付き、両目を大きく見開く。だが全身に激痛が襲い、とても立てる様子ではなかった。


「ぐ……!」


「無理すんな。肋骨も折れているんだぜ」


「まさか……ドラッグを使ってもダメだったとはな……!」


 ドラッグ……ね。蒼月会絡みだろうが……。


「ちぃ……! お前さえいなければ……! 騙されたまぬけを罠にかけ、今ごろ泣き叫ぶめぐみをレイプできていたのになぁ……!」


「何言ってるんだ? めぐみは今日、俺と格闘技の修練をするために、ここに来ていたんだ。お前との約束など元からないのに、妄想語りやがって。気持ち悪い奴だな」


「なに……?」


「別におかしな事じゃない。俺は執行官であると同時に、普段はめぐみの上司だからな。勤務時間中に手合わせくらいするさ」


「…………! そうか、お前が魔獣課の……! すると昂劫家の……!」


 そういやこいつに自己紹介していなかったな。まぁ必要ないが。


「落ちぶれた家の術士風情が……!」


「その落ちぶれた術士風情にお前は負けたわけだが。で、ドラッグってのはなんだ? お前はどこで蒼月会と関係を持った?」


「……何の事を言っているのか、分からんな」


 あからさまに嘘をついている。元々俺は、井出句と蒼月会の関係を洗うためにここに来たのだ。


 強姦致傷未遂と殺人未遂、それに危険薬物使用の罪で十分逮捕カードはそろっているが、肝心の蒼月会との繋がりがまだ見えていない。


「そんな白を切り通せると思っているのか? お前も今の執行官は、誰が取り仕切っているのか。知らない訳じゃないだろ?」


 そう言うと井出句は顔面を蒼白にし出した。


 今の特異犯罪者捕縛課を管理しているのは、数ある術士家系の中でも異質な家の出の者だ。具体的に言うと、呪術……呪いや拷問を得意としている術士家系になる。


「ドラッグは蒼月会から都合してもらったんだろ? 楽しみだな。あの人の前で、お前がいつまで正気を保っていられるのか。ま、俺はあの人にお前を突き出したら、その後はお役御免だが」


 犯罪術士に人権はない。そんなものを気にしていては、大規模災害を防げないし、術士が犯罪者になるのを防ぐ抑止力も必要だからだ。


 たまに井出句の様な奴も出るが。それだけめぐみの事を犯したくて仕方がなかったんだろう。


「めぐみ。ここはいいから、さっさと着替えてこい。いつまでもこいつに、お前の肌を見せてやる必要もないだろ」


「う……うん」


 そう言うとめぐみは修練場を出て行く。さて。


「ああ、それと。実は俺も呪いの類が使えてな」


「……なに?」


「だが効果がかなり限定的な上に、使える状況を整えるのが難しいんだ。しかも使うにせよリスクも大きい。具体的に言うと、呪いをかける対象が俺よりも魔力量が低いこと。そして一度でも俺に敵わないと感じる……つまり精神的に屈していること。加えて、対象以外には決して誰にも聞かれない様にする必要があるんだ」


 そう言うと俺は、床に伏せる井出句の前にしゃがみ込む。幸い今はその全ての条件が整っている。もっとも、最後の条件は呪いをかける条件ではなく、あくまで俺が気を付けている事だが。


 俺は井出句の髪の毛を掴むと、顔を上げさせる。そしてその両目に視線を合わせた。


「あ……」


『お前はここで、俺とめぐみが修練を行っているのを目撃した。そして俺を殺し、めぐみを犯そうとしたが、返り討ちにあった』


 記憶の一部改ざん。それがこの能力。気を付けなければならないのは、これは対象が1人に絞れず、俺の声を聞いた者にも影響が出る可能性があるのだ。


 めぐみは俺より魔力が多いし大丈夫だとは思うが、一応念は入れておきたい。何がきっかけで、どこに影響が出るかも分かりにくいのだ。そのため俺はめぐみを修練場から追い出した。


 しかも記憶の改ざんも何でもできる訳ではない。最近の出来事にしか使えないのだ。その上、複雑な指示も出せない。その割に結構力は使うので、あまり使いどころはないのだが、こういう限定的な状況では便利な能力ではある。


 井出句は俺からの能力を受けると、その場で意識を失った。これで後は俺が黙っていれば、めぐみがこいつに騙されて犯されそうになったという事実は表に出てこない。永遠に。


「隊長。お待たせしました」


「おう。よし、それじゃ行こうか」


「はい……!」


 井出句はロープで縛って修練場に転がしておく。後で連絡を入れたら、特異犯罪者捕縛課の誰かが引き取りにくるだろ。そして明日からはまた平和な学園生活が始まるはずだ。


 俺はめぐみを家の近くまで送ったが、めぐみは途中、恥ずかしそうに俺の指を握ってきたため、手を繋いで帰った。

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