第12話 井出句の切り札! めぐみの決意

「ほい、まぁこんなもんだろ」


 井出句馬句郎は床に伏せていた。しばらくは起き上がれないだろ。俺は改めてめぐみの側まで移動する。


「終わったぜ。……めぐみ?」


「え!? え、ええ……」


 どうしたんだ。少し顔が赤いみたいだが……。早く休ませてやりたいが、その前に確認は必要だ。


「めぐみ、ここで何があったんだ? どうしてお前はこんな時間にここにいる?」


「それは……」


 めぐみは少し言いよどんでいたが、観念した様に口を開いた。


「井出句家に伝わる秘伝で、私の魔力を上げるトレーニングをしてくれるって言っていて……」


「……なるほど」


 めぐみはおおよその事情を話してくれた。井出句馬句郎は仮にも指導役。教え子のめぐみとしては、本気で自分の魔力を上げてくれるものだと信じてしまったのだろう。ところが当の本人は、初めからめぐみを襲う気でいたと。


 術士は生涯をかけて、自身の魔力を高めることに心血を注ぐ。生涯を通しての課題と言えるだろう。


 俺みたいに初めから自分の魔力に見切りをつけている奴はともかく、めぐみの様に成長する素養を大きく持って生まれた者は、ずっと向き合い続ける事になる問題だ。


 そして井出句馬句郎はそんな教え子の心の隙を突き、自分の欲望を満たそうとした。他にも同様の生徒がいないか、確認しておいた方がいいな。


「た……隊長は、どうしてここに……? それにいつ、修練場に入ってきたの……?」


「うん? まぁあれだ。言った通り、俺は今、執行官のアルバイト中でな」


「執行官ってアルバイトでする職じゃないと思うけど……」


「俺もそう思う。で、井出句馬句郎にはとある容疑で警察機構から睨まれていたのさ。だが相手は次期井出句家当主だし、執行官は常に人手不足。面倒な案件は資格を持つ外部業者に割り振ろう……てなったわけ」


 当初の予定とは違う容疑でとっちめたが、これならこれで結果オーライだ。


 口実は何であれ、執行官に手渡せればそれで良い。あとは向こうが拷問なりなんなりして、余罪を追及していくだろう。徹底的に。


「もう一つの質問に答えていないわ。隊長はどうやって修練場まで入ってきたの?」


 おっと。誤魔化せないか。まぁめぐみからすれば、いきなり俺が出現した様に見えただろうしな。実際その通りなのだが。


「それは……」


「てめえぇぇえええ……!!」


「っ!?」


 唸る様な声を聞き、後ろを振りむく。そこにはさっきより深い怒りの形相となった井出句馬句郎が立っていた。完全に潰せたと思ったんだがな。


「おいおい、タフだな。腐っても格闘科の指導役か」


「……認めるぜ。どうやらてめぇは本物の執行官の様だ」


「まぁな。で、まだやるってのか? お前じゃ俺には勝てんぜ?」


 俺が一番やりづらいのは、遠距離で複雑な術式を組んでくるタイプだ。魔力を乱す事もできないし、こちらもどうしても仙術に頼る必要が出てくる。要するに戦いにかける労力……カロリーが半端ない。


 だが接近戦主体の相手は別。これは俺も簡単な仙術に加え、自前の格闘技でどうとでもできる自信がある。これでも接近戦では、ほぼ負けないという自負もあるのだ。


「……俺は魔力で自分の身体能力を強化していた。だがお前はそれほど強い魔力が無いのにも関わらず、俺以上の実力を発揮して見せた。そこにてめぇの様な若造が、執行官資格を有している理由があるんだろうが……」


 当たらずとも遠からず……てとこだな。資格試験自体は実力で獲得したものだ。


 しかしこうして定期的に正規のアルバイトが回されているのは、単純に俺の対術士戦における実力が評価されての事になる。


「だからよ。俺も使うぜ」


「あん?」


 何を……と思ったが、井出句馬句郎は懐から箱を取り出す。そしてそこから一つの丸薬が出てきた。


「そいつは……?」


 嫌な予感がする。さっさと仕留めるべきか……と悩んだ一瞬の間に、井出句馬句郎はその丸薬を飲み込んだ。


「ぐ……おお……おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「っ!!」


 井出句馬句郎の魔力が爆発的に大きくなる。完全にAランク……いや。それ以上……!


「た、隊長……!」


「めぐみ! 俺から離れるな!」


「は……はい……!」


 魔力の急激な上昇により生じた光が収まっていく。そこに立っていたのは、井出句馬句郎の姿をした何かだった。


「グ……ルォォオオ……」


 完全に目がイっている。ありゃ意識が残っていないな。だが魔力はすさまじい……! 


 井出句馬句郎は俺たちに視線を向けると、白目を大きく剥いてくる。そして。


「グァヴァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 口から特大の魔力が放射された。


「うおおお!?」


 俺はとっさにめぐみを抱きかかえると、仙術を併用した歩法で素早くその場を離れる。


 何とか攻撃は避けたか……と思った次の瞬間。井出句馬句郎は自分を中心に、全方位に魔力を放射してきた。


「っ!? じ、冗談じゃねぇ……!」


 ここは修練場の中。遮蔽物の少ない屋内だ。こんな攻撃を続けられたら、こちらには逃げ場がない……!


「た、隊長! ここは対魔法防御力の高い建物だから……!」


「……! 分かった!」


 めぐみが何を言いたいのかを察し、俺は攻撃を避けながら修練場の出入り口をくぐり抜け、外へと出る。そしてめぐみは俺に抱きかかえられたまま、出入口に向かって術を発動させた。


「魔を拒絶せよ! 封魔障壁!」


 修練場の出入り口が、めぐみの結界術によって封鎖される。これであの化け物の魔力攻撃も、しばらくは外に影響が出ないだろう。それに封じ込めにも成功した。


「でもこのまま放置って訳にはいかないよなぁ……。めぐみ、一旦移動するぞ」


「は、はい」


 めぐみも身体は無事でも、精神的にはかなりダメージを負っているだろうし。そんな状態であそこまでの結界を施したんだ。しばらく休ませてやらねば。


 そう考え、俺は校舎の中にある保健室へとやってきた。そのままめぐみをベッドに降ろしてやる。


「ふぅ……。めぐみ、ありがとな。助かったよ。でもお前も大変だったんだし。しばらく休んでな」


 めぐみはベッドの端に腰を下ろしながら、静かに頷いて見せる。普段のめぐみなら反抗的な発言が飛んできそうだが、さすがにあんな目にあった後じゃ、大人しくもなるか。


 それにしても。改めてこうして見ると、学園生の修練着って……えっろ!! 


 そして今、保健室は月の明かりだけで照らされている。その照明がまためぐみの顔立ちと合っており、より綺麗に見せていた。


「……隊長」


「う、うぇ!? ち、違うぞ! 決してそんな目で見ていた訳じゃ……いや、多少は見てたけど……!」


 いかんいかん。普段ならともかく、井出句馬句郎に襲われたあとにこんな事をしていては、配慮に欠けるというものだ。


 だがめぐみは俺の予想とは違い、特に文句は言ってこなかった。そればかりか。


「!?」


 めぐみはベッドに腰かけたまま、俺に抱きついてきた。背中に回された手は俺の服をしっかりと握っている。


「……怖かった。助けてくれて……ありがとう、ございます……」


「お、おう……」


「本当に……あと1秒でも隊長が駆け付けてくれるのが遅れていたら、わたし……」


 そう言ってめぐみは俺に顔をうずめてきた。割とガチでめぐみの貞操の危機だったからな。あいつは自分のモノを取り出していたし、本当にもう直前だった。


「隊長は……どうして井出句を……?」


 めぐみは俺に顔をうずめたまま言葉を続ける。普段の態度が態度だから、なんだか無性に可愛く感じる。


「ああ。あいつには違法犯罪術士グループ、蒼月会と取引している疑いがかけられていたんだ」


「蒼月会……!?」


 魔力は多くの者が知覚できるが、全員という訳ではない。そしてどの家にも術士家系の様に、代々伝わる術式がある訳でも、改良を加え続けている訳でもない。


 大多数は、魔力を持っているが術士ではない人間か、もしくは魔力自体を持っていない人間なのだ。


 だがそんな者たちの中にも、術士顔負けの魔力と術を修めている者もいる。その多くは自分の才覚を活かした職業に就いているが、中には身に付けた力を使って犯罪を起こしている者もいた。


 蒼月会はそういう犯罪術士集団の中では、一番の有名どころになる。皇国内で起こる大規模な術士犯罪のほとんどは、蒼月会が関わっていると言われているほどだ。


「俺はその証拠を求めてここに来ていたんだが……。あいつが飲んだ丸薬。おそらく蒼月会から買ったものだろう」


「え……」


「あまりニュースにはなっていないが。たまにあるんだよ。術士がああいう風になって、半ば自爆テロを起こす様な事件がな」


 あの丸薬だけでは蒼月会と関わっている確定証拠にはならない。だが元々繋がりがあるのではと疑われていた奴が、このタイミングで使ったのだ。まず間違いなく黒だろう。


「ここから……どうするの……? 井出句をあのまま放っておくつもり……?」


「それも悩みの種だなぁ……。堅実なのは、このまま警察機構に連絡を取って、応援の術士を寄越してもらう事なんだが……」


 これは極普通の判断だろう。そして確実に、怪物になった井出句を取り押さえられる方法でもある。しかし。


(正規の手続きを踏んで警察機構に頼った場合。めぐみは重要参考人として事情聴取される事になる。そうなると……)


 井出句に騙され、ヤられる^_^うなは寸前まで起こった出来事すべてを報告させられる。そしてめぐみの供述は録音されるうえに、公式の記録としてずっと残り続ける事になるのだ。


 伊智倉家のお嬢さまに、生涯残り続ける傷が付く事になる。しかもまだ高等部通いの若さで……だ。


 だが執行官資格を持つ俺が単独で片づけ、適当な調書と共に井出句を引き渡せば。後は俺が黙っていれば、めぐみの恥は永遠に表に出てくる事はない。


(でも正直、1人で相手するには結構面倒な手合いなんだよなぁ……。負ける事はないと思うが、楽勝で勝てるとも言いづらい。少なくとも無傷で……てのは無理だな)


 そう。あの状態の井出句は厄介なのだ。だが悩んでいても仕方ない。めぐみはまだこれから先、術士として過ごす人生が長いのだ。その貴重な才能を、こんなところで潰させるわけにはいかない。


 そんな俺の考えを、めぐみはまるで理解したかの様に、より強く俺を抱きしめてきた。


「……隊長。警察機構に連絡を取らないのは、私に気を使ってのこと?」


「いや……まぁ。ほら、あの程度、俺1人でもなんとかなるからよ」


「やっぱり……同じ男でも、あいつとは違う。隊長は……優しいんだ」


 そう言うとめぐみは、俺の胴体に腕を回したまま顔を上げる。


 相変わらずモデル並の綺麗に整った顔に、センター分けのショートカットが美しい。そして今は月の光により、幻想的な妖精の如き神秘さも感じる。


「わたし……このままあいつに負けっぱなしで終わるのはいや……! それに。隊長……ううん。かずしげさんにも……その。お礼を……っ!」


 そう言うとめぐみは、おもむろに俺のズボンのベルトを外す。


「めぐみ!?」


 そしてためらいなくズボンを脱がせる。そこには少し黒色に変色した肉 モノが、ビンビンにそびえ立っていた。

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