第11話 修練場の対決! めぐみの想い

「あっぶねぇ! めぐみが叫んでくれなかったら、場所が特定できなかった!」


「え……」


 間一髪。状況を見るに、どうにかぎりぎりのところでめぐみの貞操を守れた様だ。


 俺は今回、犯罪術士容疑者……井出句馬句郎の動向を探っていた。夜にこっそり職員室へ忍び込み、井出句馬句郎の机に犯罪の証拠でもないか物色しに来ていたのだ。


 ところが校舎内を歩いている時に、近くで何かの術が発動した気配を感じた。こんな時間に妙だと思い、それを探ろうかと考えている時に、今度はめぐみの助けを求める声を聞いたのだ。


(念のため仙術をかけておいて良かったぜ……!)


 めぐみの声を聞いた時、俺は文字通りそのすぐ側に跳躍した。万が一の事態に備え、魔族騒ぎ以降4人には内緒である仙術を施していたのだ。


 それは本当に心からの危機に際し、助けを求めた場合、俺にその意思が伝わるというもの。そして近くにいる時に限り、俺はその場に瞬間移動が可能になる。


「でもまさか、修練場でこんな目にあっていたなんてなぁ」


 めぐみは両手両足を拘束されており、大股開きで今にも犯される寸前だった。


 冗談じゃない! せっかくできた、俺の隊を彩る美少女の1人だぞ!? なんでこんな犯罪術士に、めぐみの身体を触れさせなきゃならんのだ!


 よっぽど怖い思いをしたのだろう、めぐみは目から涙を流している。


「た……たい、ちょう……? ど、どうして、ここに……?」


「待ってろ、今拘束をほどいて……」


「てめぇぇえええ!! よぉくも邪魔してくれやがったなぁああああ!!」


 声のした方を見ると、たった今頭を蹴り飛ばした井出句馬句郎が怒りの形相で俺を睨みつけていた。こりゃ証拠を見つける手間も省けてラッキーだ。


「おいおい、無理はよくないぜ。今の一撃、そうとうきてるだろ?」


「うるせぇ! 明日から毎日ハメ倒すつもりだったのによぉ! 一番良い所で邪魔しやがってえぇぇええ!!」


 下半身丸出しの井出句馬句郎に意識を向けながら、俺はめぐみを拘束している霊具を視て解析を行う。


 構造は単純、ちょっと仙術で乱してやれば簡単に壊せそうだな。


「よし、待たせたな、めぐみ。今度こそ拘束を解いてやる」


「はっ! てめぇみたいに大した魔力も感じねぇ奴に、そいつが解けるとでも……!?」


 拘束具に手を触れ、魔力の流れを乱す。そして力を込めた。その瞬間、拘束具は音を立てて砕ける。


「なにいぃ!?」


「え……」


「うん? めぐみ、身体も何かで濡れているな……。ちょっと待ってろ。……」


 俺はめぐみに向けて印を組む。次の瞬間、めぐみの身体は風呂上りの様に綺麗な状態になった。


「これは……!? あいつに塗られた液体が、消えている……!?」


「ちょっとしたリフレッシュのおまじないさ」


 何の液体を塗られたんだ……。今の術も昔、1人でサバイバル生活を余儀なくされた時に構築した仙術だ。


 俺も綺麗好きだからな。自分の身体が汗と垢まみれで不衛生な匂いをまき散らす源になっている事に、我慢ができなかったのだ。師匠からは限りあるキャパシティを何に使っているんだと怒られたが。


 めぐみは見た目上は出血などの傷は負っていない。身体が無事で本当によかった。


「さぁてと。改めての確認だが、お前が井出句馬句郎だな? 元々あんたには別の容疑で取り調べを行うつもりだったが……予定が狂っちまったがまぁいい。強姦致傷未遂でこのまま逮捕するぜ」


「あぁあん!? 警察気取りかぁ!? この俺、井出句家次期当主を、お前ごときが逮捕などできる訳ないだろうがぁ!」


「それができるんだなぁ。あ、言い忘れたけど、俺。こう見えて執行官資格を持ってるから。ここへもお前を探るつもりで来たんだぜ?」


「な!?」


 執行官資格の保有者。そう聞き、めぐみと井出句馬句郎は2人そろって驚いた表情を見せていた。


 くぅ、この瞬間、気持ちいぃ! これも面倒な執行官資格を手放しづらい理由の一つだ。容疑者を前に身分を明かせば恐れおののいてひれ伏すし、女の子に見せればモテる。


「ばかな!? てめぇの様な若造が執行官資格を持っているなんて、聞いた事がねぇぞ!? それにそんなちっぽけな魔力で取れる資格でもねぇだろ!」


「ありゃ。信じない? まぁ別にどっちでもいいけどね。とりあえずお前をここで逮捕する事には変わりないし。良かったな、明日からお茶の間のヒーローだぜ。教え子を強姦しようとした指導役、その正体は次期井出句家当主ってな」


 こいつの社会人人生、ここで終了だな。だが井出句馬句郎も俺に言われて、事態を冷静に考え始めた。


「……。なるほどな。てめぇがどこの誰だか知らねぇが。要するによぉ。ここでてめぇを殺して……! お前の死体の前でめぐみを犯せば、当初の予定通りってぇ訳だ……!」


 井出句馬句郎は自身の魔力を高めていく。完全に戦闘モードだな。こいつはBランク術士だし、保有している術式によっては、まともに正面からやり合うと面倒なのは間違いない。


 そしてめぐみも僅かに魔力を高め始める。だが俺はそんなめぐみに首を横に振った。


「めぐみ。お前はいろいろ大変だったんだし、休んでろって」


「でも……あいつは……!」


「まぁまぁ。言ったろ、俺も執行官としての仕事なんだよ。それに。せっかくいいタイミングで間に合ったんだ、最後までお前の前で格好つけさせろよ」


「え……」


 付け加えると、術のパフォーマンスは精神状態と大きく相関する。


 あんな目にあったばかりのめぐみに下手に術を撃たれると、どういう風に影響が出るのか分からないのだ。それなら俺1人の方がやりやすいし、なによりその方が早い。


「むうぅぅん!」


 井出句馬句郎は両腕を強く輝かせた。こいつは格闘科の指導役だったな。


 皇国には有名な武術流派はいくつかあるが、データによると青鋒角間流の門下生だ。青鋒角間流は両腕に重点を置いた格闘術が有名……だったはず。


「殴り殺してやるぞぉ!!」


 そう叫ぶと井出句馬句郎は全速で駆けてくる。そしてすさまじい殺人パンチが俺の顔面に迫って来た。


「はい、殺人未遂も追加っと」


 だが俺は魔力の込められた右ストレートを、何でもない様に手のひらで受け止めた。


「は……!?」


 通常であれば、受け止めた瞬間に俺の腕は吹き飛んでいただろう。だが俺は直接触れたものが宿す魔力を、極一瞬乱れさせる事ができる。


 つまりいくら腕に魔力を込めようが、俺にとってはただ単に勢いのあるパンチに過ぎない。


「ほらよっとぉ!」


 そのまま腰を落とすと鋭く足払いをかける。井出句馬句郎は不意を突かれ、簡単にその場で転げ落ちた。


 ついでに追い打ちをかけようと、体重を乗せた踵を胸板めがけて落とす。だが腐っても格闘科の指導役、すばやく転がると即座に飛び上がり、俺から距離を取った。


「てめえぇぇえぇ! 今、何をしたぁ……!」


「うん? 何かした様に見えたか?」


「ふざけんじゃ……ねぇええ!」


 こいつが魔力を組み合わせた格闘術に自信のある奴で良かった。この手合いは、俺が最も得意とするタイプだ。





(すごい……)


 めぐみの眼前では2人の男が格闘戦を繰り広げていた。1人は井出句馬句郎。そしてもう1人は昂劫和重。めぐみは先ほどまで、自分の身に降りかかっていた出来事を思い出す。


 井出句馬句郎に脅され、抵抗も何もできず、自分は犯されかけた。あろう事か井出句馬句郎は初めから自分の身体が目当てであり、スマホで撮影までしようとした。


 本当に録画されていたら、明日から自分は井出句馬句郎に逆らえなかっただろう。そして良い様に自分の身体を好き勝手使われていたはずだ。


 だがこのタイミングであの男……昂劫和重は現れた。本当にあと1秒でも遅ければと思うとゾッとする。


 めぐみももう子を成せる身体である。運が悪ければ、本当に井出句馬句郎の子どもを身ごもり。あいつの10人目の妻にされていた可能性すらあった。


(それだけは……絶対に、嫌……!!)


 想像するだけで吐き気を催す。だがそんな不幸な未来は回避された。これで昂劫に助けられたのは、2度目である。そして2度目もやはり。


(かっこ……いい……)


 今も井出句馬句郎を相手に、まるで遊んでいるかの様な余裕を見せ、容赦なく身体を、顔を格闘技のみで打撃を叩きこんでいる。


 井出句馬句郎も格闘科の指導役。肉弾戦は最も得意とするところのはずだ。その得意分野で、昂劫にまったく敵わないでいる。


 昂劫の動きは芸術にも思えた。腕の動きから足さばきまで、全てが一つの動作で完成しており、無駄がない。そこには相当な実戦経験が伺える。


 こと対人戦において、昂劫は圧倒的な強さを見せつけていた。


(男に、二度も……こんな気持ちを抱くなんて……)


 生まれて初めてかっこいいと感じた男性。それも二度。


 昂劫は自分の助けに応じ、颯爽と現れた。さらにさっきは、戦おうとする自分を気遣ってまでくれた。そのまま自分の前で格好をつけたいからと。


(それって……私に。かっこいいと思われたい……ということ……?)


 何故。決まっている。自分のことを、1人の女として魅力的だと感じてくれているからだ。井出句馬句郎とは違う方向で。


(……そっか。私)


 目の前では昂劫の放った蹴撃が、見事に井出句馬句郎の胸板を捉える。井出句馬句郎は、その巨体を壁際まで吹き飛ばされた。


(生まれて初めての……恋、しちゃったんだ)

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