第9話 銀髪の皇女! 昂劫和重の仕事
「あまね! 久しぶり!」
「はい。お久しぶりです、みつば様」
「あら、あまね。部屋には私しかいないのだし、いつもの様に呼んで大丈夫ですわよ?」
「うん……みつばちゃん」
真咲あまねは生良宮邸を訪ねていた。そこで会っているのは皇女の1人。生良宮みつばだ。
みつばは小柄な身体に、特徴的な銀髪を持っていた。前髪は編み込んでおり、左から流している。少し伸ばした後ろ髪も、手入れが行き届いており艶がある。
眼も大きく愛嬌があり、皇女ながらどこか人懐っこさを感じさせる美少女だ。
そんなみつばとあまねは同い年であり、子どもの時からの付き合いになる。そして2人ともとても仲が良かった。
みつばが淹れてくれたお茶を飲みつつ、2人はいろんな話で盛り上がる。普段口数が少ないあまねではあったが、みつばと2人の時はよくしゃべる女の子になっていた。
「そう言えばあまね。最近、魔獣課で働くことになったのよね?」
「うん」
「まだ術士試験も受けていないのに、大人に混ざって働くなんて。すごいわ、あまね!」
話題が魔獣課に移ったことで、あまねは気になっていた事を聞いてみる。
「……そう言えば。みつばちゃんは昂劫を知っているよね?」
「もちろん! それがどうかしたの?」
「ボクが所属する魔獣課の隊長。昂劫家の術士で……」
あまねがまだ言いかけているのにも関わらず、みつばは大きな反応を示す。
「まぁ……! もしかして、昂劫和重さま!?」
「う、うん……」
やはりみつばは隊長の何かを知っている。みつばの反応は、あまねにそう確信させるのに十分なものだった。
あまねは先日起こった魔獣災害について、みつばに話す。呪いの件は伏せつつ、昂劫が戦闘中に見せた不思議な力について語った。
「さすが昂劫さまね……!」
「……ねぇみつばちゃん。隊長の力ってなに? みつばちゃんはどうして隊長のことを知っているの……?」
あまねに問われ、みつばは少し困った様な表情を見せる。そしてほんのり顔を赤らめた。そんなみつばの表情は、これまであまねも見た事のないものだ。
「昂劫さまはね……。私が初めて唇を捧げた殿方なの……!」
「…………………………え?」
そう言うみつばは、きゃっ、言っちゃった! 恥ずかしい! と言わんばかりの仕草を見せていた。
■
「お疲れ様でーす……」
しずく、かぐやの2人は魔獣課の事務所に入った。だがそこに居たのは昂劫ではなく、補助術士の刈谷陽介だ。
「あれ? 刈谷さん? 隊長さんは……?」
「お疲れ様です、九条院さん。昂劫先輩なら今日は別件が入っていまして。今は僕が隊長代理を務めています」
「そうなの……ですか?」
魔獣課にも休みはあるし、休みの間は他の課が担当地区を受け持ってくれている。これまで昂劫も仕事を休む日はあった。
だがほとんど家に帰らない昂劫は、事務所の入っているこのマンションで寝泊まりしている日が多かったのだ。そのため、非番でも事務所にくれば大体顔を合わせていた。
「珍しいね、お兄ちゃんが別件でいないなんて。あ、もしかしてぇ。彼女さんとデート?」
「え!?」
かぐやの予想に、しずくは少し衝撃を受ける。
だが考えてみれば昂劫も25歳。恋人がいてもおかしくはないし、家柄を考えれば結婚していても不思議ではないのだ。
「どうしたのぉ、お姉ちゃん。何か気になるぅ?」
「も、もう……!」
しずくはかぐやの追及に、どう反応したらいいのか困る。その様子を見ながら刈谷陽介は口を開いた。
「ははは。僕も先輩の恋愛遍歴を詳しく知っている訳ではないですが。今は特定の彼女はいませんよ」
「へぇ、そうなんだぁ! あ、でも婚約者とかは? 昂劫家も術士の家系だし、1人くらいはいるの?」
「うーん、少なくとも先輩からそういう話は聞いた事がないなぁ。いろいろ多才な人だし、学園生時代は結構もててはいたけど……」
刈谷陽介の話を聞いて2人は思い出す。そう言えば目の前の人物は、昂劫と学園生時代を共に過ごした男なのだ。自分たちの知らないあれやこれやを知っているに違いない。
「え、気になる気になるぅ! ねぇねぇ、隊長はどんな学園生だったの? 多才って例えば?」
「わ、わたしも、気になります……!」
2人が思いの他強い興味を示したので、刈谷陽介も何か話さなければ……と考える。
「そうだなぁ……。知っての通り、先輩は魔力自体はそれほど強い部類ではないんだけれど。なんというか、多才に加え器用というか。だいたいの事は並かそれ以上でこなすんだよ」
「へえ! 例えば?」
「学園や大学を出た後、術士は将来目指すキャリアに沿った資格試験を受けるだろ? 先輩は国家術士の他にも、西国魔術検定の段位も持っているし、呪災救助士資格も持ってる。あ、あと執行官資格もね」
「え……」
予想の遥か斜め上をいく事実に、2人は一瞬思考が停止する。
西国魔術検定の段位も呪災救助士資格も特異性の高い資格だが、中でも執行官資格は群を抜いて異質だ。
警察機構の中には、犯罪術士関連の事件を専門に取り扱う部署……特異犯罪者捕縛課という部署がある。そしてその部署で働く者は犯罪術士制圧執行官……通称執行官と呼ばれる。
その執行官になるために必要な資格が、犯罪術士取り締まり資格と言うのだが、通称執行官資格と呼ばれている。
また犯罪術士取り締まり資格を一度でも取得できた者は、警察機構に属していなくとも犯罪を起こした術士に対し、その場で取り締まれる権限がある。
指定犯罪術士には人権が無いので、その場で殺しても罪には問われない。その上執行官は、その場で術士を指定犯罪術士に認定できる権限もある。数ある資格の中でも特に異質性が高いと言われる理由だ。
だがその分、資格を取るには座学で修めた知識だけでは足りず、術はもちろん精神面でもテストが行われる。その上、更新期間はたったの1年。つまり年に1度は更新手続きのための試験を受けなければならないのだ。
「す……すごいけど……なんか節操ない様な……」
「前に先輩が話していたんだけどね。昂劫家なんて名前だけで何の影響力もないし、魔力が特段高い訳ではない自分はいつ術士として食っていけなくなるか分からないから。とりあえず生きていくのに困らない様に、取れる資格は取っておく……て言ってたんだ。先輩は共通語はもちろん西国語も堪能だし、いざとなれば西国の魔術師が来た時に翻訳家として食っていくって話してたよ」
「え、えぇ……」
世界には翠桜皇国以外にもいくつか国家が存在する。そして国によって魔力の発展や扱い方、研究に大きな違いもある。
そうした異国の魔術に対し、どれほどの知識を有しているのかを計るものが、西国魔術検定だ。昂劫は最悪、翻訳家として稼ぎを作るつもりだった。
「でも。25歳で執行官資格なんて、最年少じゃないですか……?」
「だね。今もたまに手伝いに狩り出されているらしいよ。あそこはいつも人手不足だからね。……ここだけの話。先輩の別件というのは、執行官絡みなんじゃないかと僕は思っているんだ」
「そうなの!?」
「うん。臨時とはいえ、手伝えばボーナスも出るって話していたし。それに別件の内容については教えられないって言われたんだ。執行官絡みの要件なら、他者には情報を話せないだろ?」
「……確かに」
まだまだ自分たちの隊長は知らないところが多い。2人は改めてそう認識した。
■
「……ったく。まぁた面倒な仕事を引き受けてしまったなぁ……」
俺はとある執行官から、犯罪術士と疑わしき者の調査、および犯罪に関わっているという証拠を手に入れてこいと言われていた。
魔獣課の仕事が……と言ったら、上にはもう話してあると回答されたのだ。つまり執行官が正式に魔獣課の上層部に通達し、俺を貸し出す事を許可したということになる。こうなると俺に否はない。
「まぁ面倒な資格を取ったからだってのは分かっちゃいるんだが……」
しかしそれが分かっていながら取った資格なのも確かだ。それは俺の魔力量から言って、術士として大成できる可能性が低いという事が分かっていたからに他ならない。
今の俺の術士ランクはEだ。そしてこの先職位で昇格できたとしても、せいぜいDランク止まりだろう。
だが執行官資格は、術士というよりは対人戦での実力の方が、評価の比重が重い。もちろん相手が犯罪術士を想定している以上、ある程度術に精通している必要はあるのだが。
「しかし由良坂学園の指導役がねぇ……。相手も相手だ、正面から調査に乗り出しづらいのは分かるが。だからといって、俺を便利屋扱いにしないでもらいたいもんだ……」
改めてスマホに送られてきた容疑者の情報に目を通す。名門学園の指導役を務めているだけあり、術士ランクはB。立ち入りするにも、しっかり証拠を掴んでからでなければ、警察機構の名折れだろう。
問題があるとすれば、俺の呪いか。しずくのおかげでいくらか呪いは制御できているのだが、実はここ数日しずくに中出ししていない。互いにタイミングが合わなかったのだ。
一度出せば数日はちんぽが黒く変色する事はないのだが、昨日あたりからまた緩やかに変色が始まってきている。早く用事を済ませて、しずくと一発……いや。五発はやりてぇ……!
「ま、報酬も悪くないしな。見つからなかったら見つからなかったで、開き直ればいいか」
それで資格が取り上げられたらそれまでだ。しばらく魔獣課の隊長職も辞めさせられないだろうし、普通に食っていく分には大丈夫だろ。
「……いや。九条院家のお嬢様に手を出した事がばれたら……さすがにクビか……?」
い、一応、ちゃんと責任を取るつもりではいるんだが。俺は今さらになって、自分がかなりの綱渡りをしている事に気付いた。
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