第8話 あまねの疑念! 修練場のめぐみ

「そうか……。お前も見たか……」


「……父上は。ご存じなのですか? 昂劫隊長のあの力……」


 真咲あまねは自宅で父と会話をしていた。父も普段は皇族の護衛術士を務めており、こうして2人で話せる機会は少ない。


 だが久しぶりに会った時、あまねはあの日の出来事を報告し、その時に見た昂劫の力を説明していた。


「魔獣課の話が出た時。最初は何故真咲の者が、そんな部署に人をやらねばならんのだと断ろうと考えたのだが。隊長の名を見て考え直したのだ」


「……そうだったのですか。父上。隊長の力について、知っている事を教えてくれませんか?」


 普段あまねは学園でも家でも口数は少ない方だ。だが父が昂劫の何かを知っているのだと理解し、強い興味を抱いていた。


「さて……。俺も全て把握できている訳ではない。予想はできているがな。だが皇族……みつば様なら知っているだろう」


「みつば様が……?」


 生良宮きらみやみつば。あまねの同い年で、皇女の1人である。


 2人は面識もあり、仲もいい。あまねは将来、みつば付きの術士となる予定だった。


「うむ。興味があるなら聞いてみるが良い。もっとも、答えられるとは限らんが」


「…………」


 皇族の友人が昂劫の特殊な力を知っている。考えてみれば変な話だ。


 昂劫家も歴史は長いとはいえ、術士界隈に影響力を持っていたのは遥か昔の話。今は名前だけは有名だが、その他大勢の下位術士家系とそう変わらない。四大術士家系の様に何かに秀でている訳でも、政治力が強いという訳でもないのだ。


 そんな家の男が背負っている何か。その一端を、皇族が知っているという。そして父も予想はできていると。


「父上。教えては……いただけないのですか」

「……術士というのは、己の魔力と術を高め、生涯を通して自分と向き合う者だ。アレを認めては……俺の術士としての矜持に傷が付く。だがそれはあくまで俺の価値観での話。俺から何か言う事はないが、お前が奴の力をどう捉え、いかに受け止めるのかは自由だ」


 そう言うと父はその場を後にした。あまねは1人部屋に残り、言われたことを考える。


「……父上は。隊長の力を、術士として認めていない……?」


 今の段階では情報が少なすぎる。だが昂劫の特異性には思い当たる節があった。


「隊長は魔獣……それもクラス5の魔獣から直接体内に呪いを注入された。常人であれば、その場で狂って死ぬレベル。でも隊長は。身体に障害は残したものの、結果的に術士にとってプラスに働く形で呪いを抑え込んだ。……いや。変質させた……?」


 そう。通常、牛剛鬼から直に呪いを流しこまれたら、誰だって死ぬに決まっているのだ。


 だが昂劫は生き残ったばかりか、一時的とはいえ女性術士に強力な魔力を供給できる様になった。呪いを自分たちにとって、有用な形に変換したと見るべきだろう。


 昂劫がこれを意識して行ったことなのかは分からない。現に鏑木は、単に強力な呪いだと診断した。


 だがあまねには視えていたのだ。昂劫の体内で、呪いがその性質を変えていたことを。


「やはり隊長には……何か秘密がある……。昂劫家に伝わる秘術……? でも。それなら昂劫家はもっと有名になっているはず。あくまで隊長個人の力……?」


 考えていても分からない。今日はこの後、魔獣課へは行かず、生良宮邸へ向かう予定だ。そこでみつばに会う。あまねはその時に、話を聞いてみようと考えた。





 伊智倉めぐみは今日も術士科の授業を受けていた。


 どの科も共通して座学は受けるが、術士科は実技授業も多い。そして最近はしずくに差をつけられた事もあり、めぐみはお昼休憩の時間になっても、修練場に残って術の練習をしていた。


「はぁ!」


 素早く結界を展開し、即座に消す。同時に攻撃術の発動。


 どれも無駄なくスムーズな動きでできている。同い年でここまで流麗に術の展開ができる者は、そうはいないだろう。だがやはりしずくとは絶対的な魔力量が違う。


 ずるい……とは思ったが、それを理由に糾弾できなかった。術士にとって魔力を高めるのは当然のことだからだ。


 結果が伴えば、過程など気にする者は少ないだろう。それでも昂劫との関係は、公に言える事ではないが。


「ふぅ……」


 これ以上残っていたら、昼食を取る時間がなくなるな。そう思い、めぐみは修練場を出ようと踵を返す。


 だがその目の前には、いつの間にか大柄な1人の男が立っていた。


「……っ! い、井出句先生……」


「めぐみぃ。精が出るなぁ。昼食の時間を削って修練など、偉いぞぉ」


 井出句馬句郎いでくばくろう。由良坂学園の指導役であり、主に体術を中心とした科目を担当している。その井出句はねっとりした視線を、修練着姿で薄着のめぐみに向けていた。


 修練着も戦闘スーツほどではないとはいえ、露出はそれなりにある。レオタードに近い作りであり、ボディラインがくっきりと出る薄着仕様だ。


 下の毛が生えていないめぐみは意識していないが、女子によっては陰毛やムダ毛の処理にとても時間をかける要因になっている。


 めぐみは井出句馬句郎の目に嫌悪感を感じるが、相手は学園の指導役。ぐっとこらえ、さっさと出て行こうとする。


「……失礼します」


 そう言って井出句の横を通り過ぎる。井出句はめぐみの白い尻に目を向けながら口を開いた。


「九条院しずくに差をつけられたのが、悔しいんじゃないか?」


「……え」


 不意にしずくの名を出され、反応を示してしまう。確かに自分がこの時間まで術の修練を行っていたのは、しずくの影響もある。


 だがその事を見透かした様に言われ、心のどこかで強い抵抗感を感じた。


「俺ならお前の魔力を上げるトレーニングをしてやれるぞぉ」


「……井出句先生が、ですか?」


 仮にも名門由良坂学園の指導役である。男性とはいえ、術者としての実力は並以上。


 そして井出句家も、皇国四大術士家系ほどではなくともそれなり以上の家格がある。家は霊具を専門に取り扱ったお店も経営しているのだ。


 井出句馬句郎はそんな井出句家の次期当主でもある。その井出句馬句郎の提案は、今のめぐみにとって大きく興味を惹かれるものだった。


「どういった……トレーニングなのです?」


「お? やっぱり興味あるかぁ? そうだよなぁ。俺はお前みたいに、向上心の高い奴が好きだ。応援してやりたくもなる。だからなぁ。お前が望むのなら井出句家の秘伝を使って、特別に魔力を高めてやるぞぉ」


 ただし、と井出句馬句郎は付け加える。


「今日の夜にここに来い。その修練着を着てな。それと。この事は誰にも言うなよぉ?」


「……誰にも、ですか? それに何故夜に……」


「おいおい。井出句家の秘伝だって言っただろぉ? お前は門外不出の術を、簡単に目撃される様な状況で使えと言うのかぁ? 夜の修練場なら誰も来ないし、そこでならお前に特別なトレーニングをしてやれるんだよぉ」


 井出句馬句郎は、変わらずねっとりとした視線をめぐみに向けていた。


 めぐみは自分を誰も来ない夜の修練場に呼び出し、卑猥な事をしようと考えているのでは……と思ったが、その可能性を否定する。


(そんな訳ないわよね。仮にも由良坂学園の指導役なんだし。生徒に手を出す様な事はしないはず。それに。いくら井出句家とはいえ、伊智倉家の娘に手を出せば、ただでは済まないことくらい分かっているだろうし)

 

 もし指導役が生徒に手を出したなんて事が知られれば、井出句家は今後表舞台に立てなくなるだろう。次期井出句家当主ともあろう者が、そんなリスクを踏んでまで女に襲いかかるとも思えない。それに。


(万が一そうだったとして。こんな奴、返り討ちにできるわね。そして井出句家の秘伝が気になるというのも事実……)


 井出句馬句郎も、男性ながら強い魔力を有している。実際、保有している術士資格のランクもBだ。男性では上位20%のランクに相当する。


(井出句先生が男性なのにも関わらず、強い魔力を有している理由。それも井出句家に伝わる秘伝の効果という可能性があるわね。そしてそれを私にも施してくれる……と)


 だが話が美味すぎる。そんな考えが表情に出ていたのか、井出句馬句郎はニチャアと笑みを浮かべた。


「安心しろ、さっきも言っただろぉ? 俺は向上心のある奴が好きなんだよ。それにお前はあの伊智倉の娘だ。井出句家に伝わるトレーニングを受ければ、その魔力は九条院しずくを追い越せるだろう」

 

 九条院しずく。昂劫和重と身体を重ねる事で、同世代最高の魔力を得た女。再び九条院しずくの名を出された事で、めぐみの対抗心に火が灯る。


「……分かりました。今晩ここ修練場ですね」


「そうだぁ。もう一度言うが、絶対誰にも言うんじゃないぞぉ」


 今日は魔獣課の任務は非番だ。どうせ昂劫の事だ、自分がいないのを良い事に、しずくとまた情事に耽るのだろう。


 そしてしずくの魔力はより高まっていく。


(……いいわ。それなら私も、私のやり方で魔力を高めるだけよ。しずくと隊長には……負けない……!)


 めぐみは修練場を後にする。だが井出句馬句郎は去って行くめぐみの尻を、瞬き一つもせずにずっと見つめていた。

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