第3話 初陣! 初めての実戦

 俺たちは事務所の入っているマンションの地下へと向かう。そこには大型トレーラーがスタンバイされていた。


「あ、昂劫先輩! トレーラーの準備ならできてます!」


「おう陽介! 出してくれ!」


 運転するのは刈谷陽介。学園生時代の俺の後輩だ。こいつは術士をサポートする補助術士の資格を有している。


 俺たちは駆け足でトレーラーの後部に乗り込んだ。そこは魔獣課の移動指令室になっていた。中にはいくつものモニターがあり、担当地区の様子や現在の魔獣災害状況が記されている。


「魔獣出現地区は……天木町1丁目か」


 トレーラーが動き出し、地下から地上へと上がる。指令室では改めて4人に対し、状況の共有を行っていた。


「到着まで10分といったところか。確認された魔獣はクラス2が3体だ。ま、お前たちなら大丈夫だろう」


 魔獣はその凶暴性や保有する魔力量からクラス分けされる。クラス2は大した相手ではない。初めての実戦とはいえ、この4人なら問題ないだろう。


「き、緊張しますね……」


「なによ、しずく。九条院家の者が、この程度の魔獣相手に緊張している訳?」


「だって……。実戦は初めてですし……」


「お兄ちゃんはどう? 魔獣と戦ったことはあるの?」


 かぐやが首を傾けながら聞いてくる。いちいち絵になるなぁ……。


「うん? まぁそうだな。何度かそれっぽいのを相手したことはあるが……」


「へぇ? 私が調べたところによると、魔獣課所属術士の手伝い程度の経験しかなかったはずだけど?」


「ああ。それも間違っていないが、昔魔獣災害に巻き込まれたこともあってな」


 魔獣災害が起こったそのタイミングで、俺は運悪くその場にいたのだ。


 おかげでいろいろしんどい目に合う事になった。他にもこの世界で1週間行方をくらませていた時に、面倒ごとを強要されてもいたこともある。

 

 そしてそうした戦いは、基本的に公式の記録に保存されていない。めぐみが知らないのも無理はないのだ。


『昂劫先輩!』


 運転をしている陽介から通信が入る。少し焦った声色だ。


「どうした?」


『目標ですが、幼稚園に移動しました!』


「幼稚園!? 園児は!?」


『既に魔獣災害警報が発令されていますので、周辺市民は避難しているはずです!』


「なら避難遅れの人がいない事を祈るしかねぇな……。構わねぇ、そのまま向かってくれ!」


『了解です!』


 モニターに移るマップに、新たなマーカーが光る。そこが目的地だった。


「よし、対魔獣戦におけるおさらいだ。基本的には全員で連携を意識する様に。前衛をしずく、後衛はめぐみとかぐや。あまねは支援術を中心に展開しつつ、いけそうなら前衛に加わってくれ」


 幼稚園の間取りをモニターに映しながら、具体的な指示を与える。俺はここで魔獣災害の状況をモニターしながら、4人に指示を出すことになる。


「ふん……良い気なものね。あなただけ遠く離れた指令室で見物なんて」


「そうとも言えないさ。4人がいなくなると、ここを守る術士がいなくなるだろ? 一応魔獣災害の中心地だからな。どこから魔獣が現れるか分からん以上、油断はできないって」


 とはいえ、今回はそれほど心配していない。この4人なら取り逃がす事もないだろうからな。


『先輩! 到着します!』


「よし、出動だ! 頼むぞ、4人とも!」


「はい」


「ふん……」


 トレーラー後方の扉が開く。戦闘スーツを着た美しい4人の少女たちは、颯爽と飛び立っていった。





 俺は1人、椅子に座りながらモニターに視線を向ける。そこには4人の現在地、魔獣の想定位置、周囲の魔力濃度など映されていた。


「4人とも、聞こえるか? そのまま真っすぐ進んでくれ。間もなく目標が視界に入るはずだ」


『こちら九条院しずく。目標の魔獣、確認しました。映像送ります』


 しずくから映像が転送されてくる。そこにはきっちり3匹の魔獣がいた。


 周囲の壁を激しく壊しながら暴れ回っている。それほど知性は高くなさそうだな。


「よし、戦闘開始だ」


『了解』


 魔獣もしずくたちに気付き、牙を剥きながら迫ってくる。だが4人とも初陣にしては落ち着いており、冷静に対処していた。


 めぐみの結界術が魔獣の侵攻を食い止め、しずくが前に出て薙刀を振るう。そうして魔獣の目がしずくに集まったタイミングで、かぐやが的確に炎の術を起動させていく。


 あまねは自分の身体能力を強化しながら、取りこぼした魔獣を仕留めていた。


(こりゃ予想以上……だな。4人とも連携の訓練もそんなに積んでいないだろうに。それぞれよく自分の役割を理解している。それに……)


 特筆すべきはやはり真咲あまね。彼女は時折しずくにも身体能力強化の術を施し、細かく結界を展開しつつ前衛で刀を振るっている。


 レベルの高いオールラウンダーという奴だろう。そしてほどなくして魔獣3体の殲滅が完了したのだった。


『隊長。目標、殲滅しました』


「ご苦労さん。やっぱりこの程度じゃお前たちの敵じゃなかったな」


『ふん、当然よ。どこかの隊長より、私たちの方が強いんだから』


 ま、ここで見ているだけだったからな。何も言うまい。だが俺はある事に気付く。


(……まだ魔力濃度が濃い? 対象は殲滅した。普通ならそろそろ通常値まで落ち着くはず……)


 なんだ……? 何か見落としているのか……?


『どうしたの、お兄ちゃん』


「ん、ああ……。周辺に異常は?」


『……ない。私たちの他に反応は感じない』


 あまねが静かに答える。だが俺はこの違和感を無視する事ができず、少し眼に力を集中させる。


(……!! 新たな魔力の流れが生まれ始めている……!)


「4人とも、警戒を! 魔獣がでるぞ!」


『はぁ? 何を言って……』


 その時だった。俺のスマホや司令室の各部からアラームが鳴る。


 それは担当地区での魔獣災害発生を知らせるものだった。陽介からも焦った声が届く。


『先輩! 魔獣災害です! 場所は……ここ!?』


「分かっている! 4人とも! 状況を!」


『あ……』


 しずくの映像モニターに視線を移す。そこには3体の魔獣を従える人型の生物……魔族が立っていた。


「魔族だと……!? 4人とも、後退だ! 今すぐここまで下がれ! めぐみ、結界術の援護を!」


 どうしてこんなところに魔族が……! 


 魔族。魔獣を従える異界の住人。だが魔獣とは違い、簡単にはこちらの世界に渡ってこれない。


 だというのに、4人の前には確かに魔族が現れていた。


 魔族は魔獣とは違う。その対処には通常、Bランク以上の術士が複数で当たる。魔獣科に配属されるレベルの術士ではとても対処できない。


『あれが……魔族……』


『上等じゃない……! 私たちの前に現れたこと、後悔するといいわ!』


 そう言うとめぐみは術を発動させ、攻撃を開始する。


 ばか……! 退けと言ったのに……! 


 魔族はめぐみの攻撃を無効化しつつも、まだ動こうとはしていない。


『退けと言っただろう! お前たちじゃ無理だ!』


『……隊長』


 通信機からしずくの静かな声が聞こえる。


『見たところそれほど強力な魔力反応は感じません。それにここで私たちが退いては、対魔族術士がかけつける間にどれだけの被害が出るか……』


「しずく、魔族というのは……」


『私たちならやれる。隊長はそこで見てて』


 そう言うとあまねも前へと駆けだす。


『そうよ! 弱小術士のあんたはそこで見てなさい! 私たちが魔族を討つところを!』


『ごめんね、お兄ちゃん。お姉ちゃんたちだけを戦わせるわけにはいかないから……いくね』


「あ、おい……!」


 4人とも俺の制止を聞かず、魔族との戦闘を開始したのだった。





「はぁ!」


 しずくは薙刀を力強く振るい、最後の魔獣を切り捨てる。残りはいよいよ魔族1人だけとなった。


「お姉ちゃん!」


「ええ! このままいくわ!」


 魔族を直接見たのは、4人とも初めてになる。姿恰好は少し背の高い男性といったところだろうか。


 だが肌や目の色は人に見られない特徴を有しているし、額からは2本の角も伸びている。


(でもそこまで強力な魔力は感じない……! いける……!)


 4人は全員、力を合わせれば目の前の魔族を倒せると感じていた。自分たちがそこらの術士とは、立っているステージが違うという自覚があるのだ。


 家に伝わる高度な術に、代々優秀な血を取り込んできた事で魔力も膨大。皇国四大術士家系の名は伊達ではない。


「はあぁぁ!」


 かぐやの援護を受け、しずくとあまねは魔族に接近戦を仕掛ける。


 魔族は軽やかな足取りで攻撃を躱していく。そして一度地面を蹴ると、後方に下がって距離を取った。


「逃がさない……!」


 次で決める。そう考えた時だった。魔族がこちらに向かって手を掲げる。


「え……」


 一瞬のことで認識が遅れる。だがしずくがはっきりと認識した時には、魔族から自分たちを優に上回る魔力を感じ取っていた。


「…………!!」


「下がって!!」


 めぐみが鋭く叫ぶ。同時に、しずくとあまねは後方へと下がる。


 だがそんな2人の前には、魔族の手から放たれた膨大な魔力波動が迫っていた。


「四界断絶・金剛障壁!」


 めぐみは万が一に備え、あらかじめ準備をしていた強力な結界術を展開させる。


 位の高い術士といえど、そう簡単に破れない結界。だが魔族の放った魔力波動は、めぐみの結界を打ち破った。


「そんな……!」


「きゃあああああ!!」


「うく………!」


「お姉ちゃん!?」


 結界はいくらか威力を抑える事には成功したが、攻撃そのものを防ぐことはできず、しずくとあまねはまともに受けてしまう。2人とも地面を転がった。


「フク……フクク……ファーックァックァックァッ!!」


 そんなしずくたちを見て、魔族は声をあげる。4人ともそれが魔族の笑い声であると理解できた。


 魔族はひとしきり笑うと、再び4人を視界に収める。そして、その身から高出力の魔力を迸せた。


「そ、そんな……」


「なんて……魔力……」


 そのまま4人に向かって手を掲げる。次の瞬間には、その手から真っ直ぐに魔力波動が放出された。


「あ……」


 これはやばい。死ぬ。誰もがそう考える。めぐみの結界術を以てしても防げなかったのだ。まともに受ければ致命傷となるだろう。


(そんな……こんな、ところで……)


 死の閃光が目前へと迫る。だがそこに割り込む様に、1人の男が姿を現した。


「あらよっとぉ!」


 その男は迫りくる魔力波動に対し、右腕を突き出す。そして魔力波動を文字通り上方向へと逸らした。

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