第2話

 「リグレットサーガ」は、国産のシミュレーションRPG。マス目に区切られたマップの上をキャラクターが移動して、攻撃したり、範囲魔法でドッカーンしたりされたりするゲームだ。


 帝国とレジスタンスがドロドロの内戦をしてて、そこで生まれる無数の「後悔の物語」が主軸らしい。

 でも、ストーリーはそれほど重くもなく、ほどよい難易度と、ほどよいレトロ感で、オヤスミ前のちょい遊びに最適だった。


 初期キャラは、ナイト、アーチャー、メイジ、ヒーラー、ネクロマンサーの5人。

 この他はガチャを引くことで持ちキャラが増えていくので、入れ替えながら「僕の考えた最強の5人パーティー」を構築していくことになる。


 その中でネクロマンサーは、敵味方問わず、死体をゾンビとして使役できるという特殊能力を持つが、序盤はとにかく仕事が無い。

 ジジイのキャラクターがターンの最初に「死肉を食らうのだ」と言う声が、絶妙にキモかったのも手伝って、真っ先にパーティーから外され、使用職業ランキングでは常に地を這っていた。


 そんな中で、新キャラクター「ジュリエット」はハロウィンガチャの目玉商品として登場。

 巨乳お嬢様キャラの絵で、俺たちを低確率ガチャの沼に引き込んでおいて、職業がまさかのネクロマンサーだった。


 さらにイベントのボスを討伐すると、実はジュリエットは薬を飲んで仮死状態になってしまった婚約者のロミオを助けるために、最深部まで来たことが明かされる。

 原作改悪のロミジュリ展開もさることながら、ジュリエットが彼氏持ちでしたという運営の暴挙に、ついに炎上。

 トレンドにジュリビッチが登ると、運営はあわててレア武器箱確定ボス「絶叫する骸」を追加した。


 骸を討伐すると、蘇生したロミオが、実はずっと前からこの子の方が好きだった! と、全然別の少女を担ぎあげてくるというイベントが入っていた。

 無論その後に続くのは「ジュリエット、おまえとの婚約は破棄し、僕は彼女と結婚する!」

「はい、これでジュリエットは晴れてフリーになりましたよ、よかったね」とまとめようとした運営は、もちろん再炎上した。


 まぁしかし、一回千円のガチャを回してキャラを欲しがるなんて、アホだと思うだろ?

 だが、あえて俺は彼女の魅力を語りたい。スーパースペシャルレアのジュリエットは、マップ上のキャラグラが、乳揺れするんだ! リボンの色が違うだけじゃ無いんだ!


 もうそれだけで不遇職だとか、彼氏持ちだとか関係ない。ジュリエットはそこで、揺れていてくれればいい。それだけで俺は二カ月休みなしのブラック労働にも耐えられる。


 食費までをガチャに溶かしたリアル下僕ゾンビたちのうち、誰が呼び始めたか彼女には「屍啜かばねすすりのジュリエット」の異名がつけられていた。

 もちろん俺は、彼女に啜られるならどこでも喜んで差し出す所存だ。




「もっと、もっと大きく」

 ねだるようなジュリエットの声は、口を開いているせいか、直接脳に響くように感じる。

 その要求を通すために、全体重をかけて俺の顎を開かせようとしてきているのだとしても、やっぱり見惚れるほどに彼女は美しい。


 切株に置いてある本には、下僕に付与できる強化スキルがまとめられている。

 ライフアップ、攻撃力、移動力、闇魔法取得……種類豊富で、驚いた。

 ネクロマンサーは一時的に配下の攻撃力を上げるスキルを持っていたが、個別にゾンビをカスタマイズできるような要素は無い。

 もちろんそのスキルスロットにゾンビの口に残ってる歯を使うなんて、狂った設定も無かった。


「前歯は折れることもありそうだし、ライフアップ系は奥に入れたい……この歯と、その隣」

 彼女は物騒な事を言いながら、以前見た紫色の光を手のひらに出し、左手にモンスターがドロップした宝石を載せた。


「等価にて、ライフアップのまじない と収束せよ」

 詠唱すると手品のように宝石が宙に消え、紫の光は指先に集まる。案の定、その光る指先は無造作に口の奥へ突っ込まれた。

 ジュゥッと怖い音がして、俺はコミカルに黒煙を吐き出す。


「我が下僕の強化を……」

 急に顔の目の前に真剣な表情で屈みこんできたジュリエットに「ヴァアァ……」とゾンビの萌え声が出た。ちょっと待ってお嬢さん、この距離は……。

「冥の神へ、宣言する」


 俺たちのファーストキスにしては、こっちの口が開きすぎていて、彼女の角度がガチすぎる。

 右の犬歯の裏あたりに触れたジュリエットの舌先が、そろりと奥へ上あごをなぞり、目当ての奥歯にたどり着いた。

 何このご褒美。俺、もう死んでるけど、もっかい死んでもいい。


 キィ……キィ……キンッ! と、錬金成功みたいな音が聞こえると、すぐにジュリエットは身を起こして、猛烈に不快な表情で口をぬぐった。

「……うぇっ」

 顔を背けて、軽くえずく。傷ついた、と言いたいところだけど、強化のために毎度ゾンビとディープキスしなきゃいけないなら、さすがに同情しかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る